いわゆる『今時の男の子』とはちょっと違ってる。
大抵の女の子が好きそうな『イケてるカッコイイ男の子』とは、ちょっと、かなり違ってる。
でもそんな君が好きなんです。
イ・マ・ド・キ
しゃかしゃかと軽やかに響いていた茶筅の音がやんで。
渋い色目のお茶碗がすっと前に置かれる。
彼とよく似たつり上がり気味のきりっとした目元を少し和ませて、おばあさんは品のいい微笑みを浮かべた。
「お作法など気になさらないでね、どうぞ召し上がって頂戴」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えてそっとお茶碗を手にとって口元に運ぶ。
点てられたお茶がほのかに香って、その香りをかいだら自然と背筋が伸びた。
もうすっかり飲み慣れたほろ苦い抹茶の味を楽しむ私の耳に、途切れ途切れに飛び込んでくる掛け声。
開け放たれた障子の外、手入れの行き届いた立派な日本庭園の向こうに見える道場から、それは聞こえてきて。
ぴしりと隙のない姿勢で正座したままそちらに目を向けて、おばあさんがぽつりと言葉を漏らす。
「もうそろそろお稽古も終わる頃かしら」
「……そうですね」
「せっかくのお休みなのにいつもこんな調子では、お若い方には退屈でしょう」
落ち着いた色合いの友禅の袖で口元を覆って、おばあさんが小さく笑い声をこぼす。
手にしていたお茶碗を置いて、道場の方へ視線を向けながら私は小さく笑って首を横に振った。
「いいえ、そんなことないですよ」
それから10分くらい経った頃、まるで私のお茶碗が空になるのを見計らったように、道着姿の日吉が茶室に姿を現した。
おばあさんに向かってきちんと頭を下げてからその正面に正座する。
おばあさんは無言で日吉の分のお茶を点てて、私のとちょうど対になっているお茶碗を日吉の前にすっと差し出すとちらりと日吉の顔を見た。
「……若、その前髪そろそろお切りなさい。目に悪いでしょうに」
「申し訳ありません」
「それでは私は離れにおりますからね、お夕食時になったら呼びにきて頂戴」
「わかりました」
「じゃあさん。ゆっくりしていらしてね」
「ありがとうございます。お茶ご馳走様でした」
おばあさんはにっこり笑って立ち上がると、静々と茶室を出て行った。
その後ろ姿が見えなくなってから、日吉が何も言わずにお茶碗に手を伸ばす。
あまり男の子っぽくない、形のいい長い指。
節くれの目立たない綺麗なその手がお茶碗を回してそっと傾ける、その仕草を私はじっと眺めていた。
ゆっくりとお茶を飲み干した日吉の視線が私の方に向く。
「……なんだ」
「うん?若ちゃんに見惚れてたの」
「馬鹿か」
「だってホントのことだもーん」
歌うように言った私の言葉に呆れたようにふうと小さく息をついてから足を崩す。
何にも言わず空のお茶碗を手の中でもてあそびながら、いつもの淡々とした表情のまま庭に視線を向けた。
一見流されたような感じがするけど、実はただ単に照れちゃって言い返せないだけなんだよね。
そういうとこも可愛くて好き、って前に友達に話したら、ものすごく疑わしそうな顔をされた。
『日吉君が可愛いぃー!?』
『可愛いじゃん』
『アンタそれ絶対感覚狂ってるわ……』
思えばものすっごーく失礼な言い草なんだけど。
日吉の良さは深く付き合ってみなくちゃわからないんだよね、きっと。
傍らに置いてあった包みを持って立ち上がって、日吉の横に並んで座る。
胡坐をかいてる袴の膝の上にポンとその包みを乗っけると、長い前髪の下から鋭い眼差しが私を見た。
「なんだ、これは」
「昨日、クラスの皆と鎌倉行って来たの。そのお土産」
「鎌倉?神社仏閣巡りでもしてきたのか」
「私はそっちのが良かったんだけどねー。結局買い物とナンパで終わったよ」
「……ナンパだと?」
「他の皆がね!サーファー目当てでね!私はしてないしされてもいません!」
じろりと横目で睨まれて、慌ててブンブン首を横に振って否定する。
……実際はちょっとお茶飲んだりとかしたんだけど(だって一緒にいた皆が集団でナンパしちゃったから!一人で先に帰る訳にもいかなかくて!)(でもそんな言い訳日吉には絶対通用しない)。
はっきり言ってつまんなかった。
サーファーのくせにサーフィンの話なんて全然しないの。
どこのお店がオススメだとかどんなブランドが好きだとか。アクセの話、メイクの話。
そんな女の子同士ですればいいような話、男の子としたってちっとも面白くなんかないのにさ。
ああつまんないなぁーと思いながら、それでも義理と付き合いで一生懸命笑って。
やっと一軒目のお店を出たとこで、一番馴れ馴れしく話し掛けてきてた人に。
『次どこ行きたい?何したい?どこでも連れてってあげるよ』
そう訊かれたから。
『それじゃ……浄妙寺の「喜泉庵」でお茶が飲みたいなぁ』
って言ったら。
『え?何それ。どこ?』
真顔でそう返された時には本気で脱力した。
自分の地元にある寺の名前くらい覚えとけよ、茶室の名前はともかく寺の名前くらいはさぁ!!
