5. リングサイドのいろいろな道具たち 

 

ノーファールカップ

試合の最中に選手が身につけているものは、トランクスとノーファールカップというものだけです。ノーファールカップは男子選手にとって、一番大切なところをしっかりガードするためのものです。規則では、トランクスのベルトより下はパンチを撃ってはいけないことになっていますので、大丈夫なはずなのですが、「はずみ」でパンチが入ってしまう事件が時折おきます。今のものはかなりしっかり出来ており、よほどの強いパンチでない限り、重要なところにあまり影響はないようです。いいことです。

しかし、実際はローブローと言って、ベルトより下へパンチを打たれたボクサーは、「ウー」っと言って前かがみになることがあります。それは、本当に痛い時は勿論でしょうが、聖域近くへのパンチへの警鐘を表現したいのかもしれませんいし、相手へのけん制の意味もあるかもしれません。ときとして軽量級で、あまり背の大きくない選手つまり胴も長くない選手が“ものすごーく長いトランクス”をはいているときがあります。すると、そのトランクスのベルトは、もう胸のしたあたりまで来てしまっていて、いわゆるボディーブローを狙うと、どこを打てばいいのかわからない選手もいます。ベルトの高さと言う規定が何とかなるといいのでしょうが、「へそうえ何センチは隠さないこと」などと体重別に決めるのはナンセンスですしねー。

 

トランクス

トランクスの色としては、普通赤コーナーの選手は白または赤系、青コーナーの選手は黒または青系が望ましいとなっていますが、選手の嗜好もあるので、対戦相手間で交渉は可能です。前日までに確認したトランクスの色と試合当日はぜんぜん違う色のものをはいてくる選手がいて、コミッションとして困るときがあります。たまたま同じような色のトランクスになってしまし、選手同士の体格、髪の色などが似ていると(多くの場合、金色、茶髪がおおい)、遠くから見ているお客さんなんて、どちらを応援すればいいかわからなくなりかねません。

また、所属ジムの後援会や自分が勤める会社からプレゼントされたトランクスとなると、なかば広告として使わなくてもいけませんし、そうなるとまた色の問題がでてきてしまいます。勿論トランクスには、ニックネームや自分の趣味志向を意味するようないろいろな文字やロゴや絵などが入れていることがよくあります。自分の生き様の目標みたいなものを掲げて、格好がいいですね。また、ウケを狙っているのかもしれませんが、シッポをつけてリングに登場する選手もいます。これは試合開始の時にははずすのですが。さらに、先ほどの後援会や会社の広告も多く見かけます。地味であればいいのでしょうか、○○工務店とかスナック○○とか、いささかボクシングとはかけ離れたものであったりして、ちょっと拍子抜けしちゃうのもあります。しかし、このような特注のトランクスはお金がかかりますし、限られた選手が使います。外国からの選手は、チャンピョンクラスでもないと何も書いてなくて、とてもペラペラで、しわくちゃのトランクスをはいていることが多いです。

このトランクス・・・何しろラウンドの間でニュートラルコーナーで休んでいるとき、胸の辺りから水をかけられる選手が多いもので、水をすって重くなり落っこち気味になったり、白のトランクスが濡れると赤色のノーファールカップが透けて見えてしまうという、あまり喜ばしくないこともおきます。さらに、トランクスの上にパンチを受けると水が飛び散るので、リングサイドの僕らは口をあけて観戦していると、塩味が利いたお水がいただけちゃうことになります。これが避けられるようになると、リングサイドのメンバーとして一人前かもしれません。

スタイルの流行からいけば、今ではサッカーでもどこのスポーツファッションでも同じですが、長めのトランクスが多いです。昔は、どのスポーツも短いパンツだったと思いますが、今でも短いものを使うのは機能を重視する陸上選手くらいなのでしょうかね。ボクシングでは、長くても運動性を重視して、横に大きくスリットが入っていることが多いですね。

 

リングシューズ

ボクシング関係の雑誌をみても、いろいろなタイプのシューズが販売されています。機能と色とスタイルで選べるようになったみたいです。なにしろ、フットワークが重要なスポーツですので、足元は大切でしょう。また、ときとして、試合中の不自然な動き、あるいはノックダウンなどで足首をひねる選手もいますのでう、足首のサポートも必要となるわけです。

いっぽう、非常にあっさりとしているのが、とび職の方たちが使う「足袋・タビ」であります。別に建築現場でなくてリング上で使ってもJBCの規則に違反していません。これは、本来の目的からも、足元がしっかりと床につくと言う面では、なかなかスグレモノかもしれません。残念なことに、タビの場合色などが限定されていることが欠点でしょうか?でも、ピンクのタビをはいた選手を見たことがあります。

 

