「……っは……」
湿り気を帯びた吐息と潤んだ目。
繋がった部分を中心に高ぶっていく熱。
「……シマっ」
背中に感じた微かな痛みは、快楽の波に飲み込まれて頭の片隅から消し飛んだ。
WILD CAT
相変わらず進歩の見えないヒヨコ共の訓練を終えて、着替えていた時やった。
「あれ?嶋本さん、背中怪我してますよ?」
能天気な声を張り上げたんは神林。
Tシャツを脱ぎかけた手を止めた俺の背中をしげしげと見つめる神林のせいで、他の奴らまでが俺の背中に注目し始めた。
……男が男の背中見たって、何も楽しい事あらへんやろ。
つうか男にジロジロ見られるのなんかキモイだけなんやけど。
止めていた手を再び動かしてシャツを完全に脱ぎ捨てて、着替えを手に取りながら冷たく言い放つ。
「やかましいな、さっさと着替えろや」
「でも、結構痛そうなんですけど。あっ、俺マキロン持ってますけど使いますか!?」
「いらんわ!さっさと着替えろ、何度も同じこと言わすなアホ!!」
中途半端に着替えた状態で(つうかまず下を穿け見苦しい!)、ロッカーの中をがさごそ漁り始めた阿呆の神林の頭に一発鉄拳かましたところで、先に着替え終わっとった石井がしたり顔で口を聞いた。
「―――猫でも飼っとるとですか?」
「んあ?」
「背中のその引っかき傷。ジャレ合っとってうっかり引っかかれたんやなかとですかー?」
黒縁メガネの奥できらりと目が光る。
口元もいつものように笑っとって、明らかにわかって言うてるのが丸わかりの科白。
……可愛げのないヤツやで、ホンマ。
ぶっちゃけ、訳がわからんて顔してるのは神林くらいで。
佐藤と大羽、星野も石井の言わんとしてることはわかったらしく、何とも言えない表情になった。
このくらいでおたつくなんざ、どいつもこいつもまだまだ青臭い(神林は青臭いというより単なるガキやな)。
俺は新しいTシャツに袖を通しながら、石井から順に一人一人の顔を見てにやっと笑ってやった。
「かーなーり暴れん坊の『猫』でな」
「……へぇー」
「手懐けんのになかなか苦労すんねん。傷の一つや二つは仕方ないわ」
「名誉の負傷っちゅうヤツですか」
大羽の科白に軽く頷いて笑ったところで。
不意にバタバタと落ち着きのない足音が聞こえてきた。
……嫌な予感。
「すいませーん!こっちにシマいますー!?」
バシーン!とけたたましい音をたててロッカールームの引き戸が横に滑る。
そこに姿を見せた制服姿のが、勢いよく開けすぎた所為で跳ね返ってきた引き戸にぶつかって、情けない悲鳴を上げた。
「いっっったー!!」
「うわっさん大丈夫ですかっ!?」
「また派手にぶつかったもんやけんねー」
「怪我せんかったですか!?」
よろけてコケたの周りに、わらわらっとヒヨコどもが集まる。
普段の数倍は素早いその動きにちょっとピンと来た。
こいつらもしかしてもしかすると、アレか?
考え込む俺を余所に、ヒヨコどもに囲まれたは大丈夫と笑顔で答えて顔を上げて。
その表情が凍りついたかと思うと、あっという間に顔全体が赤く染まった。
「いっっっやああぁぁぁぁっ!!!」
「どぉわぁぁぁっ!!?」
派手な悲鳴とともに突き飛ばされたのは神林。
まだ着替え途中の情けない姿で派手にひっくり返る。
ああ、まぁそら悲鳴のひとつも上げたくなるわな、あんなカッコで近寄られたらな。
真っ赤に染め上げた顔を両手で覆って、は甲高い声を張り上げる。
「いやー神林君最低ー!!早く服着て!服!!」
「え!?あああっすいませんっ!!」
「兵悟君、そんカッコーはセクハラばい」
「同感じゃ。女の人の傍によるんにその恰好はやばかろ」
「せっセクハラって、俺そんなつもりは!」
「つもりがあるとかないとかの問題じゃないよ、兵悟」
「さん、大丈夫ッスか?」
輪の中から神林を閉め出して、他のヒヨコどもは相変わらずやかましくピーチクパーチクとの周りでさえずっている。
ったく、しょーもな……。
「どけや、お前ら」
「え?あ、はい!」
佐藤と星野の間から割り込んで、火照った頬を引っ叩いているの腕を掴んで引っ張りあげた。
空いている片手はまだ赤い頬を押さえたままで、上目遣いに俺を見る。
その半泣きの表情を見て俺は思わず軽く吹き出した。
「……笑うことないでしょぉ」
「笑いたくもなるわ、なっさけないツラしよって」
「うるさいなぁ、もう!!」
「で?何の用やねん」
「……あ!忘れてた、専門官がシマのこと呼んでこいって」
「ああ!?そういうことを忘れんなや、ボケ!!」
「しょーがないでしょー!」
「オラ、行くぞ!―――お前ら、先に戻っとけ!」
「は、はい!!」
の背中を押してロッカールームの外に押し出して。
最後にちらっと後ろを振り向くと、五人揃っての背中に名残惜しそうな視線を向けている。
……やっぱりか。
そんなことにかかずらっとる余裕がまだありやがるか、このバカヒヨコども。
しっかり釘刺しとかなあかんな、これは。
「おい、お前ら」
『はいっ!!』
俺の一声にぴしりと直立不動の姿勢をとったヒヨコどもの顔を端から順に軽く睨んで。
そんでもって最後ににやっと笑う。
条件反射なのか、軽く肩を竦ませた奴らにひらりと軽く片手を振って。
「―――俺の『猫』に手ェ出しよったら簀巻きにして海に叩っ込んだるからな」
『は……』
はい、と答えかけた五人の声がぷっつり途切れて。
ロッカールームを出て後ろ手に引き戸を閉めた途端、ガラス戸越しに響く声。
「えええええええええ!?」
「マジかー!!」
「そがん……嘘じゃろー!?」
「……いや、そんな予感はしてた、けどっ……」
「簀巻き……いやまさか、でもホントにされそうだああぁぁぁっ!」
「……な、何!?」
「気にすんな、ほっとけ」
背後から聞こえてくる声に驚いた表情で振り返るの肩を抱いて歩き出す。
辺りに誰もいないのを確かめてから、その耳元に軽くキスをすると。
腕の中の華奢な女は、慌てふためいて俺から離れようともがいた。
「ちょっと、こら、シマ!」
「誰もおらんて」
「そういう問題じゃないでしょー!?」
「ち、しゃーないな。今晩行くからな、飯作っとけよ」
「今日もぉ!?……もー、帰りにスーパー寄って食材買い足さなきゃ……」
「ああ、それともうひとつな」
「何?」
耳元にまた口を寄せるとは怪訝そうに眉をしかめた。
その眉間のシワをぐりぐりと指で押して笑って、殊更ゆっくり言葉を紡ぐ。
「お前爪伸びすぎやで。今日の夜までに切っとけ」
「爪ぇ?」
「イカせるたんびに背中引っ掛かれて、おかげで沁みて敵わんわ」
「〜〜〜バカっ!」
さっきよりもっと真っ赤になった、その表情が愛しくて。
俺は笑ってもう一度、今度は唇に軽く触れるだけのキスをした。
関西弁も博多弁も広島弁もわかりませんごめんなさい……!
軍曹はナチュラルにエロだといい(逝ってしまえ)。
……ていうかすいません、今の私にはこれが限界だったよ、Yちゃん……!
05/03/06up