そんな私の心の声が聞こえたのか(単に私が顔に出しちゃっただけか)、その人は引きつった笑顔で『ごめんね』と謝ると、さっさと他の子の方へ行ってしまって。
その後、夜まで遊ぼうよってお誘いは丁重にお断りして、さっさと帰ってきた。
友達にはぶーぶー文句言われたけど、付き合ってらんなかったから。
あそこで、日吉なら。
日吉なら絶対あんな顔しない。
ちょっと目を瞠って、それから少しだけ目元を和ませて、口の端をちょっとあげていつもの皮肉げな笑い方をして。
『いつもうちで飲んでるのに、鎌倉まで来てまた抹茶なんか飲みたいのかよ、お前』
そんなふうに言って、でも結局はちゃんと連れて行ってくれる。
庭園を眺めて、静かにお茶を飲んで、そして大好きなテニスの話と武術の話をしてくれる。
淡々とした話し方で、きっととても楽しそうに。
「……なんだよ」
「べーっつにー?早く開けてよ」
小さな笑い声に反応して包みを開けようとしていた手を止めて、日吉が怪訝そうに私を見る。
前髪がさらさら揺れて、いつもより優しくやわらかい眼差しを隠す。
フン、と小さく鼻を鳴らして日吉はまた丁寧に包装紙のテープを剥がし始めた。
中身は日吉の大好きなものだから、もう少ししたら嬉しそうに笑う日吉の顔が見れるだろう。
でもそれはきっと一瞬だけで、すぐに照れ隠しに眉間にシワを寄せてしまうんだろうけど。
でもね。
君のそんな顔も、私は大好きなんだよ、日吉。
流行りモノにしか目がいかない、そんな男の子なんかよりずっと。
きちんと『自分』を持ってる、そんな日吉の方がずっと素敵だよ。
いわゆる『今時の女の子が好きな今時の男の子』とはかなり違う、そんな君が私は大好きで。
そしてそんな君を好きな私はやっぱりちょっと『今時の女の子』とは違ってて。
でもそんな私たち、結構『お似合い』だと思うんですが、どうですか。
――― そんなふうに訊いたら、君は頷いてくれるかな。
いつものように、照れて眉間にシワを寄せて、少し視線を逸らして。
きっと頷いてくれるよね。
・・・・・・・・・・ あとがきと書いて懺悔と読む ・・・・・・・・・・
日吉夢でした。
私の大好きサイトにして相互リンクサイト『愛の庭』の管理人・芹 ナズナ様に捧げます。
『愛の庭』は先日めでたく二周年を迎えられまして、そのお祝いにと一作書かせて頂きました。
なのにすいませんナズナさん!名前変換一箇所しかないんです……しかも名前読んでるの日吉じゃなくて日吉祖母だしさ!
こんなん贈りつけて寧ろ申し訳ないです。差し上げた以上これはナズナさんのものですので、プリントアウトして燃やすも心ゆくまでツッコむもお好きになさって下さいませ!
そしてこんな奴ですが、どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます!(土下座)
04/12/15up