グローブ

パンチはナックルと言う、手を握ったときの手の甲の一番前の部分で打つわけですので、その部分の保護と、打たれた側のショックを和らげるためのものがグローブで、そのナックルの先の部分(俗にアンコと呼ぶところです)が厚いか薄いかにより相手あるいは自分の手へのダメージが違ってきます。よく、メキシコ製のグローブは薄くて、日本製のは厚いと言われています。さらには、リング上で何か事故があったときには「最近のグローブはなんだかおかしいのでは?」などといううわさも出ることがあります。やはり、自分と相手の唯一の接点であるグローブが非常に注目されるのは、ボクシングならではのことだと思います。

面白い話なのですが、昔は品質が悪く、しかも何回も使っているとナックルの部分が特に薄くなりやすかったようです。そうするとパンチ力が相対的に増すことになります。さらに、そのようなグローブでは、グローブの手首の部分に巻くバンデージを工夫すると(ナックル部分を下のほうに引き寄せるように巻く)、ナックル部分がもっとに薄くなるわけです。つまり意図的にグローブを薄くする手段をとることがあったようです。でも、製品の質の向上とともに、そのようなことが無意味なことになりつつあるのですが、今でも時として、そのような努力し巻かれたバンデージを見る事があります。それを知るものは「今は、こんなことしても変わんないのにねー」などと言っておりました。

グローブの大きさつまり重さは、体重により大きく二つに分けています。軽量のクラスからウエルター級までは8オンス(227g)のグローブ、それ以上は10オンス(283.5g)のものを使います。ジムなどで練習あるいはプロテストの時には、12オンスのものを使います。これも安全対策の流れでより軽いクラスでも大きなグローブを使うように規則が変更されてきています。

確かに、大きくクッションの入ったグローブのほうが、まっすぐのパンチなどが当たったときの衝撃は、クッションの分だけ少ないでしょう。しかし、これが本当にいいかどうかは、実は疑問のところもあるのです。まっすぐズドンと当たるパンチは、確かに響くでしょうが、一方で、かすったようなパンチで頭がクルリと回る、つまり回転してしまう運動は、実は医学上、脳みそにはよくないのではと考えられているのです。つまり、グローブが大きくなると、本来当たらないようなパンチで、頭がクルッと回って、事故が起きちゃう可能性が否定できないかと思っています。ボクサーに行ったアンケートでも、パンチを受けたときの打たれた頭の動き方という面では、どうやら頭がクルリッと回ってしまうほうが、ドガーンとまっすぐ後ろへそらされるときに比べて、「効いちゃう」という感じが多いという結果が出ました。つまり、頭が回るパンチのほうが、脳震盪みたいなものを起こしやすいのです。このことは、医学的な問題として、ボクシングの怪我のところで、お話ができればと思います。

あと1990年代半ばにノン・サミング・グローブと言うものに形状が変更されました。そもそもグローブは形の上では、手袋のミトンと同じで親指だけがほかの4本と分かれて指を入れているわけです。ところが、この親指が自由であると、ごく稀ですがずるいことをする輩がいたとのことです。つまり、試合経過が不利になると、ナックルでパンチを打つのではなくて、この親指を使って相手の目をめがけて打つ「目つぶし」で、これをサミング(thumbing thumbとは親指のこと)と呼びます。相手は目が痛いとか、あるいは見えなくなり、ハンディーを追うことになり試合を有利に進めることができるわけです。網膜はく離など起こす可能性も高く、危険極まりなく卑劣な行為であるわけですから、罰せられるべきでしょう。もっとも、正確に親指で目を狙えるパンチを出せる選手なら、普通に戦っても十分に勝利の確率が高いと思いますがね。ともかく、この偶発的事故と思われる親指での障害を防ぐために、ノンサミンググローブをなりました。つまり、親指部分がほかの手の部分に縫い付けてあるので、親指はおとなしくせざるを得ないわけです。これは安全でいいことですね。

試合が終わると、紐のところをハサミで切って、グローブをぬぐわけです。これは、返すわけですが、ある試合に勝ったボクサーなどが記念として自分のものとしてとっておきたい場合などは、「買い取り」をしていただきます。通常1万円くらいだそうです。いかがですか?

