僕の音楽考

<ご注意:以下の文章は、私が音楽業界に入る前に書いたものですので、
現在の趣味志向とは若干異なるかもしれませんが、ご了承下さい。>

<1・誕生〜小学生>
生まれて初めて耳に残った音楽は?と尋ねられたら、姉の部屋から聞こえてきた「ひこうき雲」か、
兄の部屋で鳴り散らされていた「Highway Star」か、それとも父がピアノで弾いていた「港の見える丘 」か
、はたまた母がよく口ずさんでいた「シェルプールの雨傘」になろうか。

とにかく、うちはド素人レベルで音楽一家だったのである。考えてみたら、これが僕の「音楽チャンプルー」
のルーツかもしれない。 それに加えて、僕は 小学校低学年からランキングを見るのが好きだった。
自分のノートに、野球打率10傑だの、都道府県別交通事故件数だの、国別人口だの、
とにかく家にある様々な新聞や雑誌などの記事を切り抜いたり、書き写していたのだ。
つまり、その部門のランキングで上位であれば興味あるものもないものも一通り目を通す、
音楽ならば聞いてみるという習慣がついたのかもしれない。

そうした中、1978年1月あの「ザ・ベストテン」が始まったのだ。レコード・有線・ラジオ・ハガキという
4要素にウェイトをつけて総合で1位を決めるというようなやり方は自分がその後に下す
人生のさまざまな選択において使ってきた気がする。(^^;;;;)
家には、当時まだメジャーではなかったビデオがあったのだが、家中のテープに「ドラえもん」を
録画して以来、僕には録画権がなかった。その為、あの 11-20位のタイトルや得点をリアルタイムで
ノートに書き写さねばならなかったのである。それらはまだ序の口で、冒頭に4要素がスーパーで流れる
のがどうしても写しきれなかった。後で、ノートを読み返しても何が書いてあるかさっぱり解らないので
数回試みてとうとうあきらめた。それが、書き写せるようになったのは中学に入ってからで、
「これで僕は速記のプロだ!」と喜んだのも束の間、姉の「ワセダ速記検定」のさわりを読んで、
自分流とのギャップにひどく落胆した記憶がある。

とにかく、この当時は毎週のようにベストテンを見ていたので、ヒット曲ならかなりの数、
知ってはいるものの好きな音楽というものが特定できない。ただ、10位以下で健闘中の
歌や、新曲の度にランクダウンしてしまう歌手(例えば、この時期ではピンク・レディーや
野口五郎など)を応援するようになったのは この頃からだと思う。

しかし、逆にこんな番組以外見なかったので、 アニメソングにとても疎い、データばかり
つけてはデータ唯心論を語っていた可愛くないクソガキだったのである。

付記:この頃の歌で特に印象に残っているもの
荒井由実「瞳を閉じて」('74)、イーグルス「ホテル・カルフォルニア」('76)、岩崎宏美「想い出の樹の下で」('77)、
大橋純子「サファリ・ナイト」('79) 小柳ルミ子「星の砂」('77)、西城秀樹「悲しき友情」('80)
ピンク・レディー「ピンク・タイフーン」('79)、布施明「君は薔薇より美しい」('79)、
ベイシティ・ローラーズ「SATURDAY NIGHT」('77)、山口百恵「さよならの向こう側」('80)


<2・中学生〜高校生>
初めて好きになった音楽は?と尋ねられたら、中2あたりよく聞いたオフコースになろうか。
実は、これも姉のラジカセから聞こえてきたテープが原因であるが。僕は、あの赤ワインを
彷彿とさせる大人の気分が好きだった。あと、変声期にさしかかって
「ほ、ほらまだこんな高い声が出るぞぉ」みたいなあがきの基準が欲しかったのかもしれない。
(そのおかげか、今でも低音の女性歌手の音域である。)特に、好きだったのは
「秋の気配」「YES-YES-YES」、あと「夏の日」は今聞いても泣きそうになってしまう。

ほぼ同じ頃('81年)、雨宿りで偶然入ったレコード店で「OrikonWeekly (通称オリコン) 」を
見つけたのである。因みにその時のTOP1はマッチの「ギンギラギンにさりげなく」であった。
200 位まで書かれたランキングに驚いた。だって消えたと思っていたあの歌手・あの曲が
まだ健闘しているのだから。それにあの雑誌には、有線・ラジオ・ジュークボックス(!) などの
ランキングがびっしり載っていたのである。つまり、ザ・ベストテンにはない独特のランキングが
ここでは展開されていた。以後、虜になって、'85年の夏まで毎週欠かさず買っていたのである。

