「おい、
「何?バネ」
「付き合おうぜ」
「…………は?」


―――脈絡がないってのはまさにこういうことだと思いました。
















公衆面前











「……それで一発引っ叩いて逃げてきたって?」
「だって!!」


傷だらけの机に頬杖をついて呆れ返った声で呟いたサエの科白に、思わず声を張り上げる。
教室を飛び出して逃げ込んだ放課後の部室。
先客は来週分の練習メニューの予定を組んでいた(本来は部長の仕事だけど剣太郎にそんな細かい仕事できる訳がない)サエただ一人。
これ幸いとばかりに泣きついた私に、サエはつめたーい一瞥をくれて。


「せっかくのチャンスに何やってんの」
「チャンスって……あの状況で私にどーしろっての!?」
「頷くだけで良かっただろ」
「TPOってもんがあるじゃんよ、T・P・O!時と場所とっ……えーと」
「場合、だよ。つうか今更そんなこと気にしたってしょうがないと思うんだけど」
「しょーがなくないっつーのー!!」


叫んでどかんと机に拳を打ちつけたら、サエは更に冷たく「うちの備品壊すなよ」と呟いた。
人が相談持ち掛けてる時に備品の心配か!
机の上で頭を抱え込んで上目遣いにサエを睨みつけたら、仕方ないなぁって感じの小さな溜息が一つ返って。


「俺を睨んだってどうなるもんでもないだろ?」
「うー……」
「覚悟決めて教室に戻って、バネに『はい』って言ってきなよ」
「…………無理」
「何で」
「だって教室戻っても、まだ絶対みんないるよ!」
「だから今更だろ?今戻ろうが明日に伸ばそうがクラス全員に見られたことに変わりないんだからさ。多少からかわれるのは仕方ないと思えって」
「……やっぱ絶対無理……」
「あのなぁ、……」


机に突っ伏して呟いた私に更にたたみ掛けるようにサエが口を開く。
その言い掛けた言葉を遮って。


「だって絶対また殴っちゃうよ私!みんなが見てる前でバネの顔見たら、絶対殴っちゃうーっ!」
「……なんで毎回真っ先に手が出るんだよ、お前は」
「しょーがないでしょ、こういう性格なんだからっ!大体っ、まだクラス全員揃ってるHR終了直後の教室のど真ん中でいきなり前フリも何もなしに告られて、はいわかりましたなんて言える訳ないじゃん!!」
「だからって引っ叩いて逃げてくるなよ……ホントに素直じゃないな」


涙混じりに叫んだ科白に、サエはもひとつ小さな溜息をもらした。
そんなこと言われても、気がついたらこんなふうに育っちゃってたんだもん。
それにいつもいつも素直じゃない訳じゃないよ、私だって。
告られたのがあんな衆人環視のど真ん中じゃなくて、周りに誰もいない二人っきりの時とかだったら素直にうんって言えたよ。
だけどさぁ……!!


「……やっぱりバネが悪いっ!あんなとこであんな真似したバネがっ」
「でも嬉しかったんだろ」
「う、嬉し……くないっ嬉しくないっ!」
「天邪鬼」
「うるさいサエのバカー!!」
「逆ギレするなって」


頬杖ついてた手をこっちに伸ばして、サエが軽く私のオデコにデコピンする。
大して痛くもないその一発で私は喚くのをやめて、少し涙の浮かんだ目でサエを睨んだ。
サエはちょっと笑って。


「大丈夫だよ、あんまり酷くからかうような奴がいたら、俺たちがやり返してやるから」
「サエぇ……」


サエの優しい笑顔と科白にちょっとほろりとしたとこに。


「まぁ何にしても、ここからは早いとこ出てった方がいいと思うけど」
「え、何で……」
「何でってお前、単純なお前の行動パターンなんて俺たちみんな完全に把握してるんだからさ」
「ケンカ売ってんの!?」
「売ってないよ。逃げたお前がここに来ることくらい、バネだってわかってると思うぞって言ってんの」
「…………え?」
「早くしないとバネが」


バンッ!!


言いかけたサエの言葉を掻き消すように、荒々しい音をたてて部室の扉が開いて。
何でか知らないけど妙に草臥れた様子のバネが、ものすっごい形相でそこに立ちはだかった。


!!」
「げ、バネっ!」
「……ほら来ちゃった」
「来ちゃったじゃないよ、もっと早くに指摘しようよそういうことはさぁっ!!」
「お前がやたら喚くからなかなか言えなかったんだって。ところでバネ、何でそんなズタボロになってんの」


まるっきりヒトゴトって感じでサエがバネに声をかける。
それは私も聞きたい、と思わずぽつりと呟いたら、何かめちゃくちゃ殺気立ってるバネがぐしゃぐしゃの髪を更に自分で引っ掻き回して、ぎっとこっちを睨みつけた。
うお、怖っ!
だけどここで怯んだらあとあと分が悪い。
ついいつものようにけんか腰になって、負けじと睨み返してしまう。


