「ちゃーん、僕またフラれちゃったよぅー……」
いきなり現れてそんなことを言ったのは、甘えんぼの幼馴染。
相談
テニス部のユニフォーム姿で放課後の教室に現れるなり、捨てられた犬のような目で上目遣いにあたしを見つめてそんな科白を口にした剣太郎は。
勝手にあたしの前の席の椅子を拝借して、さっきからぐじぐじといじけている。
……ぶっちゃけて言っちゃうと、ものっすごく鬱陶しい。
「……とか言われちゃってさー……そこまで言われちゃうほど僕ってうるさいかなぁ」
「へー」
「でも最初は『葵君って元気良くていいね』とか言ってたんだよぉ。それなのにさぁ……」
「ふーん」
「……ちゃん聞いてる?」
「あー聞いてる聞いてる」
日誌の欠席者欄に『無』とでっかく書き込みながら適当に相槌を打つ。
次に帰りのHRでの連絡事項欄を埋めようとシャーペンを握り直したあたしの額に、ごつっと鈍い衝撃が。
視線だけ上向けると、あたしの額に自分の額をぶっつけた剣太郎が至近距離からこっちを睨んでた。
こーのー石頭がー!
「……何してくれやがんのよあんたは!」
「ホントに聞いてんのちゃん!?」
「聞いてるわよ、無駄にうるさい男は嫌いっつって振られたんでしょ!ご愁傷様!」
「無駄にじゃないよ、意味もなくうるさいって言われたんだよぅっ!」
「たいして変わりゃしないじゃないの!つかあたしは早くコレ書いて帰りたいんだから邪魔すんな!前に見逃したドラマの再放送の最終回が今日なのよ、急いでんのよわかる!?」
「ドラマの再放送と僕とどっちが大事なのちゃん!」
「ドラマに決まってんじゃないの!!」
きっぱり言い切ったら剣太郎はその形のいいイガグリ頭をばっと日誌の上に伏せて、さめざめと泣き真似なんかし始める。
何があっても邪魔する気だなこのヤロウ……。
「邪・魔!!」
「可愛い幼馴染よりドラマの方が大事だなんて酷いよー……」
「自分で可愛いとか言うな。つーか別に酷くないから」
「昔のちゃんはもっと優しかったのに……頭撫でて慰めてくれて部活終わるのわざわざ待っててくれて、コレ食べて元気出せーとか言って帰りにコンビニでアイス奢ってくれたりなんかしてさ……」
「昔って何よ、つい最近のことでしょうが」
「年月が人を変えるって本当だよね……」
「その科白サエの受け売りね。でもあんたが言っても1gの重みもないわよ」
「何がちゃんをそんなふうに変えちゃったのっ!?」
「飽きもせずに惚れた晴れたを繰り返すあんたに律儀に付き合ってたらこうなったのよっ!」
「優しく笑ってアイスを差し出してくれたちゃんは可愛かったのに!」
「今は可愛くないとでも言いたいのか、え?」
「一本60円のホームランバーがご馳走に思えたよ、あの笑顔は……」
「……素直にアイス食べたいから帰りに奢って下さいって言えば」
「じゃあ奢って下さい」
「イ・ヤv」
満面の笑顔で拒否ったら、剣太郎は再び日誌の上に顔を伏せて泣き真似再開。
「あーもう邪魔だって言ってんでしょーが!」
「…………」
「け・ん・た・ろ・う!!」
「ちゃんなんか、ちゃんなんかドラマの再放送に間に合わなくって泣けばいいんだー……」
「……いーい度胸してるじゃないの……」
ブスくれた剣太郎の顔と、その日焼けした頬の下にしっかり敷かれたままの日誌とを交互に睨んで溜息一つ。
……てか、もうドラマは間に合いそうにないなぁ……仕方ない、今度レンタルしに行くか。
とりあえず目下の問題は、いつまでたっても日誌が書き終えられないってことだ。
剣太郎はさっきまでのやり取りですっかり拗ねていて、てこでも動きそうにない感じ。
変なとこでばっかり頑固なんだから、こいつはもー……。
少し考え込んで、あたしはポケットから携帯を取り出すと着信履歴の中の一つに電話を掛けた。
いつもより少し長いコールの後に相手が出る。
「あ、あたし。あのね、多分あんたたちが今探してるもの、ここにあるわよ」
「……?」
「はいはい、わかった、うん。早いとこ回収よろしくー」