 

バンデージ

グローブの下には、布製の絆創膏のようなものを巻きます。それによって例のナックル部分を保護するわけです。バンデージの長さは決まっていてそれ以上たくさん使用することは許されません。そして、試合前には変な余分なことをしていないかJBCがチェックしています。手の甲の先の部分をうまくガードすることと、指の間にうまく巻いて、指を保護するのがコツなようです。

このバンデージは試合の終了後すぐにとりはずす作業が行われます。テレビなどで見た方もいらっしゃると思いますが、セコンドが片一方のさきが丸くなっている大きなはさみで選手の手に巻いたバンデージを切るわけです。ごくまれですが、きっとセコンドの方もあわてているのでしょう、そのはさみで選手の指や手まで切ってしまうことがあります。その傷で痛みを我慢しているボクサーを見ると本当にかわいそうになります。やっと痛いパンチを受けることがなくなり、試合も終わり達成感がみなぎっているときに・・。同情しちゃいます。

無事にとられたバンデージはすぐに捨てられます。しかし、時に面白いことがあります。とても人気のある選手が医務室でチェックをしている間にバンデージをはずしていると、「すみません。そのバンデージくださーい」と、試合直後の医務室に押しかけて、お願いするファンがいます。きっと彼らは、それを部屋に飾っておくのでしょうか?洗濯はするのでしょうかね?なにしろ汗をかいていますから。このバンデージは先のグローブと違って無料のようです。

 

マウスピース

ともかく口と言うのは重要であるのは言うまでもありません。そもそも瞬間的に力を入れるスポーツをする人たちは、歯がよく壊れていると聞きます。やはり食いしばるとパワーがでるのでしょう。ですからパンチを繰り出すときには、歯の保護のためにマウスピースが必要ですね。ましてやパンチがあごなどに入ると歯は大変です。それを保護するのがマウスピースです。これは種々の衝撃緩衝材でできているものを、上の歯の列にしっかりはめます。多くは既製品ですが、その重要性から個人の歯形にあったものが望ましいと言われています。しかし、どの世界でもオーダーメイドは高くつきます。

マウスピースは歯の保護だけではありません。顎に受けるパンチの衝撃がそのまま頭部へ伝わることを防ぐ緩衝材にもなります。ですから、一台何役もしているわけですね。

 

このマウスピースは、時として選手の口からこぼれることがあります。パンチをお腹あたりに受ければ誰だって「ウーッ」となり口をあけて、ポロリもあるでしょう。また、疲れて口を開けてしまうと、落ちやすいでしょうね。落ちたときにはどうなるかと言うと、結構意識してないと普通の人にはわかりません。レフェリーがファイトを見ながら、手だけ床に持って行き、マウスピースをうまく拾って、落とした選手側のセコンド(彼らはコーナーポストの下で選手に声をかけていますから)に投げるのです。すると、セコンドの人が、水で洗ってコーナーで待ち構えます。頃あいを見て、レフェリーが試合を中断しないようにコーナーポストへ行き、手だけ後ろに持っていき、セコンドからマウスピースを受け取り、試合が中断したときに、すぐさま選手の口に戻します。これで試合が中断するのは1−2秒でしょう。うまく行うものです。時々レフェリーが拾ったマウスピースを間違ったコーナーに投げてしまうこともありますが、そのときは相手方から、正しいほうのコーナーポストのほうへリングの上を「ヒューッ」とマウスピースガが飛び交うわけです。マウスピースがない間は危険ですが、中には意図的に落とす選手もいます。この数秒間の休息を得るのが目的なのでしょうか?それだけ彼らの体は疲れきっているし、その時間でも十分に回復するすばらしい体力を持っているのでしょう。

 

ワセリン

リング上で使用できものは、水とワセリンだけなのです。あとは、止血のためのお薬(ボスミンといいます)を薄めたものくらいです。水は当然、飲んでもらったり、トランクスの中にかけたりするのに使います。重複するかもしれませんが、最近はアンケートで見ると、試合中にも水分補給をする選手が30%くらいでてきました。これは以前の非科学的慣習から脱却しつつあり、スポーツ医学上は好ましいことと思います。しかし、マラソンなどと異なり、ボクシングの特殊性から、お腹に打撃を受けたときの反応がどうなるかの問題はあるのですが。

さて、ワセリンのことです。これは皮膚に塗る多くのお薬つまり軟膏などに使われている基材であります。軟膏はこのワセリンの中にある目的を持った薬が何%入っているかで、薬の名前ができているわけです。ボクシングではワセリンのみを使いますが、体に塗れば皮膚がテカテカと光ります。日焼けなどした肌では、精悍にみえます。しかし、日焼けした精悍な姿を見せるだけでは、あいにく相手は男性ですので、その場の試合では効果がありません。では実際の効果はというと、顔などに塗っておけば、革でできたグローブが当たったときに、ツルリとすべり、パンチのダメージ、皮膚の切り傷ができる確率が減るのです。テレビなどでアップになると、ボクサーたちがテカテカ輝いていますが、それは、あながちスタイルだけのことではなく、自己防御手段として用いているのです。意図的にたくさんつけているときには、レフェリーがラウンドの開始前にチェックして、取り除くようにしてます。