「お前が俺を張り倒して逃げた後、クラスの奴らに散々からかわれてもみくちゃにされたんだっ!おかげでこっちに来るまでえらい時間くっちまったじゃねーか!!」
「な、何それ!まるで私の所為みたいに言うし!」
「お前にも責任あんだろ!!」
「はぁー!?あんなとこでいきなりでっかい声張り上げて告ったアンタが悪いんじゃん!!」
「つか殴って逃げるこたねーだろが!!何でお前はそう手がはえぇんだよ!」
「うるっさい、グーじゃなかっただけマシだと思え!!」
「ちょっと待て、ストップ!!」


正面向いて睨み合った私とバネの間にサエが身体ごと割り込んだ。
鋭い目つきで私とバネを交互に睨んで、私たちが黙ったらすぐに表情をやわらげた。


「話が逸れてるぞ。とにかく二人とも落ち着けよ」
「「だってこいつが!」」
「だってじゃない!感情的になって怒鳴りあってどうすんの、意味ないだろ」
「…………」
「……全く」


言い合いはやめたけど睨み合うのはやめない私たちの間で、サエは呆れたように深々とため息をついて、何を思ったのかバネの方に向き直った。


「バネ」
「……ンだよ」
「教室で派手にに告ったらしいけど」
「だから何だっつの!」
「お前はいいかも知んないけどさ、の身にもなってやれよ。事が事なんだから、せめてもうちょっと場所を選ぶべきだったと俺は思うけど?」


そーだそーだ!もっと言ったれ、サエ!!
淡々としたサエの口調のおかげか、バネも大分苛立ちが薄れてきたみたいで。
がしがしと頭をかいて、気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐き出した。
その肩を軽く拳で叩いて、サエがにっと笑う。


「俺、間違ったこと言ってるか?」
「……いや。確かにその通りだとは、思う……」
「反省した?」
「……おう」
「だってさ、。バネがこう言ってるんだから、も素直になれるよな?」
「う……」


いきなりお鉢が回ってきて、私は思わず言いよどんだ。
笑顔のサエの向こう側、怒りが薄れたせいか気まずそうにこっちを見てるバネ。
バネを怖いと思う気持ちは消えたけど、その分今度はサエの笑顔が怖い。
こういう笑顔の時のサエに逆らったらあとでどんな目に合うか……!
思わず肩を竦ませた私に向かって、サエは表面だけはとても優しい笑顔と声音で、念を押すようにもう一度同じ科白を繰り返した。


? な れ る よ な ?
「……ハイ……」
「と、そういう訳だから、バネ」
「あ?」
「今から仕切り直し。今度はも引っ叩いて逃げたりしないってさ」
「……って言われてもよ」


呟くバネと視線が合って、私も思わず頷いてしまう。
仕切り直しって言われたってさぁ……どうしろって言うの……。
サエは後ろに下がって壁に寄り掛かると、腕を組んでにこにこと私たちを見つめた。
そこで気を遣って部室出ていこうとかしない辺りがサエらしいというか何と言うか。
そして肝心のバネは、少しの間あらぬ方向に視線をさ迷わせていたかと思ったら、いきなりこっちを真っ直ぐ睨んで足音荒く近づいて来て。
条件反射で逃げそうになった私の腕を、大きな手がしっかり掴む。


「―――


―――大好きな声で名前を呼ばれて。
真っ直ぐこっちを覗きこんでくる目を見た瞬間、サエの存在とか、どうでもよくなった。
バネも、サエの存在なんか頭っから消し去ったみたいに、私だけ見て。
言葉を紡ぐ。


「さっきはごめんな」
「……私も、ごめん……」
「いや、元はといや俺が悪かったんだしな。……つう訳で、さ」
「……うん」
「すげぇ今更なんだけど。俺と、付き合って―――」




「すいまっせーん!おっそくなりましたぁー!!」
「遅れてごめん、掃除当番代わってくれって頼まれちゃってさ」
「頼まれて掃除しに行ったそうじゃ……ぷっ」
「ダビデ、それつまんないのね」


どやどやどやっと部室に入ってきたみんなと、私とバネと、壁に寄り掛かったままだったサエと。
思いっきり目があって。
……数秒間の沈黙、それから。


ちゃんにバネさん、何してるのーっ!!」




その剣太郎のバカでっかい声が契機になった。


「ぎゃーっ!!!」


ばっちーん!!!
反射的に動いた右手は、ものの見事のバネの頬を張り飛ばして。


「いってー!!」
「おいおい、!」
「うわぁぁバネさーんっ!!」
「何々、何事なのー!?」


にわかに騒然となった部室で、じりじりと扉に向かって後退り。
真っ赤な頬を押さえて呆然とこっちを見たバネと目が合った瞬間、頭の中はもう真っ白で。


「バネのバカー!っ大っ嫌いー!!」
「ちょっ……ちょっと待てコラー!!」






―――結局私は部室から、その日二度目の大脱走をかまして。
サエの予想通り、次の日はクラスでも部活でも散々からかわれる羽目になった。
約束したのに、サエは全く庇ってはくれず(逃げ出した罰だって)(不可抗力じゃんよ……!)。
代わりに庇ってくれたのは、頬をバッチリ腫れあがらせた大好きな黒髪の男の子、でした。






















…………終われ!