4. リングを支える人たち 

 

試合をスポーツとして、きっちりと行っていくには、それなりのしっかりしたシステムが必要で、当事者である選手以外にも多くのスタッフの協力があって、ボクシングの試合が成り立っているのです。このスタッフは、後楽園ホールの方やJBCのスタッフで構成されているわけです。

 

レフェリー

選手の次に皆さんが目に付くのが、選手をさばくレフェリーでしょう。しかし、レフェリーは目立ってはいけない存在で、さりとていざというときはいなくてはいけない存在なので、本当に大変です。1990年後半に新人のレフェリーが多く誕生しました。彼らの出身もさまざまで、官庁から自衛隊まで種々雑多です。いずれもボクシングが好きで、本当に一生懸命でした。まず、リング上での選手との距離、つまり、着かず離れず、そして、いつも同じ方向からは見てはいけないので、選手の動きにあわせながら、急にステップを変えるのです。字ではうまく表現できないのですが、そのステップを習得するだけで本当に大変だろうなーと思っています。つかず、離れず、前、後ろと・・それは見事なものです。ちょっとの間、レフェリーの動きだけ見てみるのも楽しいと思います。見事なもので、普通の動きではない要素が入りますので、退屈はしないと思いますよ。

ときとすれば、選手と一緒にコーナーに追い詰められたりしますし、リングサイドに転げ出ちゃいそうな選手は、捕まえなくてはなりませんし、僕たちのように、やれ鼻血を逃げるだの言っている場合ではありません。それこそ、選手と一緒に汗ダクダクで、血だらけになるのです。現役でUレフェリーがいますが、彼はパンチをヒットされて、脳震盪を起こして、リングのマットの上に無防備で倒れてしまう選手の頭のキャッチがうまいので有名であります。実は、このように、選手の頭の事故はマットに無防備で倒れてしまう二次的な事故もありえますので、フットワークのいいレフェリーさんは頼もしい限りです。さらに、選手の間に入って、うまく膠着した試合をほどかなければならないですし、ボクシングスタイルがかみ合わない選手同士の試合をうまく裁くわけです。ところで、組み合ってしまっている選手を解き放つときに、レフェリーが言っている言葉に気づいた方はいますか?昔は「ファイト!!」と叫んで、再び試合を開始したわけですが、1998年くらいより「ボックス!!」と叫ぶようになりました。これは、「ファイト」という言葉は「喧嘩」を奨励するかのような掛け声になるわけですので(イッパーツというのも変ですし)、あくまでも、レフェリーが要求するのはボクシングですので「ボックス」と変更されたのです。

ラウンドの終わりごろでは、終了するのを知らせるゴングと同時に選手の間に入ってパンチをとめねばなりませんので、時とするとパンチを自らが押さえたりするわけです。そのタイミング難しいので、最近はラウンドの終了10秒前に「カチ、カチ」と拍子木がなります。ボクシングと拍子木はなんだか合わないような気がします。でも、これ、国際的にも行われていて、これによりレフェリーは10秒後に選手の間に割ってボクシングを中止させる突撃準備状態になるわけです。ともかく選手の間に入ることが多いレフェリーさんも、自分の体の大きさとの相対的な体力勝負となりますが、体重の軽いクラスを裁くのは比較的フットワークがよければ容易でしょうが、ミドル級やヘビー級などの試合を裁くのは、なかば体格勝負で本当に怖いそうです。確かにそうですよね、足の太さもあるような腕から振り下ろされたパンチを時とすると制しなくてはなりませんしね。そして体格のよくないレフェリーは跳ね飛ばされちゃうこともありますね。地味な努力の結果の積み重ねでしょうが、国際的にライセンスが取得できると、レフェリーあるいはジャッジとして、外国での試合に参加できる栄誉が与えられます。しかし、これも欧米での体重が重い選手の試合となると、厳しいものがあるでしょう。逆に、体格のいいレフェリーが一番軽いクラスなどを担当するとき、両選手の間に入って両手で選手を離すことがたびたびあるわけですが、そのアクションで選手が飛ばされちゃうときもあるのです。

