鬱々とした気分で迎えた日曜の朝に鳴り響いたメール着信音。
液晶に浮かぶ文字列はたった一行。


『駅前のスタバ』


……何でこれだけで話が通じると思うのか。(実際通じちゃってるけど)
















45











「おっせーよ、


取るものも取り合えずで駆けつけた私に向かって、爽やかな日曜の空気には不釣合い極まりない仏頂面で、アイスラテのトールカップ片手に赤也はぼやいた。
……久々の休日の朝っぱらから人を呼びつけといてこの偉そうな態度は何だ。


「赤也、アンタね……いきなり人を呼び出しといて、最初の一言がそれ?」
「他に何を言えっつーんだよ」
「ごめんなさいとか」
「何で俺がお前に謝んなきゃなんねーんだよ、訳わっかんね」
「訳わかんないのはアンタのメール!普通あんなんじゃ話通じないっしょ!」
「ちゃんと話通じてんじゃん、その証拠にお前ここに来てるじゃねーかよ」
「…………もういい…………」


微妙に噛み合わない会話にぐったり疲れて、赤也の正面の椅子をひいて腰を下ろす。
家からここまで走ってきた上に赤也を怒鳴りつけた所為もあって、喉がカラカラ。
テーブルに突っ伏して息を整えていると、こめかみにこつんと冷たいプラスティックカップがあたった。
視線だけを動かして上目遣いに赤也の方を見ると、視線を明後日の方向に向けつつ、アイスラテのカップをこっちに向かって差し出していた。
さっきまでの仏頂面が少し緩和されて、今は『ちょっと不機嫌そうな顔』になってる。


「……何?」
「喉渇いてんだろ」
「誰かさんのおかげでね」
「だーから、コレやるっつってんだろ。飲まねーのかよ?」
「……ランバフラペチーノがいい」
「あぁ!?」
「ランバフラペチーノ。ショートで」
「……ったく、しょーがねーなぁっ」


ぶちぶち文句を言いながら、それでも赤也は椅子から立ち上がって、ジーンズのポケットから財布を引っ張り出しながらカウンターの方へと歩いていった。
その後ろ姿を見ながらアイスラテを一口すすって一息つく。
ほろ苦く冷たいコーヒーが喉を滑り落ちていく感触を楽しみながら、ぼんやりとガラス越しに店の外を眺めた。
いつもそれなりに賑わっている駅前の通りは、春休みの所為かいつにも増して人通りが多い。
明らかにこれからデートですってな感じのカップルを横目に見ながら、私はアイスラテをもう一口飲んで小さな溜息をついた。
―――なんで私こんなとこに来てんだろ。
買い物行ったりとか、映画行ったりとか、色々予定立ててたんだけどな。
立ててた、のに。


「……一緒に行く相手がいなくなっちゃったんだからしょーがないか……」
「何一人でぶつぶつ言ってんだよ、キショイ奴」
「…………うっさいよ」


赤也のメールを見て家を飛び出してから今まで忘れてたのに、思い出してしまった。
昨日の出来事を反芻してどんより重い気分に陥りかけたところに赤也が戻ってきて、私の目の前にランバフラペチーノのカップをどかんと置いた。
アイスラテのカップの中身が少し減っているのに気がついて(たかだか二口分なのによく気付いたもんだ)、表情が僅かに不機嫌度を増す。


「何勝手に人の飲んでんだ、お前」
「赤也が遅いから我慢出来なくなったの」
「アイスラテじゃヤダとか言ってたじゃねーかよ」
「ヤダとは言ってないもん、ランバの方がいいって言っただけだもん」
「屁理屈こねてんじゃねーっつの!」


どっかと椅子に座り直した赤也に小さい声でお礼を言って、フラペチーノのストローに口をつける。
甘くて冷たい液体で十分に喉を潤してから、カバンを探って財布を取り出したところで、赤也が不機嫌そうな顔はそのまんまで口を開いた。


「金いらねーぞ」
「は?なんで」
「そんくらい奢ってやるっつってんの」
「……何か変なもん拾い食いでもしたの赤也」
「何でいきなり拾い食いなんて話になるんだよ!」
「だってアンタが自分から奢ってくれるなんてすごい変……」
「ああああそーかよ、わかったよ!そんなに払いたいならもらってやるから寄越せ!」
「あっ嘘嘘嘘、ありがたくいただきますゴチになります!」


出しかけた財布をしまって再びカップを掴む。
ストローに口をつけた私を見て、チッと舌打ちして赤也も自分のカップに口をつけた。
何を話すでもなく、二人してひたすら黙々とカップを空にする。
一足先に飲み終わった赤也が、黙ったままガラスの向こうの景色を眺めているのを、ストローの端を噛みながら何となく見つめた。
そう言えば、何の用事で私のこと呼び出したんだろう、こいつ。
春休み中と言えど、テニス部の練習はほぼ連日入ってる。
休みは少なくて貴重だからひたすら家でゴロゴロするとかなんとか言ってたのに。
残りのフラペチーノを飲み干してから疑問をぶつけようとしたら、私が口を開く前にこっちに向き直った赤也が口を聞いた。


