素直におめでとうと言ってやれない、情けない俺をどうか許して。
言祝ぎ
まだどこか着慣れないジャケットの肩の上で、明るい色の髪がふわりと踊った。
目の前でくるりと軽やかなターンを決めて笑ったの顔が、まるで知らない女に見える。
一見素のままかと思うほどの薄い化粧の所為だと気がついて、俺の気分はまた少し鬱になる。
そんな俺の気分を知ってか知らずか、は淡いグレーのスカートをふわりと波打たせて、もう一度フローリングの床の上でくるりと回った。
「サーエ、感想は?」
「ん……」
「気のない返事だなぁ!一番最初に見せたくてわざわざ来たのに」
「……似合ってるよ」
それは決してお世辞なんかではなかった。
昨日までの長さが嘘のような、思い切りのいいショートボブも。
真新しいグレーのツーピースも、淡い色の化粧も。
とても似合っていて、とても綺麗だと思った。
だけどそれを素直に表に出したくなかった。
「……準備万端じゃん。入学式、何日だっけ?」
「七日。その前に説明会と履修届の提出があって、入学式の後に一泊二日で研修旅行があるの」
「研修旅行?」
「うん、ゼミの教授とか仲間との親睦を深める為、だって。面白いよね」
「絶対参加しないといけないの、それ」
「そりゃそうでしょ」
こともなげに言ったの腕を無意識に伸びた手で掴んでいた。
その驚いた顔を見て我に返る。
何やってんだろう、俺。
そう思いながらの腕を掴んだ手を離そうとする。
けど意思に反して指や手のひらに籠めた力をうまく抜くことが出来なかった。
まるで自分の腕じゃなくなったみたいな感覚に戸惑いながら、無理やり指を引き剥がす。
「サエ?」
「ごめん」
「何、いきなり。どうしたの」
「……何だろうな、ホント」
気遣うような表情になったにぎこちなく笑ってみせて、開いた手のひらに視線を落とす。
微かな震えを消そうとぎゅっと拳を握って俺は顔を上げる。
出来るだけ自然に笑ったつもりだったのに、の表情は晴れなかった。
「サエ、ホントにどうしたの?」
「何でも、ないよ。―――」
「なに?」
「……浮かれすぎて入学式でコケたりしないように気をつけなよ」
「失礼な!そこまでドジじゃありません!!」
頬を軽く膨らませて、スーツに包まれた細い腕を伸ばして俺の額を軽く小突く。
その腕を捕らえて俺は華奢な身体を自分の方に引き寄せた。
ジャケットの胸元に額を押し付けると、真っ白いブラウスからほのかに甘い香りがした。
今までが使ってたデオドラントとは違う、甘い香り。
「こらサエ!服がシワになっちゃうでしょ!?」
「―――、香水つけてる?」
「え?あ、うん。従姉妹のお姉ちゃんが入学祝いにってくれたんだ」
「そうなんだ」
「サムライウーマンのピンクベリーっていうヤツ。ボトルがすっごい可愛いの!」
顔を上げた俺の視線の先で、さっきまでの心配そうな表情がほぐれて嬉しそうな笑顔に変わる。
いつもだったら、のそんな顔を見ると気分が晴れるのに、今日はそうはならなかった。
寧ろ余計に気分が落ち込んでいくのがわかる。
抱きしめる腕にまた更に力がこもった。
「ちょっとー!シワになっちゃうって言ってるでしょ、サエ!」
「やだ」
「何なのよーホントにもう……!」
怒ったような呆れたような声が響いて、小さな溜息と共にの腕が俺の肩に回った。
あやすように、宥めるように、優しく俺の背中を撫でる小さな手のひらの感触。
俺は腕を上に伸ばしての髪にそっと指を差し入れて軽く梳いた。
今までのように指に絡むことなくさらりとすべり落ちる短い髪。
つい昨日までセーラー服の肩にかかっていた長い髪と、感触は変わらないのに。
頬を膨らませて拗ねるその表情だって今までにも何度も見てきたものなのに、化粧ひとつ、髪型ひとつでどうしてこんなに違うものに見えるんだろう。
どうしてこんなに近くにいるのに、こんなに遠く感じるんだろう。
今まで気に掛けたこともなかった『ひとつの年の差』が、今はこんなにも大きい。
たった一年の差なのに。
追いつく暇も与えてくれないで、どんどん離れていってしまうようで。
手を伸ばしても届かなくなってしまいそうで。
「―――」
「何?」
「俺、と同い年で生まれたかったな」
「急にどうしたの」
「同い年で生まれたかったよ」
繰り返した俺の言葉に、はふと黙り込んで。
そしてさっきよりも強い力で俺を抱きしめなおした。
「……初めてだね、サエがそんなこと言うの」
「そうかな」
「そうだよ。普段はまるで私より年上みたいな顔して、あれこれ世話焼いてくれちゃってさ」
「実際、は世話が焼けるからだろ」
「……否定出来ない自分が悲しいわ……」
憮然として呟いて、さっき俺がにしたのと同じように、俺の髪に指を差し入れてそっと梳く。
何度も何度も俺の髪を撫でながら、優しい声で囁いた。
「だから頑張って同じ大学受かって、また私のフォローして下さい」
「……俺がいない一年間はどうする気?」
「何とか一人で頑張る!だからサエも頑張ってよね、受験。うちの大学は倍率高いんだから」
「……俺はと違って頭も要領もいいから心配いらないよ」
「あっ、ムカつく言い方!」
どうせ私はギリギリ合格ですよ!と呟いたの顔は抱きしめられたままで見えなかったけど、拗ねて唇を尖らせている表情を容易に想像出来た。
香水が甘く香るの胸元に顔を伏せたまま、俺は微かに笑って。
今まで一度も口にしていなかった祝いの言葉を口にした。
「―――大学合格、おめでとう」
先日めでたく大学受験合格されました友人に捧げますv
ギリギリ合格とか書いちゃってごめん!彼女の名誉の為にここで申し上げますが、実際は全くそんなことないです!私が勝手にそういう設定にしただけです!他の方、誤解されないようお願いします。
因みにサエは高校二年生ということでひとつヨロシク。
最後に、本当に合格おめでとうございました!!これからも頑張ってね!!
05/03/21up