2002年からは、試合の採点はすべてジャッジが行うこととなり、レフェリー自身は採点をする必要がなくなり、より試合へ集中することができるようになりました。つまり、勝ち負けではなく、選手が傷ついているかとか、ダメージがどうかとか、リング上のフェアーな戦いと事故予防の最先鋒として、その役割に専念できるようになりました。体力的にも大変なレフェリーに試合の採点も任されていたころは、本当に大変だったと思います。

 

ジャッジ

レフェリーが選手を公平に裁き、そして、リングサイドにいるジャッジが公平に採点をするのが理想であります。通常の試合では6名ほどのジャッジがホールへ来ます。そのうちの一人がレフェリーとして、3人がジャッジとして、試合に臨みます。試合ごとにジャッジの方たちが入れ替わって、一日の試合を管理していくわけです。

各試合担当の3人のジャッジはそれぞれリングの周り3箇所から試合をつぶさに見ています。そして、10点満点でラウンドごとに採点をするわけです。できるだけ10対10などの引き分けスコアーはつけないようにして、そのラウンドごとの優劣をはっきりさせるようにします。

選手たちはこの試合のために何ヶ月も前から、練習と減量を行ってきて、この何分間に全力を出そうとしているわけですので、採点する側も必死です。

採点の判断基準も、客観性を向上させるために、当然設けてあります。確か、7割がたを占めるポイントはパンチの正確性とパンチ力でありますが(クリーンヒット)、そのほかにディフェンス力、積極性、フェアーな姿勢などを考慮にいれ採点します。

新人あるいは経験の浅いレフェリーさんたちは、自分の出番でないときでも、会社帰りのスーツ姿でリングサイドに座って採点をして、出番であった3人の採点と比較して、Uスーパーバイザーなどと検討しています。やはり何事でもそうでしょうが、必死になって取り組み、その結果を復習して、それを繰り返すのが上達の近道なのでしょう。そして何ヶ月かに一回は定期的に、その間の試合の採点の記録をみんなで見て、疑問や一致しなかった点などを洗い出して、検討する会合を持っています。

しかし、これだけ努力をしても主観が入らざるを得ない「採点制度」は、何もアイススケートや体操に限らず、起きてしまうことですね。(少なくとも買収などという卑劣なことは行われていませんのでご安心を)赤コーナーから見て、10-9、10-9、と二人のジャッジがつけたのに、一人は9-10などということもおきてしまいます。また、ジャッジ個人の好みのスタイルと言うのも入ってしまうことがあることは否定できません。勿論このような場合には、後ほど検討課題となるわけです。

でも、実際にボクシングを3箇所別々のところから見ていると、やはり違った採点になっても仕方がないと思うこともあります。背中に隠れて見えないパンチの行き先は、本当に相手にランディングしたのか、はたまたぎりぎりブロックされたのかは、パンチの音と打たれた相手の様子で判断するしかないところがあります。

また、ヒイキをしているわけではないのですが、やはり、自分の周囲の応援の声に、中立であるべきジャッジが、その判断基準に狂いを生じることもありえるでしょう。かの2002年のサッカーのワールドカップで、韓国で行った韓国戦の審判に関しても、いろいろ言われましたが、あれだけの大声援の中で判断を下すときに、狂いを生じることはあり得、きっとボクシングのジャッジの人たちもあの場面を見て、少しは同情、共感したのではと思っています。さらに、セコンドの人たちも、選手を鼓舞するためでしょうか、相手にブロックされたパンチでもしっかり当たっていれば「ナイスパンチ」「効いたぞ!!」と叫びますし、ブロックした側のセコンドは「ナイスブロック」と励まします。このセコンドの人たちの応援もなかなか効き目があるかもしれません。どの世界でもそうでしょうが、余り押し売りしすぎると敬遠されるものです。明らかにランディングしていないパンチまで、騒いで喜んでいると、ジャッジへの影響も良いほうへいくとは思えませんし、選手自身も「本当かよ?」となってしまうのではと、想像するのですが・・