中学の頃は、昼寝して夜中に「オールナイトニッポン」を聞くのが好きだった。
特に、月曜の中島みゆきに、はまった。あのキレまくりの放送。特に、彼女の言葉遊び
の感覚がなんとも好きだった。で、「ひとり上手」「悪女」「あの娘」などシングルヒットは
チェックしていたので、その延長でアルバムをレンタルで聞いた。

・・・更に、はまった。勿論、今のように深い意味をそれなりに理解できる年齢でもなかったが、
当時「ネクラ」という言葉が流行っていて、時に「無責任」 「軽薄」にも拘わらず、
その逆「ネアカ」と称されることに対し、どうも疑念が拭えなかったガキには彼女の歌が相当響いた。
例えば、「友情」の「救われない魂は傷ついた自分のことじゃなく傷つけ返そうとしている自分だ」とか、
「夏土産」の「嘘、ついてる目つきくらい分かるけど、でもそれを言っても時は止まらない」なんて、
時が止まったと錯覚するほどの衝撃を受けた。かくして、「予感」までのレコードをすべて借りた。
当時は、お金を節約できるなら本当に時間を贅沢に使ってた。
何しろ、好きな歌詞を手書きでノート一杯に書いたりしていたのだから。

高校に進学してからは、データをつけるのに少し飽きたのか、歌番組自体を楽しむようになり、
ベストテン番組だけでなく、「夜のヒットスタジオ」や「ミュージックフェア」もよく見るようになった。

その頃好きになったのが河合奈保子である。
勿論、彼女のシングル曲は大抵ベストテン入りしていたので、知ってはいたが、
単に「胸の大きなねーちゃん」くらいしか認識してなかった。
それが、歌唱力を要求される歌を熱唱してしまうのでド肝を抜かれた。
更に'85年の「ジ ェラス・トレイン」で釘付けになった。あの、サビの強烈なファルセット、
最近売れっ子の歌手の不安定なそれとは一線を画するものである。この歌は歌謡史上に残る
名曲だと自分では信じている。この頃、河合奈保子はベストテンには入るもののやや落ち目であり、
3ヶ月に2,3度しか ベストテンに出なくなったので、また他に好きな中島みゆきも出るはずもないので、
「ザ・ベストテン」を毎週見なくなった。丁度、時同じくしておニャン子ブームが到来したのも、
歌の内容や歌唱にウェイトを置くスタンスに拍車をかけた。

しかし、唯一その後も聞き続けた音楽番組がある。ラジオであるが、「コーセー歌謡ベストテン」である。
これは、面白かった。だって、ビジュアルが先行しない曲自体の評判がそのままランキングに
反映されるのだから。(といっても、'87以降はそうでもなくなったが。)
今でも心 に残っている雰囲気を大切にし、歌唱が際立っている曲(自分では"優良歌謡"と呼んでいる)
はここで特にランクアップしたものが多い。(大橋純子「シルエット・ロマンス」など)

ともあれ、この頃の音楽データというのは本当によく覚えている。
(最近、ボケ始めてか、断片的に欠けているのもあるが ^^;;)
好きな歌の作詞・作曲・編曲、レコード会社、オリコン最高位・売り上げと、
まぁ自分でも呆れるばかりである。筒美京平・馬飼野康二・三木たかしなど
作曲家別のオムニバステープを作ったりしていたのだから。

付記:この頃の歌で特に印象に残っているもの
岩崎宏美
「決心」('85)
中森明菜
「ミ・アモーレ」('85)
河合奈保子
「ジェラス・トレイン」('85)
「ハーフムーン・セレナーデ」('86)
(左は、Sg50枚分のベスト。
右は、セレクトが中途半端だけど
お手軽なベストです。)


この頃は、複雑なメロディー構成の
歌謡曲が好きだったんですねぇ。
その極みがこの「決心」。
この歌って、バランスよく歌うのって
かなり難しいんだけど、ヒロリンが
ドラマティックに歌っているのが
素敵です。しかも、ホント
華やかさがよく伝わってくるし。
20代半ばを過ぎたトッポさも
いい感じに出ています。

(こちらは、2枚組
ワーナー時代のベスト。)


中森明菜といえば、「ミ・アモーレ」ですね、
断然。この歌って、左同様、曲の構成が
1番と2番とサビで違うし、歌詞も段々と
カーニバルに乗ってエスカレートしていく
様が出ていて、秀逸だと思います。
これが、彼女のエキゾチック路線の走り
だったと思いますが、そういった非現実的な
世界でも歌い上げてしまうというのが
すでに、中森さんの凄さですよね。

両方を聴くには、BOX買うしか
ダメなんですよ、05年現在・・。
あ、右のBOX2では、LIVEバージョン
が楽しめますよ!奈保子さんと
言ったらLIVEですよね!




