やたら直球かと思えば、変なとこでめちゃくちゃ照れ屋だったり。
付き合いやすいかと思いきや扱いにくい。


私の好きなひとは、ちょっと困った男です。


























ー帰るぞー」
「オッケー!」


女テニの友達と喋ってたとこに響いたバネの声。
振り向いた先、少し離れたところで他のみんなも一緒にこっちを見ていた。
ちょっと待ってて、と軽く手を振って、コート脇のベンチに置いてあったトートバッグを取り上げると、友達のがラケット片手にからかうように笑った。


「良かったね、うまくいってるみたいじゃーん?」
「……おかげさまで!その節は散々ネタにしてくれてあ・り・が・と・う!」
「ほっほっほ、どう致しまして〜♪」
「くぁームカつくー!」
「ほらほら、彼氏がお待ちかねだよ。また明日ね」
「んー、じゃーねー」


背後から急き立てるように響いた、おいまだかーと言う声に、と二人、顔を見合わせて笑って。
肩にかけたトートバッグのショルダーストラップを引っ張り上げて、私はバネたちの方へ足を向けた。











バネと付き合い始めて一ヶ月経った。
まぁ色々と紆余曲折はあったけど(告白された直後にぶん殴っちゃったとか、仕切り直そうとした直後にぶん殴っちゃったとか)、何とかめでたくまとまって、幼馴染内でもクラスでもありがたいことに祝福してもらって。
文句なんか出ないくらい、幸せ。
……の筈なんだけど。だったんだけど、ね?






「ねー!何で駄目なの!」
「うるせー!出来るか、そんなこっぱずかしい真似!」
「いいじゃん!手ぇ繋ぐくらい小さい頃から何度もやってるじゃん!」
「絶対にやらねぇ!!」
「ケチー!!」


サエや亮、聡たちと連れ立って二メートルくらい先を歩くバネの背中に向かって思いっきり叫ぶ。
ここ一週間ぐらい毎日、こんな感じで帰り道での攻防は続いている。
一応恋人同士ってヤツになったんだから、手ぐらい繋いで帰ったら?なんて、からかい半分でサエが言い出したのがきっかけだった。
最初こそ私もバネと一緒になって反発していたんだけど、そこまで嫌がらなくてもいいんじゃないのってくらい大袈裟に嫌がるバネの態度にちょっとカチンと来て。
そんで無理やり手を繋ごうとしたら思いっきり振り払われて、更にかっちーんと来てしまい。
『絶対手ぇ繋いで帰ってもらう!』と宣言して、皆の応援を受けてしつこく追い掛け回していると言う訳。
だけどバネも思った以上に頑固でなかなか折れてくれない。
振り返らない背中を睨んで思いっきり唇を尖らせていると、こっちを振り返っていた聡が、そんな私の顔を見て声を上げて笑った。


「ここで引き下がったら後がねぇぞ、!」
「てめぇ聡、余計なこと言うな!」
「バーネーのケーチー!!」
「ケチケチ言うな!」
「ケチー!ケチケチケチケチケチ!」
「あーのーなー!」


わざと連呼する私の声に反応して、バネがこっちを振り返る。
声からして相当怒っているかと思ったら、意外なことにバネの顔は真っ赤に染まっていた。
一瞬状況を忘れて笑い出したくなっちゃうほど真っ赤なその顔を見て、思わず口元が笑み崩れそうになったけど、それを必死で堪えて私もバネに負けじと眉間のしわを増やす。
無責任に囃し立てている聡だけじゃなく、バネの横を歩いているサエや一歩後ろを歩いてるダビデも、面白そうに事の成り行きを(と言うかバネの反応を)見守っている。勿論、私の横を歩く剣太郎も同様。
ただ一人、樹っちゃんだけが真面目な顔して私の頭を撫でつつ慰めてくれた。


「落ち着くのね、
「だって樹っちゃあぁん……」
「よしよし泣かない泣かない。バネもいい加減にするのね、手ぐらい繋いであげたらいいでしょう」
「甘やかさねーでくれ、樹っちゃん」
「もーいいよ……バネは結局、私のことなんかそんな好きじゃないんだよ」


私がこんな時甘える相手は決まって樹っちゃん。
いつもどおり、優しい樹っちゃんの背中に隠れるようにして、制服の肩越しに精一杯恨めしげな表情を作ってバネを睨みつけると、さすがのバネも一瞬怯んだ。
それまで面白そうに成り行きを見守っていた剣太郎が私に味方する。


「僕も樹っちゃんに賛成ー!バネさん、そろそろ観念しなよー!」
「てんめー……剣太郎!」
「もーいい!バネはやっぱり私のこと好きじゃないんだ!いいよもう、知らない!」
「だからなー!!」
「バネがその気ならもういい、私だって好きにさせてもらうもんね!剣太郎!」
「なーにー?」
「久しぶりに手繋いで帰ろっか?」
「うん、いいよっ♪」
「俺とも繋ぐのね、
「オッケーオッケー」
「なっ……!」


剣太郎と手を繋いで歩き出すと、樹っちゃんもニコニコ笑って私に手を差し伸べた。
その手をとって三人並んで歩き出して、立ち止まっていたバネの横をさっさと通り過ぎる。
横を通り過ぎざま、思いっきり顔を逸らしてやったら、さすがのバネも顔色を変えた。
でもそんなの知ったこっちゃないって顔して、繋いだ手にしっかり力を込める。
バネの表情の変化を面白そうに見ていたサエたちが、バネを次々追い越して先を歩く私たちを取り囲んで、更に追い討ちをかけるように声を上げた。


