目が覚めたら、知らない男が隣に寝てました。


























ベッドのシーツは見覚えのあるアースカラー。
枕元のスタンドも目覚ましも、確かにここが私の部屋だということを証明してくれている。
ここにあるはずがないものは隣で気持ちよさげに寝ている癖っ毛の男だけ。


何がどうしてどうなってこんなことに……!?
思わず頭を抱えかけて、はっと我に返ってばっと布団をめくる。
服は着ている……上だけは。昨日着てたTシャツのまま。
だけど下はボクサーショーツ一枚きり。お気に入りのリーバイスはベッドの下に丸まって落ちていた。
なんて中途半端なの……これじゃ判断のしようがないじゃないのよ……!
改めて頭を抱え込んだ時。


「……言うとくけどな、酔って前後不覚になってる女を襲うほど、俺は飢えとらんぞ」
「うひゃあぁっ!」
「色気のない悲鳴やな……」


いきなり聞こえてきた声に横を見れば、寝ていたはずの男が目を開けてじっとこっちを見上げていた。
仰向けに寝転がったまま腕を上げてくちゃっと前髪をかきあげる。
シーツの下から覗いた肩は裸で、そして妙に筋肉のつき方がよろしい。
恐怖と焦りで言葉が出ないままその顔を見つめていたら、ふっと頭の片隅を何かが過ぎった。
にっと屈託なく笑った顔。今目の前にあるのと同じ顔。
たくさんの料理が並んだテーブルの向こうで、小柄な身体に似合わない大きなジョッキを何杯も空けて、平然としていた男の人。
仲間の男の人たちが『シマ』とか『シマモト』とか呼んでた。


「……昨日の合コンのっ……」
「思い出したか?」


そう言って笑った顔が、完全に記憶の中の笑顔と重なる。
『シマモト』さんはごろりと身体の向きを変えて片肘をつくと、呆然としている私の顔を上目遣いに見つめて、今度はくっくっと声を出して笑った。


「面白いなぁ、百面相」
「な……!ていうか、何もしてないなら何で貴方が私のベッドで寝てんの!?」
「マジで覚えてないんか?」
「何をよ!」
「べろんべろんに酔って家まで送ってけって俺に命令しくさったんはお前やぞ」
「は!?」


全く覚えのない話に面食らう私に、『シマモト』さんは昨日の私の行状を余すことなく教えてくれた。


「彼氏と別れたばっかとか二股掛けられてたとか、誰も訊いとらんのに喋って、ヤケ酒よろしく飲めない酒を無理に飲んでしこたま酔っ払って、一次会の店出たとこで俺を指差して『家まで送れ!』てな」
「う、嘘……」
「嘘な訳あるかい。で、お前の友達にも頼まれて仕方なく送ってアパートの前で帰ろうと思ったら、今度は帰るな一人にするなて泣き出しよって、人の腕掴んで離さんし」
「…………」
「挙句の果てに仕方ないから床で寝ようとした俺を無理やりベッドに引きずり込んで、がっちり抱きついたまんまで寝やがったんやで」
「…………それは、何と言うか、そのぅ……」


何やってんだ私……。
飲めないお酒に酔いつぶれて昨日会ったばっかりの人にそんな迷惑掛けて。最悪……。
ずーんと落ち込んで項垂れたところに、不意にパチンと軽く頬を叩かれた。
全然痛くはなかったけど、いきなりだったのでびっくりして顔を上げたら、『シマモト』さんは私の頬を叩いた手をひらひらと振ってにっと笑った。


「気にすんな、女に抱きつかれて寝るのは俺も別に嫌いやないしな。何もしとらんのは確かやけど、キレイな足も拝ませてもらったし、これで貸し借りなしてことにしとこうや」
「きっ……あ、足って……!」
「あ、俺は脱がしとらんで。お前が自分で脱いだんやからな」
「そっそっそーですかっ」
「俺の理性が強かったことに感謝せぇよ、普通の男やったら確実にやることやってるで」
「―――っ!」
「ところで今何時?」


がらりと話題を変えて、『シマモト』さんはベッドから起き上がる。
引き締まった上半身が露わになって、かっと一気に顔が赤くなるのが自分でわかった。


「と、ところで、何で服着てないんですかっ……!?」
「あー?それも忘れとんのか。一次会の店出る直前にお前がこぼした酒でTシャツ濡れてしもたんや。そんなん着たまま寝たら気持ち悪いやろ」
「……それは、また……も、申し訳ない……」
「とりあえず謝罪の言葉よりも何か着替え貸してもらえると助かるんやけど」
「え、で、でもちょっと待って……」


だって着替え取りに行こうにも、私下着だけなのに!
ベッドから出ることを躊躇する私の心の中を読んだように、『シマモト』さんはまた笑った。


「今更気にしても仕方ないんと違うかー?」
「ううううるさいなぁもうっ!」


酔って記憶飛んでる時と、意識もしっかりしてる今とじゃ、全然状況が違うっつーの!


