岩崎宏美さんと私  


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※以下は、2004年10月に書いたものです。どうぞご了承下さい。




<♪初めてーわたしがー宏美さんの仕事、関わったのは〜(←「遍路」調)>

 2004年の2月ごろ、テイチク(インペリアルレコード)の湯田さんから1通のメールが来ました。
 「宏美さんの30周年BOXを作ろうとしてるんだけど・・。」

 早速、お話をうかがってみると、膨大な数のリクエストが集まっており、まとめるのが大変で、
宏美さん自身もどの曲にも思い入れがある!とおっしゃっていて、
またファンのメールの中でも

「『CD FILE』(過去に出たA面・B面シングル集)だと一緒なら買わない」
「『THE COMPLETE SINGLES』(A面コレクション)と同じという安直なものは出さないで下さい」

という、非常に真摯なご意見が多数ありました。

ちなみに、通常のBOXは、このシンプルなシングルA面・B面セレクションを出しても
ファンに喜ばれているのですが、なにぶん、アルバム曲でも名曲が多く、しかも30年の間に
溜まったレア・トラックも膨大にある訳で、確かに安直にするには余りにもったいない企画でした。

そこで、まずは、シングルA面ベースに、それぞれの時代から宏美さんにゆかりのある楽曲を
足してもらい、ファンの方々からの選曲で1枚、そしてレア・トラック満載という風にして、
ライトな方から、コアな方までを想定したコンセプトとたたき案を考えました。

最終的に決定した楽曲は、ご本人がきちんと目を通されたことで当然多少異なりましたが、

「Singles & More」(これは、過去のアルバム名『ライヴ&モア』を意識しました)、
「Your Favorite Songs」(これは、以前のベスト名『My Favorite Song』の対となるタイトル)
というディスクごとのコンセプトやタイトルがそのまま通って良かったです。
しかも、「Singles&More」のディスクごとの区切りの年も、これまでのCDとダブらないよう、
工夫しました。(そうでないと、前の『THE COMPLETE SINGLES』がムダになっちゃいますから。)
<♪あれは、9年前・・・>

 ・・それにしても、私が宏美さんの大ファンになったのは、実は95年4月と、宏美さんファンの中でも
かなり新米なんですよ。私の人生の大先輩の一人である小川さんというデザイナーの方が、

「岩崎宏美の『ファンタジー』というアルバム、すっごくいいんだよ〜。」

とおっしゃっていて、ちょうどQ盤シリーズが中古CDで\780くらいで売っていたので、
買ってみたんですよ。それまでは、単なるシングルファンで「決心」「月光」あたりの大人の
ポップス路線が好きでシングルは聴いていたんですが(だからLP『ダル・セーニョ』は持っています)、
アルバムを買うにはそれまでの歴史を追わねばならないし、学生時代はお金がなかったこともあり、
放置(笑)してたんです。

 で、このアルバムを聴いてみたら、もうめちゃくちゃ良くて。
え、アルバム曲の中でも、シングルにしてもいい曲ばっかりやん!みたいな。
しかも、声が伸びやかで、アイドル歌謡曲のカテゴリーにくくるのって勿体無い!みたいな。
それで、驚いて8月に『MY GRATITUDE』という20周年カバー・アルバムが出る頃には、
ほとんどのCDを買い揃えるほどハマってしまいました。

 それで、しばらくは、もう新譜のように毎日ヒロリンの歌を聴いていたんですが、
そのうち自分がチャートマニアだったこともあり、
「こんなに、素晴らしい才能の持ち主が、売れないのはおかしい!」
くらい確信するようになったんですね。
『MY GRATITUDE』が200位内に入らなかったことにも、かなり怒ったように思います。

で、宏美さんも95年は再び音楽活動を精力的にされるようになり、果敢なオリジナル作
『FULL CIRCLE』、続く翌月に50枚のシングルをまとめた前述の『THE COMPLE SINGLES』
もリリースされました。で、その購入特典として、新星堂でのトーク会があったので、参加して

「これは、もう一度、宏美さんをヒットさせなければ!」(←本当に生意気!!)