「剣太郎たちばっかりずるいな。あとで俺とも繋ごうよ、
「あ、俺とも繋ごうぜ!」
「ん、いいよ!」
「じゃあ俺は明日の帰りの右手、予約しとくかな」
「んじゃ、俺左手もらい」
「はーい予約承りましたー!明日の右手は亮、左手はダビデね!」
「ちょっ……ちょっと待てコラー!!」


とうとう完全にキレたバネが叫ぶのと同時に、私と皆で一斉にバネの方を振り返る。
総勢7人の視線を真正面から受けて一瞬たじろいだバネに向かって、皆が次々に口を開いた。


「何?バネ」
「なーに怒ってんの、お前」
「言っとくけど、僕らはちゃんがイイって言ったから繋いでるんだからねー?」
「剣太郎の言うとおりなのね」
「つか、自分は繋ぐの嫌がっといて、が俺たちと手を繋ぐのはダメっつーのは虫が良すぎじゃね?」
「虫が良すぎて無視された……プッ」
「こんな時までダジャレはいいって、ダビデ……」
「……………………」


ビシビシ突っ込む皆に、バネは一言も言い返せないみたいで。
思いっきり口をへの字に曲げてその場に立ち尽くしている。
ちょっと虐めすぎたかな……と思いながら、ちらりと視線を動かしたら、目があった。
滅多に見せない、すごく困った顔、してて。
あーやっぱし虐めすぎたかー、どうしようかな、って思ってたら、隣にいた樹っちゃんがくすくす笑って、繋いでた手を離した。


「反省したみたいね」
「……かなあ?」
ちゃん、どーする?許してあげる?」
「うーん、そうだね。そろそろいいかな」


樹っちゃんに続いて、剣太郎も私の手から自分の手をするりと離して笑いながら囁く。
二人のクスクス笑いや私とのやり取りが聞こえたらしいサエや亮たちも、笑いながら目配せし合って。


の許しも出たことだし、そろそろ勘弁してやるか?」
「そうだな。が許したんなら、俺らがこれ以上あーだこーだ言う権利ないしな」
「ま、次はないぞってことで」
「だな」
「だね」
『バーネー(さん)!』


最後の声は全員一斉に。
それと同時に皆の手が私の背中や肩に触れたと思ったら、いきなり呼ばれてびっくりした顔のバネに向かって思いっきりどーんと押し出された。


「とわ!!」
「うおっ!?」


思いっきり前につんのめった私を、慌てて駆け寄ったバネが間一髪のところで抱き留めてくれた。
皆は声を上げて笑いながら、くるりとこっちに背中を向けて。


「次に泣かせたら、マジでもらっちゃうからな?」
「亮、別には泣いてないから」
「じゃ、次に怒らせたら、今度こそホントにもらっちゃうよー?ってことで!」
「照れる気持ちはわからんでもないけどなー、程々にしとけよなー」
「バネさんファイト」


口々に言ってさっさと先に歩いていく。
皆……味方してくれてサンクス!
でも力加減無しで思いっきり押すのはやめて欲しかったなー……とか思いながら、受け止めてくれたバネの腕から身体を起こして、ちらりと上を見上げたら、さっきと同じちょっと困った顔のバネと目が合った。
への字口のまんま、ぱっと腕を引っ込める。
少しの沈黙、それから。


「……悪かったな」
「……うん」
「言っとくけど、な」
「え?」


相変わらずへの字口のまま、バネは真っ赤な顔をして少し視線を逸らして。




「ちゃんと、好きだからな!」
「…………」




一瞬、何を言われたんだかわかんなくて、ぽかんとして。
バネの言葉を頭の中で繰り返して、噛み砕いて、理解する。
今、好きって、言ってくれた。
まんまるに見開いたままの目でじっと見上げたら、バネは居心地悪そうに身じろぎして。


「な、なんだよ、その顔」
「や……バネが好きって、ちゃんと言ってくれたの初めてだなーって、思って……」


付き合おうって言われはしたけど、ちゃんと好きだって言ってもらったのは、ホントに今が初めてだった。
すごい、嬉しい。
あんまし嬉しくて、何だか泣きそうになって、慌てて目を抑えた。
バネがぎょっとして声を上げる。


「ななな、何で泣くんだよ!?」
「だっ、だって……嬉しかった、からっ」
「泣くようなことじゃねーだろ!」
「そんなこと言われたって、自然と出て来るんだもん!」
「―――だあぁっ、もうっ!」


ぐい、って。
暖かくて大きな手のひらが、私の手のひらを包み込んで。
長くてごつごつした指がしっかり私の指に絡んで、ぎゅっと力をこめて、引っ張った。
びっくりして、涙が止まった。
潤んだ目をごしごしこすってから、しっかり繋がれた手を見つめて、そこから視線を上に向けると、バネはさっきよりももっと真っ赤に染まった顔をぱっとそむけた。
めちゃくちゃ照れてる横顔。でも、繋いだ手は離さないで。
そのまま歩き出したバネに引っ張られて、私も慌てて足を動かした。


「……バネ」
「……ンだよ」
「私、バネのことが一番好きだかんね」
「んなことわーってらぁ」
「手、繋ぎたいって思うのも、バネだけなんだからね」
「……そうかよ」


答える口調はいつにも増してぶっきらぼうだったけど、繋いだ手は温かくて、優しかった。
またへの字口になってる横顔を見ながら、小さく笑ってちょっとだけ指に力を入れてみたら。
ぎゅっと握り返してくれる力を感じて、もっと嬉しくなって、今度は声を上げて笑った。











やたら直球かと思えば、変なとこでめちゃくちゃ照れ屋だったり。
付き合いやすいかと思いきや扱いにくい。


いろいろ困ったひとだけど、そんな君が大好きです。






















ちゅうとはんぱ!ちゅうとはーんーぱー!!

06/06/09UP