「ジェラス・トレイン」は本当に大好き。
確かに、歌詞の世界はごく普通の切ない
歌かもしれないけど、この歌での彼女の
感情表現の細やかさが好きですね。
勿論、極めつけはサビのハァァァァーと
いう裏声と、タッチミィ!というウィスパー
ですね。
 「ハーフムーン・セレナーデ」の方は、
初の自作曲シングル&熱唱バラードと
いうことで、私も大満足でしたが、
河合奈保子=非実力派と誤解していた
周囲の人たちが、次々と改心していった
のも感動的でした。それでも、まだまだ
誤解はありましたが・・。大変しつこくて恐縮
ですが、『Eternal Ballads』を聴いた感想で、

奈保子さんの歌唱力に目覚めた
という音楽ファンの方がいらして
大変嬉しく思います。


オフコース
「夏の日」('84)
H2O
「想い出がいっぱい」('83)
郷ひろみ
「哀愁のカサブランカ」('82)
(↓こちらは
20年間を綴ったお得なベスト盤)


これはですねぇ、当時
高校の文化祭で1学年上の人が
青春モノの自主映画を作っていて、
その時の挿入歌が「夏の日」で。
今でも、加茂川べりを歩くと
この歌が口をついて出ますね。
(ちなみに、鴨川沿いの
川端通りを自転車で走ると
なぜか河合奈保子の
「太陽の下のストレンジャー」
が口をつくのです。)

あと、この歌は小田さんの歌の中でも
ムチャクチャ高音、ではないということで、
変声期終盤の自主トレーニングに
ちょうど良かったんですよねぇ。
ちなみに、今では2度下げないと
歌えません。(苦笑)
(このベストでは、
新旧の想い出がいっぱいが
楽しめます。)


初めて購入したシングルレコードが
「想い出がいっぱい」なんですね。
あの切なーい歌詞とメロディーが
好きだったんです。アニメ自体は、
全然興味なかったのですが
(今でも、ストーリー想い出せない
・・。)エンディングだけは、いつも
見ていた記憶があります。

実は、この曲、多くの人に人気で
様々なコンピに収録されているの
ですが、05年秋頃、ちょっと変わった
切り口でコンピに入れて、新鮮に
聴けるように今練っているところです。

あらあら、男性の歌はどれも
切なさがにじみ出ていますねぇ。
ホント、この頃自分ひとりが不幸を
背負っているかのように考えること
があって、というか、そういう哀愁に
憧れてたんだと思う。だって、
確かに家は裕福ではなかったけど、
毎週オリコンは買っていたし、
好きな歌番組はベストテンノート
持参(笑)で、独占していたし。
で、この「哀愁のカサブランカ」は、
まさにその大人への憧れで
好きだったんでしょうねぇ。ほら、
女の子たちが『大人への出発』を
回し読みしていた感覚みたいな
ものではないでしょうか。(微笑)

ちなみに、写真は、ソニーから
出ている季節コンピ。
秋の夜長と上手につきあう17の知恵
山口百恵と太田裕美と岩崎宏美と松田聖子を
贔屓しすぎのような気もしますが(笑)、
好きな方にはハマるはずです。

柏原芳恵
「ロンリー・カナリア」('85)
松本伊代
「抱きしめたい」('82)
中島みゆき
「やまねこ」('86)

(↑こちらは、最もお手頃に
シングルが楽しめるベストです。)
この作品は、中島みゆき作詞・作曲
なんだけど、本当に深遠。
不倫といえば、それまでかもしれない
けど心理描写が細かい。男のズルさ
と女の切なさが中島みゆき独特の
対句表現で語られています。
でも、そういった粘り気のある歌詞が
サラ〜っとアレンジ(「恋ほど素敵な
ショーはない」の梅垣氏)されていて、
しかも柏原芳恵がポップに歌っている
ので、当時はそれが好きでした。でも、
その4年後、中島みゆきがセルフカヴァー
した時、この歌の真意を知り、
さすが中島みゆき!!と唸りまくりました。
(←こちらはベスト。)

この曲の前2作は、糸井重里氏が
夢の中のアイドルみたいな世界を
作り上げていたけど、ここで
等身大の世界に挑んだのです
よねぇ。当時は、段々下り坂になる
彼女の人気が可哀想なのもあって、
余計にこの歌を応援していました。
しかし、最近はTVに出て、水泳大会は
歩いても決勝進出だったとか、自分の本は
自分で書いたことがないとか、歌番組は
大抵口パクとか、「アイドル」と呼ばれた人が
皆いい加減な仕事をしていたと思わせるほど、
彼女の発言は時に害虫的存在です。
折角、「時に愛は」など歌謡史に残る名作も
多いのだから、志は高く!お願いしますよ!