 

リングアナウンサー

もしかして、スタッフの中で、一番ライトを浴びている時間が長いのは、このリングアナウンサーかもしれません。それを担当しているのも、ほかのスタッフと同様にほとんどボクシング好きのボランティアーみたいな人たちです。本業はいろいろで、ベテランのYさんはスナックの経営者で、全試合が終了すると、医務室に来て「じゃっ、失礼します」と、さっそうと夜のお仕事へお出かけになります。ルックスは決して抜群とはいえませんが、そのほどほどの“こぶし”と流れるようなきれいなアナウンスはしばらく右に出るものはありませんでした。しかし、1990年後半より新人アナウンサー数名が登場し、新風を起こしています。T君などもその一人で、自分なりに一生懸命勉強して、自分なりのパーフォーマンスを考えているようです。

このリングアナウンサーは当日担当は一人ですので、実は、かなり忙しく、6時から9時過ぎまでの試合が終わるまではトイレもいけないような実情です。なぜかというと、6時前に当日の試合開始のアナウンスに始まり、すぐさま、選手紹介、ジャッジ、レフェリー紹介、そして、試合開始と同時に、会場の時間経過掲示板のスイッチを押して、3分終わり休憩時間では、試合の最中に起きた出来事の説明、二人の選手の戦績などの紹介、選手への激励を送っている方々の名前のアナウンスなどが待っていて、そして「ラウンド ツー」となるわけです。試合が終了すれば、試合内容、結果のアナウンスがあり、そして、選手が退場すると、もう、すぐ次の選手の入場のアナウンスが始まるわけです。・・と言う様に花形的なところもある役割ですが、実は、リングサイドで座っているときも仕事が多く、ボーっとのんびり試合を見ることができず、トイレにもいけません。見た目以上に大変な仕事なのです。

 

タイムキーパー

テレビなどでの向こう正面の一列目、つまりかぶりつきに並び、アタマだけでしているのがJBCの関係者です。その中で一番左がリングアナウンサー、そしてその隣の二人がタイムキーパーです。獨協大学ボクシング部OBが多いJBC関係者の中でも、その中心的存在のOさんは、リングサイドでいつもライトに照らされ、後光がさしているような明るさを頭部に持っているタイムキーパーさんです。テレビを注意深く見ているとすぐわかると思います。彼の勤務先はコンピューター関係の会社であり、良き相棒であるTさんも、神田の本屋さんにお勤めと、タイムキーパーというかたい担当と同様に、お堅い仕事をしています。

さて、そのタイムキーパーの仕事内容は、あまりピンと来ない方が多いでしょう。ボクシングは3分かという時間で区切られたスポーツです。これがいい加減であっては、そのスポーツの威厳にかかわるものです。ですから、一秒たりとも狂わない試合を行うためには、彼らが絶対に必須です。簡単に言えば、ラウンドの始めと同時に2人のそれぞれのストップウォッチを同時に押して、1分ごとに確認し合い、ラウンド終了10秒前に拍子木を鳴らし、3分後きっかりにゴングを鳴らすのです。そしてラウンド終了50秒後に笛を吹いて、その10秒後に正確にゴングを鳴らすわけです。単純そうな仕事ですが、絶対に間違いがあってはならない仕事ですので、ラウンド開始10秒前、開始後1分、2分と二人で声をかけ確認しているわけです。

この地味な仕事のタイムキーパーもちょっと前面に出ることがあります。それは、リング上で選手がダウンしたときに、即座にマイクに向かってカウントを開始するのが、タイムキーパーです。そのカウントは、「ワン」「ツー」「スリー」「フォー」まで指で示しながら、カウントとアナウンスをします。それを見て、レフェリーが後のカウントを続けるわけです。ノックダウンがない試合が続くと、タイムキーパーさんは「あー、今日はマイクに向かって叫べないなー」などとぼやいています。

