愛されている事を知っているから。
パライソ
お昼ご飯の片付けが終わって、キッチンから戻ってきたら。
そしたら、ソファに座ってうたた寝する真田甚、なんて珍しいものを見た。
「…………」
相変わらずの無表情で、腕を組んでソファに背もたれに寄り掛かって。
緩く引き結んだ唇の僅かな隙間から零れる寝息に、思わず足音を潜めて息を殺す。
極力足音を立てないようにゆっくりと傍までいって、手に持ってた淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを二つ、そっとテーブルの上に置いたら、コトンと小さな音がした。
いつもの甚ならこの程度の音でも目を覚ますのに、今日に限ってはどうも勝手が違うようで。
途切れる気配のない寝息に耳を澄ませながら、私は直接甚の隣には座らずに床の上、投げ出された長い足の横に腰を下ろして、自分の分のカップを手に取った。
ミルクたっぷりのカフェ・オ・レから立ち上る湯気がほんのりとあごを湿らせる。
カップの中身が三分の一程度減ったところで、手持ち無沙汰になって近くに置いてあった雑誌を取り上げた。
こないだ泊まりに来た友達が置いていった情報誌。
さらりと流し読みしていたら、とある記事が目に止まって、ページを捲る手が止まった。
『恋人と過ごす休日』と銘打たれたそれは、国内外のリゾートの特集で。
スパ設備の整ったホテルとか洒落たクルージングツアーとか、なかなかいい感じのモノが揃ってる。
行ってみたいなーと思いながら、ちらりと肩越しに斜め後ろを見上げた。
まだ目覚めない恋人の仕事を考えたら、何日もの旅行はかなり厳しい。
予定を立てても直前でダメになったりする可能性高いし……いいとこ日帰りか一泊が限度。
全く不満がない訳ではないけれど、声に出しかけていた文句は引っ込んでしまう、いつも。
こんなふうに眠る姿を見たりすると、余計に。
「仕方ない、よねぇ……」
そう言うと、友人たちは決まって口を揃えて、仕方ないことあるか!と言う。
そんな人やめてもっと無難なのと付き合ったらどうよ。
たったそんだけしか一緒にいられないんじゃ、付き合ってる意味なくない?
それに、精神的に疲れるじゃないの、そんな仕事してる彼氏。
もっと安定した仕事してる男にしなさいよ。
―――レスキュー、なんて。
そんな言葉を、今まで何回聞いて、そして何回首を横に振っただろう。
甚の仕事は、人の命を救う、とても尊い仕事。
躊躇いなく自分の命を危険に晒す甚に、何度泣かされたか知れない。
失うことに怯えて、不安に心を揺らされて。
でも、それでも。
その仕事に打ち込んでる甚を、人の命を救うことに全身全霊かけている甚を。
とても誇りに思うから。
「……?」
掠れ声で名前を呼ばれて、ぼんやりとたゆたっていた思考の浅瀬から意識を引き戻す。
ソファから身体を起こした甚が、まだどこか霞がかった眼差しでこっちの顔を覗き込んでいた。
「あ、目が覚めた?」
「……すまん、うたた寝してしまったか」
「いいよ、疲れてるんでしょ。このところ出動が続いたって自分で言ってたじゃない」
「いや、しかし……」
短い髪をくしゃりと掻き撫ぜて、甚が表情を少しだけ変えた。
ほんの僅かなその変化に瞬きを返した私の目をじっと見て、申し訳なさげに呟く。
「普段あまり一緒に居てやれない分、休みの日ぐらいはな」
「……」
――― そんな言葉を。
いつも唐突にくれるから、私我侭言えなくなっちゃうのよ、甚。
ありえないくらいのレスキューバカだけど、ちゃんと私のこと大切に思ってくれてるのはわかるから。
旅行行けなくても、たまの休みにうたた寝されちゃっても、怒る気になんかなれなくなるの。
貴方が私を愛してくれている、その事実を、嫌と言うほど知ってるから。
心の中の不安は消えないけれど、でも、貴方の傍から離れたいとは思わない。
「、コーヒーをもらっていいか」
「大分冷めちゃってるんだけど。新しいの淹れ直そうか?」
「いや、それで構わない」
「ん……はい」
「ありがとう」
温くなったコーヒーを一口二口飲んで、マグカップをテーブルに戻す。
前のめり気味になっていた身体を起こした甚のシャツの袖をそっと引っ張ってみた。
まだ微かに午睡の余韻を残した瞳が、なんだ?と語りかけてくる。
「あのさ、甚。今日は出掛ける予定ないんだし」
「……?」
「もうちょっと寝てても良いんだよ」
「……だが」
「って言うかね、ちょっとそこにうつ伏せになってみて?」
そう言ってソファを指差した私の顔を、甚は少し困惑気味の表情で(こんな些細な表情の変化がわかるのは私ぐらいなものだと思う)見て。
それから大人しくソファの上にうつ伏せに寝転んだ。
三人掛けのソファはベッドにするには甚には少し窮屈で、長い足は端からはみ出している。
私はクッションに顎を埋めた甚の頭を軽く撫でて笑うと、座る位置を微妙にずらして軽く顎を反らせた。
頭の後ろにはちょうどいい具合に甚のお尻があって。
ジーンズ越しにもわかる引き締まったそのお尻を枕代わりに、私はそっと目を閉じた。
甚は一瞬身動ぎして、そしてクッションに顎を埋め直したらしい、ぽすん、という軽い音が響いた。
薄いカーテン越しに差し込む日差しは暖かくて、温くなり始めたカフェ・オ・レから漂う香りは仄かに甘くて、穏やかな呼吸に合わせて微かに上下する『枕』の感触は気持ちいい。
程なくして再び聞こえ始めた寝息に耳を澄ませながら、私も心地よい睡魔に身を委ねた。
どんな楽園よりも、貴方の傍がいい。
久々の隊長夢でした。ネタ提供して下さったトッキュ仲間のハナちゃんに捧げます。
支離滅裂な話でごめんなさい……!隊長のお尻を枕にほのぼのする夢だったはずなのに、肝心のお尻枕あれだけ!?みたいな感じになってしまいました……。
こんなんでよかったらどうぞもらってやって下さいませ!
05/06/07UP