どれだけ時間が流れても、変わらないものはある。
きっとある。
サンセット・ウェイ
駅に降り立った時には、早くも日は暮れ始めていた。
人気のない、古ぼけた小さな駅。
ほぼニ年ぶりの帰郷のことは、家族以外には特に知らせていなかった。
そのはず、なのに。
「よっ、サエ!」
「サエさん、お帰り」
「……バネ?ダビデ?」
改札を出たところで聞こえてきた声に思わず足を止める。
何故ここにいるのかと言う疑問を俺が口にするより先に、二人分の長身の人影は薄汚れた伝言板の前で軽く手を上げて笑った。
「……何してんの」
「何してんのじゃねーだろが。帰ってくるならくるってちゃんと知らせろよ」
「海の近くに帰ってくるだけに水臭い」
「……いいからお前は黙ってろ!」
声調だけは抑えて、バネが手加減なしのゲンコツをダビデの後頭部に降らせる。
二年ぶりとは思えない、あまりに変わらないやり取りに、一瞬呆気にとられたことも忘れて苦笑していると、バネは俺の目の前までやってきて。
視線を上げた瞬間、額で小気味良い音が響いて、同時に目の前に軽く火花が散った。
「っつ!」
「なーに笑ってやがんだ、おめえはよ」
「……手加減しろよ、馬鹿力!」
「うるせえ、二年も帰ってこなかった罰だ、罰」
「忙しかったんだよ、いろいろと」
「要領の良さが取り柄のお前が、帰ってくる時間も作れないほど忙しかったのか。そりゃー大変だったな」
「…………」
バネが言外に含ませたささやかな棘がちくりと胸を刺す。
二年もの間帰らなかった訳をバネは見抜いている。多分、ダビデも、今ここにはいない他の奴らも。
―――俺が逃げ出したのだと言うことを。
黙り込んだ俺の顔をじっと見て、さっきまでの笑みを綺麗に消し去ったバネがぽつりと呟く。
「……、ずっとお前が帰ってくんの待ってたんだぜ」
「……そうか」
懐かしくて愛しい響きが、この二年、片時も忘れることのなかった姿を思い起こさせる。
最後に会った日の泣き顔が目に浮かんで、襲いかかる息苦しさに小さく息を吐き出す。
大切なものはたくさんありすぎて。
その中のひとつを選ぶことで他の全てを失うのが怖くて、俺は逃げた。
そして泣かせた大切な幼馴染。
――――――。
―――当たり前のように同じものを見て、同じものを目指していた頃。
からの、全員に平等に与えられる笑顔と、「頑張れ」の一言が俺たち共通の宝物だった。
俺も皆も、が大切で愛しくて。
そしてを大切に思うのと似て非なる気持ちで、お互いのことも大事に思っていた。そういうところも同じだった。
だから、が俺を選んでくれた時、嬉しいと感じるよりも先に戸惑った。
イエスと答えるのは簡単なことだった。が俺を見てくれるようになるずっと前から、俺はを見ていたんだから。
だけどそれは俺だけじゃなくて他の奴らだって同じだった。同じようにずっとを見ていた。
の気持ちに応えたからって他の奴らを裏切る訳じゃないけど、でも今までと同じ関係ではいられなくなると思った。
と、他の奴らと。
どっちも大切で、大事で、どっちも失いたくなかった。
そしてイエスともノーとも答えずに逃げ出した。
大学進学と同時に地元を出て一人暮らしを始めて。
いつ帰ってくるんだと聞かれるたび、何やかやと理由をつけて帰れない帰れないと言い続けて、二年。
今回も、とうとうキレた親が絶対帰ってこいとのメッセージつきで切符を送りつけて来なければ、きっとまた同じように適当な理由をつけて帰らなかったに違いない。
駅を出て、懐かしい風景の中を三人並んで歩き出す。
二人とも相変わらずでかいな、なんてぼんやり考えていると、さっきバネに黙ってろと言われて以来、素直に黙りっぱなしだったダビデが、これまた相変わらずの感情の読みにくい表情で口を開いた。
「サエさん、向こうで彼女とか出来た?」
「いや……いないよ」
「じゃあまだのこと好き?」
「……そういうお前は?」
「好きだよ」
至極当たり前のことを話す口調でダビデは答える。
空は青いとか海の水は塩辛いとか、そういう複数の答えなんてない問いかけに答えてるみたいな、そんな感じ。
あんまりあっさり返されてそれ以上何も言えずに口を噤んだ。
かつての俺なら返せていたはずの答えが、今は言えない。
逃げ出した俺には言う資格がない。
そんな俺に気持ちを見透かしたように、ダビデは微かに笑って問いかける。
責めるように言われてもおかしくない台詞は、ひどく優しい響きを伴っていた。
「サエさんも、まだのこと好きだよな」
「…………」
「もまだ、サエさんが好きだよ」
「……俺は」
「が自分で選んだことに俺らが文句なんか言うと思うか?」
そう言ったのはバネだった。
左隣を振り向くと、バネは昔と変わらない気のいい笑みを浮かべていて。
「あいつが俺らの中の誰を選んでも祝ってやれたぜ、俺は」
「……俺だって、そう思ってたさ」
「だったら何で逃げたんだよ」
「それは」
静かに問う言葉。
そこにも責める響きは一切なかった。
……そうだ、が他の誰を選んでも、たとえが俺たち以外の、全然知らない男を選んだとしても、祝福してやれると思ってた。
大切に思うからこそ、あいつが自分で選んだことに反対なんか絶対するつもりはなかった。
だけど自分が選ばれた時のことは考えなかった。
馬鹿みたいだけど、欠片も考えたことがなかったんだ。
「俺たちだってサエさんの立場になったら、どうしていいかわかんなくて逃げてたと思う」
「……そんなこと、ないだろ」
「そんなことあるさ。お前と同じだよ、もお前らも大事な仲間だからな」
ダビデの言葉に首を横に振った俺に微かに笑ってみせて、バネは頭の後ろで組んでいた手を解く。
いたわるように肩を叩いた手のひらの感触に、不覚にも泣きそうになった。
逃げた俺を赦して、何も変わらないんだと言ってくれる、仲間の手。
昔、試合に負けた時に背中を叩いたのと同じ手だった。
懐かしさと申し訳なさが胸を締め付ける。
完全に黙り込んでしまった俺の両隣で、バネとダビデはもう一度、ぱしんと軽く背中を叩いた。
そして鼓舞するように力を込めて紡がれた言葉が、俯いていた俺の顔を上げさせた。
「ほれ、まずは二年前遣り残したこと、きっちり仕切り直して来い」
「――――――」
「そしたら皆で飯食いに行こう」
視界を染める夕暮れの赤の中で、数メートル先にたたずむ人影が、いつつ。
その中で一番小柄な影が一歩前に進み出る。
逆光で顔が良く見えないけど、それが誰なのかはすぐにわかった。
懐かしい声が俺を呼ぶ。
「―――サエ」
「…………」
「……おかえり!」
変わらない声。聞きたかった言葉。
それを万感の思いで受け止めて、俺は笑った。
相互リンクサイト『リズムにHIGH!』様、2006年クリスマス企画参加作品第2弾。
サエのキャラソンって友情を歌った歌なので、夢にするの難しいです、ね……_| ̄|○
自サイトの六角ALL夢『永遠少年症候群』の後日談っぽいイメージで書いてみました。
まるなさん、跡部に続いて参加させていただき、本当にありがとうございました!
06/12/31UP