勿論、試合でのノックアウト、テクニカル・ノックアウトなどは、何ラウンド、何分何秒として、公式記録となります。ですから、タイムキーパーは一種の公式記録員でもあるわけです。従ってとてもルールにも詳しくて、時として、リングアナウンサーが内容を間違えてアナウンスしたときも、慌ててリングサイドの下から、「違う、違う!!」と叫ぶのも、タイムキーパーの方たちなのです。

ちなみに、いわゆる「ゴング」として鳴らす鐘が彼らの前には木槌とともに置かれているわけです。その直径は以前の古いものは、30cmくらいありましたが、たたきすぎてひびが入ってしまい、1996年くらいより現在の直径25cmくらいのゴングが使われています。変わった当初は、聞き慣れない少し高い音を出すのもので、すごい違和感がありましたが、慣れるものですね、今はさすがに自然な感じがします。このゴング、プロレスリング用やキックボクシング用があって、それぞれ少しずつ違うのです。先日も、「カァーーン」と叩いたとたんに、「やばい!間違えた」と言って、慌ててゴングを変えに行く姿を見ました。このゴングは大きく響く音を発生するので、通常はそのままの生の音で試合は進行しますが、余りに会場がエキサイトし、声援でかき消されそうなときには、ラウンド終了のゴングが聞こえませんので、このゴングに向かってマイクが向けられ、「ガン、ガン、ガン、ガン」と大きく鳴らすことにしてます。

さて、タイムキーパーの柱となっているこのOさん、Tさんは、試合が終わり、後楽園を去って、水道橋の居酒屋さんでお食事?をみんなでする時も、とてもよく気が効いて働いてくれます。いきつけの居酒屋さんは、もうJBCのスタッフが来ると、自動的に生ビールと焼き鳥を出してくれるのですが・・その後の注文から最後の会計までみんなの面度をみてくれます。このいつまでも独身のお二人は、たくさんお酒を飲みます。ときとして、ホームステイ(駅のベンチで寝てしまうこと)などもして、楽しんでいるようです。これはボクシング関係者の中ではかなり有名な話であります。

ついでと言っては何ですが、今から数年前に、彼ら二人と日大のリングサイドドクターのO医師とその他ライターの男性など40前後の男性6人で居酒屋で食事をしたことがあります。そのときに、なぜか僕だけが結婚経験者でしたので、残りの5人から、「40歳過ぎていて結婚している」僕は変態者扱いされました!信じられますか?やはり、ボクシングキチガイの人たちのスタンダードにはおかしい所があるのではと、密かに思っているのですが・・

 

リングサイドドクター

これが僕たちがお手伝いしてきた仕事場です。リングサイドの向こう正面の二人のタイムキーパーの二人の隣、もう真ん中に近いところに座っているのです。

東京での試合では、先に述べたとおり、日大駿河台病院の外科・救急部の先生と僕たちとで、主に半分ずつ担当しています。他の地域では、ご当地の医師が行っています。僕たちの仕事は、リング上の選手の怪我が起きたときに、その場で試合の続行の是非を判断することです。よく問題となるのは、目の周りがパンチなどにより腫れたため目がよく見えなくなったときと、眉周囲を相手のパンチか頭のゴッチンコで切って、出血してしまったときです。片目が見えなくなるような怪我では、遠近感が失われるわけで、防御機能に大きな影響がでます。つまり危険な状態となるわけです。また、出血がひどいようなときは、顔などが血だらけとなり、さらにそらがグローブにつき、ひいては自分のトランクスまで赤くなってしまうこともあり、凄惨とな感じは否めません。ボクシングには「凄惨さ」は必要ないと思いますし、ましてや、片目の中にも自分の血液が入って、見えにくくなるので、やはり危険な状態と言うことです。このようなときに、レフェリーさんと試合の継続が可能であるかを相談して、最近では早めに試合を中止するようにしています。