と思いこみ、85年〜86年のようなトガった楽曲をもう一度歌うべし、みたいなのを質問コーナーで
咄嗟に言った覚えがあります。しかも、その後便箋15枚くらいにわたる手紙を出したんです。
宏美さんは、こういう歌が合っているし、こういうライター陣の楽曲を歌われればいいのでは?みたいな。
今から考えたら、もの凄く素人意見なんですけど、とにかく宏美さんの歌を多くの人に
聴いて欲しい!とすこぶる本気で、そして純粋でした。

 その後、「岩崎宏美ML(メーリングリスト)」というのを、当時同じ会社におられた青山さんから
ご紹介いただき、参加させていただいて、ますます“ヒロリン復活劇”を夢見るようになったのも、
私が97年以降音楽業界に転職したきっかけの一つです。ここでは、青山さん、ほか
村上さん、ぴっとさん、S.FUJITAさんなどなどいろいろな方にお世話になりました。あと、
市川さん、澤田さんにはお会いしていないのに、親切なメールをいただき嬉しかったです。
あの時のメールでの熱いやりとりが、今でもマーケティングする時に
「ファンの人の熱い想いを無視しちゃダメ!」という自戒となっております。
本当に感謝しています。

 さらに、99年にリリースされたシングル「許さない」でファンの方々+宏美さんで決起集会を
やったあたりは自分の中でも様々な草の根運動を考えたり、それこそ都区内の電車で行ける
範囲の100店舗近いCD店で「許さない」を棚から引き出して面出しで置いたりと暗中模索していました。
でも、ノンタイアップ、しかも久しぶりのシングルとあって、なかなか売れなかった・・。

しかも、その後始まったコンサートツアーがナツメロ路線に帰った感じがしたので、私は
「うーん、なんか違うような・・」と思い、ヒロリンからもファンの人からも距離を置いてしまったのです。
自分はあくまでも、現役アーティストとしての宏美さんが好きでしたので。
でも、それは集客のことを考えたら、まずは過去のヒット曲中心の構成の方が確実だというイベンターの
意向も多分にあっただろうし、確実に復活できてから新たな魅力を出す、という長期的なビジョンも
宏美さんサイドにあったのかもしれないし、今から考えたら決してムダではなかったと思えます。

 その後、2001年に宏美さんがレコード会社を移籍されていたのは知っていたのですが、普通に
CDを買うファンになっていました。(音楽業界内ならサンプルをもらうことも出来るのですが、
あえて買っている、ということがファンとしてのこだわりです。)あと、曲がりなりにも同じ業界にいたので、
ファンの集いに出るのはちょっと気がひけるなーと思い、遠ざかっていったのも事実です。

 しかし、2002年よりそのインペリアルレコードでもプランニングのサポートで仕事をするようになり、
同社の日名子さんに可愛がっていただき、私が宏美さんの大ファンだと知ると、宏美さんの
ディレクターの湯田さんをご紹介いただいたんですね。それで、2003年の秋、これから30周年の準備を
しようとされている時に、軽くお食事をしたんです。その時に、宏美さんには、こういった作家陣の楽曲が
いいと、またクソ生意気に自分の意見を言いました。
(要は、『Dear Friends』の作家のシンガー・ソングライターの楽曲をカバーするだけではなく、
オリジナル作も歌うべし、ということ。その作家陣は『Happiness』収録陣よりも、もっと
土着的な作風の方たちですが。あと、中島みゆきのある曲をカバーすべし、とまるで
霊にとりつかれたように(笑)強調してましたっけ。)


 だから、単なるファンをやっていたのに、その9年後にBOXの選曲プランを出すようになったなんて、
もの凄く人生不思議だなーと思いました。
でも、このBOX発売時に、「選曲させていただきました」とご本人に挨拶もできたのですが、
なんか自分としてはある程度客観視して仕事をしたつもりなのに、ファンが押しかけて
仕事までチャチャを入れるみたいに見えたら嫌だな〜と過剰に考えてしまい、直接は
お会いしなかったのです。しかも、選曲や解説ではフリーの“つのはず誠”名義で
お仕事させていただいたので、宏美さんにも昔ファンレターを出していたということは
知らせないままでした。ですが、湯田さんからは