「んで、どこ行きたいんだよ」
「……は?」
「お前の行きたいとこに付き合ってやるっつってんの!」
「…………赤也、熱でもあるの」
「は?ねぇよ!っつか何でいきなり熱とか言いだしてんだよ」
「だって言ってることがおかしいもん!唯我独尊を地で行くアンタが!先輩たちの言うこと以外碌に聞きゃしないアンタが!」
「ンのヤロ、言いたい放題言いやがって!こっちはフラレて落ち込んでんじゃねーかって心配……っ」
「――――――!」


赤也の台詞に、熱がないか額に触れてみようと伸ばしていた手が止まった。
はっと我に返ったように赤也が口元を押さえて、決まり悪そうに目を逸らす。
昨日、彼氏と別れたこと。赤也に言った覚えはない。赤也以外の誰にもまだ言ってない。
それなのに知ってるってことは、つまり。


「……赤也」
「…………」
「昨日、見てたの?」
「う……い、いや、偶然……」
「へええぇぇぇ偶然?偶然にね。じゃあ聞くけど何であんなとこにいたの?テニスコートとは校舎挟んで正反対だよ、あそこ」
「そ、それはだから、ほら、なんつーか」
「なんつーか、何」
「……………………」
「あとつけてきてたね?」
「…………おう」


観念したらしく肯定の返事が返ってきた。
気まずそうに顔を逸らしている赤也の横顔をしばらく睨みつけてから、私は一旦引っ込めた手を再び赤也の方へ伸ばして、熱を計る代わりに一発デコピンをお見舞いした。
ビシッ、といい音がして、いってぇ!と悲鳴をあげた赤也が両手でオデコを押さえながら上目遣いに私を睨んだ。


「何すんだ!」
「覗き見なんかした罰!これくらいですんだことに感謝しな、バカ!」
「〜〜〜〜〜〜っ」
「っとに……つーか、他の人に話したりしてないでしょうね、このこと!」
「…………」


無言の返答とともに、またしても気まずそうに視線がそらされる。
こんのアホが……!


「…………誰に話したの!」
「……ブン太先輩に話してたら、いつの間にか後ろに仁王先輩と柳先輩がいてよー……」
「そのメンバーに知れたってことは、もうレギュラー全員知ってるも同然じゃないよ……」
「だーかーらぁ、悪いと思ったから今日声掛けたんだろうが!」
「はあ!?」
「さっきも言っただろ、お前の行きたいとこに付き合ってやるって!」
「……アンタねぇ……」


本当に悪いと思ってんのか、開き直ったこの態度!
呆れて見つめる私の前で、赤也は空のカップを二つとも持って立ち上がった。
こっちに背を向けてすたすた歩き出したその背中を慌てて席を立って追いかける。
出入り口の傍にあったダストボックスにカップを放り込んでるとこに追いついて、隣に並んでその横顔を見上げた瞬間、赤也はほとんど聴こえないくらいの小さな声で一言。


「……悪い」
「…………」


拗ねたような表情、ほんの少し赤い頬。
こっちを見ずに前を睨んで、でもこっちが何も言わないでいたら、所在なさげにちらりと横目で様子を伺ってきたりして。
多分赤也の、赤也なりの、精一杯の謝罪の言葉。
そんなもの聞かされて、こんな顔見せられたら、許さないとか言えないじゃんよ……。
人の別れ話覗き見したのはいいことじゃないし、慰めるにしても多少やり方間違ってる気がするけど、それでも、友達として赤也なりに私のこと心配してくれたからなんだろうし。
ひとつ、大きく息を吐き出して。
相変わらずちらちらと横目でこっちの様子を伺ってる赤也のシャツの袖を引っ張った。


「……ンだよ」
「とりあえず、まずは服見に行きたい」
「そんなもんでいいのかよ?」
「その後、こないだ封切した映画見て、アフタヌーンティーでお茶飲みたい」
「オッケー」
「もちろん全部赤也の奢りね」
「ちょっ……待て!さっきフラペチーノ奢ってやっただろ!?」
「フラペチーノだけで私の心の傷が癒えると思ってんの?」
「…………!」


慌てて財布を取り出して中身を確認し始めた赤也の横で、私は今日初めて笑った。
不機嫌な表情で財布から目を離してこっちを睨んだ赤也が、私の顔を見てちょっと目を瞠る。
その顔がゆっくりいつもの癖のある笑顔に変わって。日に焼けた手がお金を数えるのをやめて、ジーパンのポケットに財布を突っ込んだ。


「―――とりあえず行くか」
「うん」
「けどちっとは遠慮しろよな」
「じゃあアフタヌーンティーはやめてレピシエ行こうか」
「お前なー!」


いつもどおりじゃれ合いながら、混みあう道に向かって勢いよく歩き出す。
いつの間にか鬱々した気持ちは消えていた。






















あえて恋愛ではなく友情で。
赤也と男女の枠を超えた友情を育んでみたいと思う今日この頃(何でいきなり)。
締め切りギリギリでこんなもん送りつけてすいませんでしたまるなしゃん……。

(『リズムにHIGH!』様  立海祭参加作品)

06/05/19再UP