また、ノックダウンをして脳震盪状態である選手の試合の継続も早めに中止するようにしています。ボーっとしている状態では正常の防御能力もありませんし、「首」などもしっかりしていないので、同じパンチでも、このような状態のときに受けるパンチは、頭は余計に動いてしまい、危険な状態となりえるわけです。何しろ事故は起きてしまってからでは遅すぎるわけで、どんな事情よりも健康管理、試合の安全を優先しています。当初は、ボクサーの本人だけでなく、ジムのトレーナーの方、観客の方々に、「何でこんなに早くとめるの!!」とか「もっとやらせろよー」などと言われたものでした。でも、機会があるたびにプロボクシング協会の方々と相談をしたり、会場などでもアナウンスなどをして啓蒙することにより、理解してもらえるようになりました。でも、当の選手はなかなかそうは行きません。それは、彼ら自身は眉の傷や腫れは見えてませんし、この日、この一瞬のためにものすごい努力をしてきたわけですから、わけもわからないようなオッサンに自分の試合を止められたくないかもしれません。幸いにも、最近はトレーナーの方々などが一緒に選手を説得してくれたりします。また、ふらふらの状態となった段階では、レフェリーのストップより先にトレーナーの方たちがリングに「タオル」と投げ入れる機会が増えました。とてもいいことだと思います。 

ボクシングの観戦と言うのは、フラフラになった選手が最後にパンチをもらってぶっ倒れるところなど見るものではなくて、そこにいたるまでのプロセス、技術を楽しんでもらうのが一番だと思っています。僕にはよくわかりませんが、フットワーク、ジャブの出し方、フックの打ち方、ブロックの仕方、セコンドの人たちの指示に従っているか、3分間の時間の使い方、などなど楽しむ点はいろいろあると思います。

ちなみに選手の健康管理は、選手一人一人に厚い紙でできたカルテがあるのです。そこには、身長体重その他の情報が記入されており、各試合ごとに、前日検診時の血圧、脈拍、体温、胸部腹部の診察結果、神経学的検査の結果が記入されています。そして、各試合の試合後の診察結果も記入します。そして、各試合で受けたダメージ・・たとえば、どこに傷を受けたとか、ノックダウンで脳震盪を起こしていたとかが、記入されています。ですので、そのカルテを見ながらリングサイドに座っていて、「この選手・・前の試合でも、瞼を切って縫合されているし、同じ場所を切ったら血が止まりにくいだろうなあ・・」などと考えているのです。また、よくバッティングなどで瞼を切って出血したり、鼻血なども出しやすい選手では、その選手のカルテはリングサイドに飛んできた血で、汚れたりしているので、カルテの汚れ具合でも、その選手の歴史を想像することもできることがあります。

 

JBC役員

リングサイドドクターの右となりで、リングの中央付近に座っているのがJBCの役員の方です。普段の試合ではスーパーバイザーと言う立場で、また、タイトルマッチは日本ボクシングコミッションの認定が必要ですので、コミッショナーあるいはその代行の方が座ります。世界タイトルマッチなどでは、日本が認めている世界的ボクシング機構であるWBAあるいはWBCの代表者がその隣に座ります。

タイトルマッチでは、試合が終了してから、チャンピョンベルトのほかに大きな認定書をすぐに渡すわけです。でも、これは試合終了後すぐのことですから、勝利者の名前など記入する時間などありません。華々しく「認定書!!」などとアナウンスしながら勝利者に大々的に渡す認定書には、試合を行う両方の選手の名前を書いたタグがついていて、試合が決定したとたんに、どちらかのタグがはずされるわけです。

では、役員の方たちは、試合前のセレモニーと終了後の認定書とベルトのときだけ動くのかと言うとそうではありません。各試合の採点の集計と言う重要な仕事があります。レフェリーが集めたラウンドごとのジャッジからの紙(ジャッジ ペーパーと言います)に採点が記入されていますので、集計用紙に直接その場で記入し、採点の合計計算をラウンドごとに行っていきます。これが公式記録となるわけですので非常に重要な作業です。世界タイトルでは、外国からの役員と二人同時に行い、ラウンドごとにお互いに間違いがないか確認してゆきます。ですので、テレビ中継などでは採点の経過などがわからないわけですが、実はその作業はここで行われているので、ちょっと後ろへ来ればカンニングできちゃうのです。