また、バッティングといって相手とうっかりぶつかってしまい(ゴッツンコですね)、よく眉毛界隈の皮膚が切れてしまいます。そのような際の出血が止まった後の保護として、上からワセリンを塗ります。そうすれば、パンチがあたってもスルリと抜けることもあるからです。

 

マツヤニ

試合に入場する選手はリングに上がる直前、階段の下でいろいろなことをします。お祈りをしたり、吼えたり、水を飲んでゲロッパ(後述)に出したり。そして、なんだか下を見ている時間があると思いますが、ご存知ですか?あれは、下をみてお祈りしていることもありますが、リングにあがる階段の前に浅い箱があり、その中にマツヤニの粉が入っています。それを両足の裏にしっかりつけているのです。一種の滑り止めの役割をしているわけで、これによりリング上でのスリップによるみっともない転倒が減るわけであります。

ですので、その日の予定試合が進んでくると、リング上にマツヤニが散らばって少し積もってくるわけで、もしスリップやノックダウンを喫してしまったときには、グローブにマツヤニがつくわけですね。ですから、試合の再開の前にレフェリーが倒れた選手の両手のグローブをレフェリー自身のお腹あたりでさすっている光景をみることができます。あれはレフェリーのお腹が痒いわけではなく、グローブについたマツヤニを取り除いているのです。粒々がグローブの周りについているのはよくないのは、容易に想像できるかと思います。

 

リング

試合の主役のひとつのリングの話です。リングには規格があるのですが、それは大きさに許容範囲を持たせています。従って、いつも同じ大きさではないのです。一辺が18フィート(5.47m)から24フィート(7.31m)とずいぶん開きがあります。最初聞いたときなんだか変な気持ちがしましたが、考えてみれば、神宮球場は小さくて、横浜球場は大きく、ホームランの発生確率が違ってしまうプロ野球のほうがより由々しき問題になるはずですよね。それが問題になっていない以上、どちらが有利とも限らないボクシングのリングの大きさはあまりとやかく言うことはないですね。

そのリングの周りには4本のポールがあり、クッションでカバーされています。赤と青は選手のコーナーで、白色の2箇所がニュートラルコーナーと言われ、どちらのものでもないわけです。ですので、ノックダウンなどがあると、倒した選手はここに立って待たなくてはいけません。自分のコーナーに自分だけ行ってしまっては、倒れた選手との平等性がなくなるからでしょうか?よく喜んでしまい、このコーナーにじっとしてない選手が多いです。 そんな時、レフェリーは慌てて「ニュートラルコーナー!!」と叫ぶことがあります。ルールはルールで確かにそうなのですが、そんな喜んではしゃぎまわってきる子供みたいな選手の世話をするより、倒れてしまった選手が本当に10秒の間に立てるには十分な回復をしたのかを、しっかり見ることが、もっと重要なことだと考えていますが。

4本のポールの話の続きは、4本のロープです。各辺のポールの間に張り巡らされたロープは、それぞれ4本です。これも海外での変更を見習い、安全のために3本から改正されたものです。3本より4本のほうがリングから落ちにくいですよね。一応、リングから落ちたときには10秒以内でリングに戻らなければいけないルールがありますが(なんだかプロレスのようですね)、僕は落ちた選手は見たことがありませんが、最近、海外でリングから落下して死亡したとの報告があります。実は、このあまり目立たないところで、事故なども防げているのでしょ。

話は若干変わりますが、選手の入場セレモニーというのは、選手あるいは観客にとっても華々しく、エキサイティングなことですね。そのときに、普通地味にこのリングロープをかいくぐり入場するところを、格好よくロープの一番高いところを華麗に飛び越える選手がいます。でも、今までに一回だけですが、このロープを飛び越え損なって、リングに転落して、肩関節を脱臼した選手も見たことがあります。こればかりは、ほんとうにさまになりませんね。試合前ですものね。せっかくこの日のために何ヶ月も節制と練習を積み重ねてきたのに・・。

このリングですが、後楽園ホールだっていろいろな催し物を行っているので、試合前に作り、試合後には片付けるわけです。試合後などちょっと見ていると非常に要領よく20分くらいで終わりになっちゃいます。たいしたものですね。それでいてすごく丈夫にできているのです。

 

ゲロッパ

リング上で残りの道具と言えば「ゲロッパ」です。ゲロッパとはJBCUさんが名づけた愛称ですが、選手が試合開始前や、ラウンドの間の休憩時間の間に、水でうがいするわけです。そのうがいした水を出す受けざらなわけで、そしてその受け皿の下にはクダがついていて、出されたものは、クダを通って、リングの下に隠されている大きなポリバケツの中に入る合理的な装置であります(装置と言うほどのものではありませんが)。これがないとリング上はとても汚らしくなってしまうのです。ですので、ゲロッパは地味ですが、非常にいい仕事をしています。

 

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