美しく染まる夏の空に祈る。
明日も明後日も、その色で私の心を慰めて。
蒼天への祈り
ひやりと冷たいフローリングの床の感触を背中全体で感じながら空を見上げる。
窓ガラス越し、逆さまに見える空の色は綺麗なグラデーション、その中で夕日の茜色が一際目に鮮やか。
「……今日も一日いい天気、でした」
誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いたその科白の後に続くように、TV画面の中でにこやかに微笑むニュースキャスターが『明日も一日中快晴です!』と朗らかに告げた。
その予報に、ほんの僅かだけ安堵感を覚える自分がいる。
……一日中快晴ったって、日本全土がそうって訳じゃないのにね。
それでも、胸を締め付ける不安を僅かでも打ち消してくれるその言葉は必要で。
茜色の空を映していた目をそっと閉ざして呟いた。
「明日も明後日も、ずっと、ずーっと快晴、でーす……」
「―――」
「……ん……」
「、起きろ」
抑揚に欠けた声が繰り返し名前を呼んで。
閉ざした瞼の奥に真っ白い光が差し込んできて、私はのろのろと腕を上げて目を庇った。
……眩しい。
閉じたままの視界すらも白く灼く光が不意にすうっと弱まって、さっきよりも近くで、さっきよりも優しく、その声は響いた。
「起きろ、。風邪をひくぞ」
「……じ、ん?」
「こんなところで寝ていたら風邪をひく」
「え……やだ、今何時……?」
「10時だ」
「うっそ……」
やっと少し光に慣れてきた目をうっすらと開けると、すぐ真上に甚の顔。
ゆっくりと視線を動かしたら、窓の外に見える空はすっかり濃い藍色に染まっていた。
ニュースを流していたはずのTVからは、何かのドラマの科白が聞こえてくる。
……やだな、あのまま寝てしまったんだ。
乱れて目の上に掛かっている髪が鬱陶しくて、中途半端な位置で止まったままの手を動かして少し乱暴にかきあげると絡まった髪が指に引っ掛かった。
「いたたた」
「大丈夫か」
「平気。甚、今日飲み会じゃなかった?帰ってくるのが随分早くない?」
差し出された手に掴まって上半身を起こして、傍らに腰を下ろした甚の顔を覗き込む。
波ひとつない湖面のような、深く静かな眼差しがじっと私を見つめ返した。
「途中で抜け出してきた」
「何かあったの?」
「……お前が電話に出ないので、何かあったのかと気になった」
「あー……ごめん……」
「いつから寝ていたんだ?」
「多分六時半くらいだと……ニュース聞きながらぼんやりしてたら、いつの間にか寝ちゃってたみたい」
「あまり心配掛けるな」
「ごめん」
短い謝罪の言葉を口にして、その胸元に頬を寄せる。
肩に回された手に少しだけ力が入って、甚の唇が掠るようにこめかみに触れた。
とくり、小さく胸が高鳴って。
少しずつ早くなる鼓動に素直に従って甚の首にするりと腕を絡めた。
日に焼けた首筋にそっと唇を押し当てると、肩を抱いたままの甚の手に、また僅かに力がこもる。
「―――ベッドに行くか?」
「ここでいい」
「あとで身体が痛むかもしれないが?」
「大丈夫……」
誘うように耳朶に唇を這わせると、甚は仕方ないなと言いたげに小さな吐息をひとつ漏らして。
そっと私の身体をその場に横たえて、唇と指先をそっと私の上に滑らせて優しい愛撫を始めた。
どこか遠く聞こえていたシャワーの水音が途切れて。
ふわりと身体が宙に浮く感覚に、閉じていた瞼をゆるゆると押し上げる。
私を抱き上げた甚の短い髪から滴る水が、私の頬に涙のような一筋の線を描いた。
「……ちゃんと拭かないと風邪引くよ」
「ああ」
甚はまるで重さを感じていないかのように軽々と私を抱き上げて隣のベッドルームに移動すると、真新しいシーツが掛かったベッドの上に壊れ物を扱うようにそっと下ろす。
甚の手が額にかかった髪をさらりと横に流してくれた。
シャワーの名残か、微かに湿ったその手のひらの感触が心地よくて瞳を細める。
「……明日は甚、非番だよね」
「そうだが、何か用でもあったか?」
「ううん、何でもない」
レースのカーテンの隙間からはさっきと同じ藍色の空が覗いている。
雲ひとつないその空を見ながら、夕方見ていたニュースの天気予報を思い出す。
「明日も、快晴だって」
「……そうか」
「ずーっとこのまま、晴れの日ばっかり続けばいいのになぁ……」
「…………」
天気が良ければ。
海が荒れる可能性が低くなれば、少しは甚の出動回数も減るかも、なんて。
バカみたいなことを考えている私の心。
まるっきり子供じみた単純なその考えを知ったら、甚は呆れて笑うだろうか。
―――でもね、甚。
今こうしているように、一緒に過ごす時間を、私に優しく触れる手を、優しいキスをくれる唇を。
真っ直ぐ見つめてくれる眼差しを、貴方という存在の全てを。
失いたくないから、だから私は。
どんなにバカらしいと笑われても、きっとあの青い空に祈ることをやめない。
私に素敵なエロを求めても無駄です。
トッキューに限らず、潜水士の旦那とか恋人を持ったら精神的にすごくキツそうだなと思って書いた話。
05/03/08up