JBCの役員の方も日本人です。この採点結果を見ながら試合を見ていますので、「うーん、もう、ノックアウトでしか勝てないよ!!」とか、「ヨシ!!この最終ラウンドを取れば勝てる!!」とか、結構エキサイトしながら記入をしているのです。そして、最後のジャッジペーパーを見て「エーッ、何でこんな採点するの!!」などと絶句しちゃったりもしているのです。ですので、判定にもつれ込みそうな試合で日本選手が採点で勝っているかどうかって、テレビなどではリングサイド中央の方を見ていると、少し想像できたりします。

 

プロモーター

その日の興行を成立させるために、選手の手配、金銭面の折り合い、切符の手配など、僕にはわからない難しい仕事をするのが、プロモーターの方々です。いろいろな方がいらっしゃいますが、ともかく、試合中はリングの周りなどいたるところで、いろいろな人たちと話をしているところを見かけます。

そのほか、外国からの選手を選定したり、呼んだりするマッチメーカーと呼ばれる方たちもいます。それぞれ得意分野があるようで、タイに強い人、フィリピンに強い人・・など。外国からの彼らへの報酬は地元に換算すればとても良いものであると誰でも想像できますね。では、外国の選手が来日したときは、どうするかと言うと、宿泊は後楽園近傍のそれほど大きくないホテルに泊まることが多く、交通、食事など世話をしてあげているようです。なかに、Aさんというタイに結構長い間いた方がいます。彼は若いのですが本当に一生懸命選手の世話をします。選手がリングに上がったときは、セコンドとして本当に一生懸命ケアーそして激励します。そして試合が終わって医務室に選手を連れてきてくれて、通訳を買って出てくれますが、選手のこと本当に思いやっている事がこちらからでも容易に理解できます。ときとすると、タイからの選手が一人二人の時には、宿泊費をうかせてあげるためにも、自分のうちに泊めてしまうそうです。そして奥さんと少しでもタイに近いような料理を作るそうです。なんだか手作りでいいですよね。それを知ってか、タイの選手もドライフードみたいなものを持ち込んでくることもあるそうです。

 

会場の整理係

後楽園ホールで働いている若い男の子たちが担当している仕事です。多くの観客が出る施設には必ず必要な存在です。初めて会場へ足を運んだときなどの案内人であるわけです。選手の応援のために、少しでも前で応援したくて、席のルールを守らないお客さんもいるのは事実で、そのような方たちを整理整頓するのも仕事ですが、これは結構大変そうです。

また、リング上で選手がノックアウトなどで、かなり歩くのが危なそうなときには、タンカーが運ばれます。これも彼らの仕事なのですが、僕たちがリング上で選手のことを診察していると、特に指示をしなくても、リングの下でタンカーをいつもスタンバイしていてくれます。心強い限りであります。

もうひとつ地味な仕事があります。会場の5階から選手の控え室がある4階へ降りたところに小さな机があり、ここに男の子が2人います。二人の仕事は、選手が使用したJBC認定のグローブを綺麗にすることです。グローブを締めるための紐は捨てますが、表面には選手の体に塗った、ワセリンや血などがついていますので、次の試合のために、これをベンジンでふき取るのです。試合のことを気にしながらゴシゴシやっています。

 

連絡係

4階の控え室で準備をしている選手自身は、上の会場での進行状況などわかりませんので、彼らに試合の準備開始予定時刻など伝えたりするのが連絡係です。また、彼らの準備状況をリングサイドのアナウンサーやほかのJBC役員に伝えたりします。

また、ひとつの試合が終わるとリングサイドに臨席しているドクターが記入した選手のカルテを4階の医務室に運んで、医務室のスタッフに、試合が終わり降りてくる選手のダメージの具合などを報告してくれます。また、ノックアウトされたボクサーは、通常、試合後のチェックの後、控え室などで休んでもらいますが、彼らを控え室で一人に放っておかず、時折様子を見に行ってくれます。そして必要があれば医務室に連れてきてくれるのです。この地味な仕事はJBCの職員のYさん、Iさんがやってくれますが、彼らがいなくては、リング状の試合はスムースにそして安全には進行していかないのです。

