確証のない言葉なんていらない。
不確かで曖昧な約束じゃなく、欲しいのは貴方の存在そのもの。
無 音
目を開けたら、日焼けした広い背中が視界を埋め尽くした。
筋肉質の肩が規則正しい呼吸に合わせて静かに動いている。
微かに聞こえてくる寝息は、胸の奥に不思議な安堵感をもたらした。
そっと動いて、その背中に頬を寄せる。
耳元で聞こえる心臓の音。
ぴくりと微かな反応が返って、引き締まった上半身がぐるりと反転して、うっすら開いた瞳が至近距離から私を見つめた。
「……もう朝か?」
「一応まだ朝、かな。現在09:00(マルキューマルマル)でっす、隊長」
「そうか」
いつもと同じぼんやりとした顔を私に向けて小さく頷く。
この人には似合わない表現だと言われそうだけど、起きぬけのボーっとした表情とか寝癖がついてぴんとはねてる短い髪とか、そう言うのを見てるとやっぱり可愛いなぁと思ってしまう。
カッコ良く見えるのは仕事に関係してる時だけかもね。
手を伸ばしてそっと頭を撫でると、左だけ奥二重の眼がほんの僅かだけくすぐったそうに細められた。
「せっかくの非番なんだし、もうちょっと寝てたら?」
「……いや、もう目が醒めた」
「そんなこと言って、起きて何すんの?別に出掛ける予定もないのに」
「は寝ていていいぞ。俺は少しランニングでもしてくる」
「ランニングぅ!?」
非番の日くらい、ゆっくり寝ればいいものを。
私の心のツッコミに気がつきもせず、甚はばさりと上掛けをはねのけてベッドから起き出すとさっさと着替え始める。
私が薄いシーツを身体に巻きつけて起き上がった時には、もうすっかり着替えは終わっていた。
相変わらず着替えんの早いし。
「いってくる」
「……いってらっしゃい。朝食作っとくから、ゆっくり走っておいでよ」
「わかった」
こっくりと頷いてこっちに背中を向けると、甚は部屋を出て行った。
残された私はぼさぼさの髪を軽く手櫛で梳いてひとつ息をつくと、まずはシャワーを浴びる為バスルームに向かった。
どうせそんなすぐに帰ってこないだろうから、と時間をかけてゆっくりシャワーを浴びて。
Tシャツにナイロンパンツという軽装で髪を乾かしているところに、聞き慣れた携帯の着信音。
だけどそれは私のではなく甚のものだった。
忘れるなんて珍しい。自主トレの時でも連絡が取れなくならないようにって、ちゃんと持って行くのに。
見た目以上に寝ぼけてたってことなのかしら。
ひっきりなしに鳴り続ける携帯のウインドウに浮かぶ名前は『嶋本』。
ちょっと迷ってから、私はテーブルの上からそれを取り上げて通話ボタンを押した。
耳元に当てた瞬間、嶋本君の元気の良い声が鼓膜を振るわせる。
『―――お休みのとこ失礼します、嶋本っすけど!』
「おはようございます」
『あ、りゃ?さ―――』
「ごめんなさい、甚は今ランニングに出てるの。何か急な用事?」
そう訊いた途端。
受話器の向こうで、嶋本君が大きく息を飲んだのが聞こえた。
『……佐世保のアレから何日もたっとらんのに、何考えてんねやあの人はー!』
「え、え……?」
アレって、何?
つい先日、救援要請で佐世保の方へ出たというのは聞いていた。
何故かその日のうちには帰ってこなかったけど、以前やっぱり佐世保の方へ出た時に、悪天候でヘリが引き返す羽目になって向こうで一泊した、なんて話も聞いたことがあったので、それほど気に掛けてはいなかったのだけれど。
『非番の日くらいゆっくり身体休めなあかんやろ!』
「……嶋本君」
『は、あ?はい』
「アレって何?」
『え?さん、聞いてないんですか?』
「救援要請で佐世保に行ったことは聞いてる。あっちで何があったの?」
『えぇーと……』
「嶋本君」
『……隊長には俺が話したって言わんといて下さいよ』
そう前置きして。
ぽつりぽつりと言い難そうに嶋本君が話してくれた話の内容は。
私の手のひらにうっすら赤い爪あとを残した。
甚が帰ってきたのは時計の針が10時を回った頃。
アパートの階段を昇ってきた甚が、ドアの前に立っていた私に気付いて足を止めた。
「お帰りなさい」
「どうかしたのか」
「忘れ物」
そう言って差し出した携帯を見て、甚はああ、と小さく呟いた。
「忘れていた、すまんな」
「嶋本君から電話があったわ。―――体調の方は大丈夫か気になったんだって」
「……そうか」
「……どうして話してくれなかったの」
「…………」
甚の仕事はいつだって危険と隣り合わせの仕事。
それは嫌と言うほどわかっている。
私の知らないところで危険な目に合って、ある日不意にいなくなるかもしれない。
「ずっと黙ってるつもりだったの?」
「結果的に無事に帰ってこれたなら、言う必要はないと思った」
「……甚らしいね」
はぁ、と小さく溜息をもらした私の頬に甚の大きな手のひらが触れて。
そのまま後頭部に回ったその手に引き寄せられて、広い肩に額がぶつかった。
触れ合ったそこから、ベッドの中でも聞いていた甚の心臓の鼓動を直に感じる。
甚の心臓の音とか、寝息とか。
そんな些細なものに感じてしまう安堵感は、不安な心の裏返しだ。
甚が仕事から帰ってくるたび、彼に触れて触れられて、その温もりや鼓動を確かめて、やっと私は安心出来る。
どんなにたくさんの言葉よりも、甚が傍にいてくれたらそれだけで十分。
「……ごめん、ちょっと冷静になれなかった」
「いや、黙っていた俺が悪いだろう。すまなかった」
「甚は悪くないよ……」
呟いて、広い背中に腕を回す。
抱きしめる腕に力をこめて甚の存在を確かめて、私はゆっくりと瞼を閉ざした。
支離滅裂その2。タイトルも意味不明でごめんなさい。
真田隊長好きだあああぁぁぁぁぁ!!
05/03/03up