「着替え出すからちょっとあっち向いてて!」
「ちっ」


『ちっ』て言った!?今『ちっ』って舌打ちしたよこの人!
思わず顔を見たら、悪戯っ子みたいな笑顔で一瞬だけ私を見て目を閉じてそっぽを向いた。
なんだかいい様にからかわれてる気がする、気のせいじゃなく。
『シマモト』さんが目を瞑っているのはわかったけど、やっぱりちょっとそのままの恰好で歩くのは気恥ずかしくて、綿毛布をぐるっと身体に巻きつけてベッドを降りて。
クローゼットに辿り着いた時、後ろで笑い含みの声。


「何やつまらん。せっかくのキレイな足隠すなや」
「……あっち向いててって言ったでしょー!?」
「わはははは」


クロゼットから出した大きめのTシャツを振り向きざまに投げつけたら、『シマモト』さんはそれを軽くキャッチして声を上げて笑った。






自分の分の着替えも出して、私が一旦ベッドに戻った時には『シマモト』さんはもう貸したTシャツを着てしまって、ベッドの端に腰掛けてジーンズの埃を払っていた。
下はちゃんと穿いてたんだ……。
彼の言葉を全く信用していなかった訳じゃないけど、そのことに少し安心する。
新しいシャツに着替えようと私が毛布に潜り込もうとしたところで、『シマモト』さんがベッドから腰を上げてぐーっと大きく伸びをした。
それを見た瞬間、思わずポロっと口をついて出てしまった言葉。


「……背ぇ小さ……」
「ああ?」


返って来たのはさっきまでとは180度違う、低く柄の悪い声。
……ヤバイ、もしかして地雷踏んだ!?
反射的に謝ろうとした私の腕を、毛布越しにがっしり掴んで。
気がついたら至近距離に『シマモト』さんの顔と、その肩越しに天井が見えていた。


「……それはNGワードや」
「あ、やっぱり……ご、ごめ」
「ナリは小さくても男やぞ。……試してみるか?」
「いっ、いいっ遠慮するっ」
「遠慮すんなや」


押し倒された身体は、小柄な身体には似つかわしくない強い力でがっちり押さえ込まれて、ぴくりとも動かない。
ぐっと近付いてくる顔を避けることが出来ずに、ぎゅっと目を瞑って。
一秒、二秒……。
三秒後、ふわ、と唇を微かに何かが掠めて。


「……なーんつってな」


軽い調子に戻ったその声に目を開けるのとほぼ同時に、身体を押さえ込んでいた力が緩んだ。
がばっと身体を起こした『シマモト』さんは、あの悪戯っ子っぽい笑顔に戻って私をチラッと一瞥した。


「ナリで男判断してっと痛い目見んで?」
「……もう見たよ……」
「そーかい」
「ってか、今っ、きききききキスっ」
「授業料や、授業料」


授業料って……!
さらりと言われたその言葉に言葉が出なくて、ひたすら口をパクパクさせる。
そんな私を見て、『シマモト』さんはまたにっと笑って。


「でもいくら授業料でも、気に入らん女にキスなんかしないけどな」
「…………!」
「とりあえず何か食いにいかんか?俺腹減ったわ、サン」
「……私の名前、知ってたの?」
「知らんでどうやって家まで連れてこれんのや。表札も確かめんで鍵穴に鍵差し込めるかい」
「そ、そうですね」
「ええ名前やん、 て」
「……どーもありがとう」
「ま、それはともかく早着替えろや」
「〜〜〜じゃああっち向いててよっ!」











それから。
彼の名前を漢字で『嶋本』と書くんだと知った私と。
』と言う苗字じゃなくて、『』と名前で呼ぶようになった彼が付き合い始めるまで、それほど時間は掛からなかったのは。
最初の過程を猛スピードで駆け抜けちゃったからかもしれない。






















似非軍曹でごめんなさい……名前変換少なくてごめんなさい……。
嶋本はおっぱい星人じゃなくてフトモモ星人だといいなぁとかちょっと思いました(逝ってしまえ)。

05/03/03up