 

ラウンドガール

彼女たちは皆さんご存知ですよね。ラウンドの間に次はラウンド○というプラカードを持ち、リングを一周します。多くは、当日の試合の担当のプロモーターやその他の関係でモデルさんを手配するようです。その日のプロモーターによっては「自前」で、それこそあるジムの会長さんや奥様がかかわっているスポーツクラブの仲間の元気な女性たちが上がることもあります。

多くの場合、最初のうちはやはり緊張する女性が多く、最初の一周はかなり硬くなっている方がおいです。そのうちラウンドが進むと、慣れてくるのか、笑い顔も自然となり、コーナーごとにお客さんに手を振ったりしてくれます。

ラウンドガールと言うのは、そもそも注目されることが目的ですのですが、タイトルマッチやとても緊迫した試合などでは、ラウンドの合間も応援合戦が激しいので、観客(応援団)もラウンドガールどころではありません。彼女達も注目される度合いは少ないかもしれませんが、会場の熱気に押されて躍動的な感じとなるようです。ところが「かみ合わない試合・・」と言うのは、やはり盛り上がりに欠けてしまう場合が多いので、そうなると彼女たちの独壇場です。いろいろなところから声をかけられます。すると、彼女達も気持ちよい笑顔で応えてくれます。

ところで、彼女たちは12回戦の試合では、2ラウンドから12ラウンドまでの看板を持って歩くことになります。1ラウンドで試合が終わり、リングに上がらなかったときと、12ラウンド全部上がったときとで、ギャラは同じなのでしょうか?今度聞いてみます。

 

医務室

4階の片隅に医務室はあります。ほかのどのようなスタジアムでも、医務室と言うのは隅のほうにあるものですね。本来の目的ではありませんので、余り前面に出るのは好ましくないですし。

10畳くらいのスペースに会場の観客の病気、怪我の世話を見るべく、後楽園ホールの管理者として看護婦さんが詰めています。ボクシングのときは二人の医者のうち一人は主にここにおり、試合が終わり降りてきた選手のチェックを看護婦さんと行います。

選手は汗ダクダク、ワセリンだらけでヌルヌルだったりして、血圧測定の際に巻くマンシェットという布もベッドの上の枕もすぐに汚れてしまいます。そのたびに一生懸命掃除掃除。結構忙しそうです。また時折、ボクシングジムの関係者の方が「ねー、血圧測ってよ・・」といらっしゃいます。自分のところの選手の試合前後ですので、血圧が上がっていることも多々あります。でも、体を使う現場にいる方々ですので、血圧も含めて結構医学的な事をたずねに来る方も多いです。その昔、バイ○グラが巷に出た頃には、その作用、副作用についてよく聞かれました。皆さん、健康には気を遣っている??

すべての試合が終わると、後片付けをして終わりです。看護婦さんも含めて、例の「ちょっと一杯」に出かけることも多々あります。しかし、一番最後の試合で選手二人がそろって瞼などを切ったときには、選手にとってもわれわれにとっても最悪です。医務室で、まず二人の全身状態をチェックして、その後シャワーを浴びてもらって、傷をよく洗い流してから戻ってきてもらいます。そして、傷が深い場合には縫ったりするわけです。本来は、このようなことは、帰宅後近くの病院で行ってもらえばいいのでしょうが、試合が終わるのは夜であり、そのような時間の救急病院の当直の医者も卒業したてのアルバイト医師(内科系の医者だと、選手はついてないことになります)かも知れませんし、それならば、必ずベテランの医者がいる後楽園の医務室のほうが縫い方がいいかもしれません。それになんたって無料ですから、病院での夜間の縫合処置などは、時間外診察でもあるわけで、結構お高くつきますので、こちらのほうがかなりお得かと思われます。勿論、後援会関係などで医療関係者がいるジムなどでは、そちらに連れて行くこともあります。どちらでもどうぞ.

 

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