「選曲プランを見て、宏美さん、すっごく驚いて「この人、分かってる!」って喜んでいたよ」

と言っていただき、ああお役に立てて本当によかった、
何よりギリギリのスケジュールながらBOXが出せて良かった!と、とても嬉しかったです。
<ついに、ごたーいめーん(←古っ!)>

 そして、今度はこの9月に突然、またまた日名子さんから

「販促の大江さんが、今度フリーペーパーで岡本真夜さんと宏美さんのインタビューを
企画してるんだけど、進行と原稿のまとめをやらない?」

とお誘いがありました。先方も急いでいるので、断るのも申し訳ないと思い引き受けましたが、
正直、5日前くらいに言われたので、用意もできておらずメッチャ緊張しました。

しかも、その前週「ミュージックフェア」で観た宏美さんの「手紙」という歌、
実は1回聞いたときはピン!と来なかったんです。だから、インタビューが進まなかったら
どうしよう!と悩みました。

でも、とにかく、宏美さんのファン、真夜さんのファンが、この歌が好きになるとしたら、
どういったところだろう、というのを何回も聴いて考えて、インタビューに臨みました。
そうしたら、聴いているうちにハマっちゃって!もうシングルもアルバムも大好きに!(笑)

また、当日は、インタビュー中に宏美さんや真夜さんの歌の発売日や歌詞の内容をふんだんに
盛り込むことで、道化に徹し、それで笑いを誘うようにしました。
(例えば、「今日は私も緊張していますが、アスファルトに咲く花のように頑張りますので、
聖母のような微笑みで見守って下さいね!」というような発言です。)
そうです、オタク的にデータを羅列するのは、ある意味ツカミOKにするためなんです。)

その甲斐あって、すごく二人の幸せな様子が記録できました。真夜さんファンの方にも、
真夜さんは、本当に誠実な人だと分かる文章で、ますます好きになった、と言ってくれました。
(実際、ものすごく優しい人で、しかも弱者の立場が見えていることに私も感動しましたし、
宏美さんも、インタビュー後、感動されていました。)


なお、真夜さんも来年早々に向けて新曲準備を着々と進めておられるそうです。
先日、『僕らの音楽』LIVEで披露された新曲も入れたいな〜とおっしゃっていました。

(後日注:05年1月発売の「かけがえない人よ」のことです。)
本当に、幸せな生活をされており、音楽も楽しんで続けたい、
という様子がひしひしと伝わってきました。

<え、憶えていたんですか?>

実は、インタビューの途中、

「臼井さんって、中村(美律子)さんのHPの方?」

と宏美さんにツッコまれたんです。そうなんです、宏美さんは、中村美律子ファンで、クレイジーな(苦笑)
岩崎宏美ファンがいる、という認識をされていたんです。おまけに、今回の対談が“手紙”を題材に
したものだから

「あの新星堂のイベントのとき、手紙を下さったでしょ?それで、もの凄く細かく書いてあって、
この人いったい何者?って驚きました。でも、本当に参考になりました、有難うございます。」

と、何と9年越しに直接お礼を言われてしまったのです。

しかも、最後には

「臼井さん、本当に使えるオタクよね〜。」

と賞賛(?)のお言葉までいただきました。

(自分としては、オタクと言われる人よりは、オールジャンルで、音楽を研究しているつもりで・・。
まぁ、所詮音楽しか出来ないし、やっぱりオタクか!)


そうです、やっぱりこうして私みたいな一ファンでも憶えているくらい、
人との関わりを大切にできる人だからこそ、宏美さんが現在セールス的にも復活できたし、
今回『Happiness』というとてもいいアルバムが出せたのです。
本当に、今いい状況が出来ているなーと思います。

今後、更なる企画も考えていらっしゃるようなので、それも楽しみです。
私がお役に立てる機会がもしあれば、頑張らせていただきたいと思います。
もちろん、一人でも多くの方に音楽を聴いてもらえるようにどうすればいいかを考えながら、ね。
なんてったって、“初心”ですもんね。(微笑)


2004年10月 臼井孝/つのはず誠



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