短い通話を終わらせて携帯を再びしまった私の顔を剣太郎が上目遣いに見上げる。
だけど日誌はしっかり顎で押さえたまま。
こいつ……何があっても日誌は離さないつもりか……。
「何、今の電話」
「さぁ?」
「むー……」
そらっとぼけてみせる私に剣太郎が訝しげな視線を向ける。
シャーペンをカチカチと鳴らしながら適当に視線をかわしつつ、私はダメ元でもう一度剣太郎に話し掛けた。
「いい加減日誌返しなさいよ」
「ヤダ!」
「…………」
やっぱりね。
仕方ない、回収に来るまでは待つか。
そう考えたところに、廊下の方からだだだだだ……とやかましい音が聞こえてきて。
ガラッ!!と大きな音をたてて教室の扉が開いてバネとダビデが飛び込んで来た。
思ってたよりも早かったな。
「剣太郎ーーーっ!!」
「うわぁ!?」
「お前なぁっ!部長がこんな堂々とサボってんじゃねーよ!!」
「堂々サボるのはドウかと思う……」
「うるせぇダビデ!こんな時までダジャレかお前は!!……ったくっ、おら行くぞ!!」
「だってだってもう部活終了時間だよ、いいじゃん今日くらいー!」
「他の部員に示しがつかねーだろが!罰としてグラウンド20周しろ!!ダビデ、そっちの腕持て!」
「うぃ」
「青学の手塚さんみたいなこと言わないでよー!ちゃん助けてっ!!」
「頑張ってお勤めしておいで〜」
「ひーどーいー!!てゆーか、バネさんたち呼んだのちゃんでしょぉー!?」
「遅いわよ、今頃気付くなんて」
ユニフォームの首根っこ引っ掴まれてずるずるバネに引き摺られていく剣太郎にひらひらと手を振る。
そのまま連れて行かれるかと思いきや、剣太郎は往生際悪く教室の出入り口にしがみついて、バネとダビデとギャーギャー喚き合い始めた。
うるさいなーもー……。
頭を抱え込みたくなる気持ちを抑えて席を立って三人の傍へ行く。
必死に抵抗している剣太郎と目線の高さを合わせて、あたしは出来るだけ仕方なさそうにこう言った。
「校庭20周頑張ってきたら、今日はハーゲンダッツ奢ってあげるから!」
その途端に。
ぴたっと喚くのをやめた剣太郎の出入り口にしがみついていた手がぱっと離れた。
思いっきり引っ張っていた最中のバネとダビデは、あんまり急に力が抜けた所為で勢い余って剣太郎ごと後ろにひっくり返る。
あーあーあー、やっちゃったよ……。
「けーんーたーろー……お前なああぁぁぁ」
「いってー……」
「バネさんダビデ、いこ!!」
「ああ!?」
「ちゃん、後でねっ!!」
「はいはい、後でね」
「剣太郎、ちょっ……待て引っ張るな首が絞まるっ」
さっきまでとは正反対にバネとダビデを引き摺らんばかりの勢いで廊下を走り出した剣太郎の後ろ姿は、あっという間に視界から消え去った。
ホンット現金なヤツ。
席に戻ると押さえつけられていた所に少しシワの寄ってしまった日誌が机の上にぽつんとあって。
あたしはシャーペンを手にして、大急ぎで空欄を埋めに入った。
最後の一行を書き終えてから、おもむろに財布を取り出して中身を確認。
お小遣い日前にこの出費は痛いかなぁ……仕方ないけどさ。
ハーゲンダッツ二個分の出費を考えてさすがに泣きたい気持ちになりながらも、最後に見せた剣太郎の笑顔を思い出して、あたしはちょっと笑ってしまった。
最後に見せた笑顔一つで、さっきまでの所業全部許せちゃうあたしは、あいつに甘すぎるかな。
「仕方ないかー……惚れた弱みってヤツだもんねー……」
ねぇ、あんたが笑ってくれるなら、アイスくらいいつでも奢ってあげるから。
いい加減あたしの気持ちに気付いてよ。
叶わない恋の相談相手に甘んじてるのは、もうそろそろ限界かもしれないよ。
「こっちから一歩踏み出してやるかなぁ……」
とりあえずは。
今日の帰りに甘いあまーいアイスで餌付け開始といきますか。
・・・・・・・・・・ あとがき? ・・・・・・・・・・
タイトルに合ってなくってごめんなさい。(最近謝ってばっかりだな)