この『36.5℃』というアルバムは
ホント大好きでしたね〜。あ、
「いつ過去形に変わったの」とか
言わないで下さいよ。今も好きですが、
今はもっと暖かみのあるみゆき節が
もっと好きになったので。でも、この
時のちょっと冷めたアレンジや歌い方
この世知辛い世の中を表して
いるようで、何ともいえず好きでした。
特に、好きだったのが「やまねこ」。
この歌、多分ウチの風呂で
500回は歌っているはず。
EVEのコーラスも好きですね〜。
他にも、「HALF」とか「毒をんな」とか
考えさせる名作いっぱい!シングルっぽい
音が好きな人にオススメ!



<3・大学〜大学院>
その後、大学に進学し、'89年まで家の事情もあり アルバイトに明け暮れているうちに時は過ぎた。
その間の音楽観も大きく変わることなく、相変わらず中島みゆきと河合奈保子を聞いていた。
前者では、さらに言葉の深遠な世界に浸り、歌詞集やエッセイ集・小説、他の歌手への提供作など
かなり集めていった。後者は、単にシンガーにとどまることなく、'86から始めた作曲のセンス
(彼女のメロディーは 独特な「 "憂"いを含んだ"優"しさ」がある)や、人に罵られてもそれに抗わず、
自分の意見を持ち続ける人柄にも惹かれ、彼女に関してのエアチェックもよくするようになった。

僕は理学部化学専攻で、卒業研究に実験をする必要があった。
実験というのは、測定・解析時間が律速になることが ままにあり、夜中に突入することも しばしばだった。
ある夜、眠気覚ましに「歌うヘッドライト」を聞いた。その中でカラオケランキングというのがあり、
八代亜紀の「花束」、堀内孝雄の「恋歌綴り」あたりが常に上位だった。

しかし、関西ではこれらより遥かに支持されていた歌があった。
中村美律子「大阪情話」である。
初めて聞いた時、「なんや?このねちっこい歌い方のおばはんは?」というのが正直な感想だった。
しかし、なぜこの若くもない(であろう)人が支持されているのか理解できず、それが気になって
仕方なかった。それで、意を決して(?)レコード店に行き、彼女のCD「リサイタル大阪情話」を買ったのだ。
(当時は、恥ずかしくて、「親に頼まれて..」とか能書きをつけたものだ(^^;))
このCDは前半、人の歌を歌って、後半オリジナルを歌うという構成であったが、
まず 前半いきなり「イヨマンテの夜」であっけに取られた。
これだけ、人の歌を一生懸命、しかも感情を込めて歌う人はまれだと思う。
これが、彼女が着実にファンを獲得していった一因と感じた。後半も、「大阪情話浪曲バージョン」で
この曲に込められた意味が非常に深遠であることを知らされ驚いたが、
その後の「瞼の母」(これもカバーであるが、後にシングルカットされ彼女の代表作となる)に感涙した。
この絶妙なセリフ回し、まるで我が事のように自然に目頭が熱くなった。
ラストは「河内おとこ節」、これも彼女の天性の明るさがよく出た作品で、聞きおわった頃
にはすっかり気に入ってしまっていた。

僕がそれまで演歌を敬遠してたのは、一辺倒なのが多いからであったが、彼女の歌を通して
演歌のそうではない部分、更には、様々なジャンルの音楽の型に捕われない部分に
注目するようになったと言えるだろう。

更に、大学院に進み、奨学金をいただくようになり、いくらか裕福になったので、
これまで買えなかった河合奈保子のアイドル時代のCDを全て揃えようとした。
ら、全て「製造中止」になっていた。「廃盤」は、レコード会社に回収されるのに対し、
「製造中止」は、探せばまだどこかの店頭には残っているのだ。
ここから、僕のCDショップ渡り歩きはスタートし、新品の店だけでは調達不能となり、更に中古CD店へ
とエスカレートしていった。中古CD店へ行くと、聞きたかったCDが定価の半額以下で
買えたりするので、貧乏症の僕は余計にハマった。関西では店数が少ないので
中古の品数に限りがあったことが、色々な音楽にはまらずに済み、まだ救いであったかもしれない。(^^;)

付記:この頃の歌で特に印象に残っているもの
河合奈保子
「十六夜物語」('87)

「Dear John」('88)
中島みゆき
「おだやかな時代」('91)
「誕生」('92)
中村美律子
「河内おとこ節」('89)

「瞼の母」('91)

ホントは上記オリジナル
『JAPAN』『Membeers Only』で
聴いて欲しいですが、Amazonでは
売ってないので、BOXを貼っておきます。
(あ〜る盤では聴けますので、
詳しくはコロムビアHPを!)

とにかくドラマティックな歌唱が
堪能できる2曲!
 
中島みゆきの歌唱、作詞と作曲の
バランスが最も取れているアルバムが
この2作だと思っています。
それ以前は、ヴォーカルが弱いし、
かといってこれ以降は、みゆきさんも
人間が丸くなってか、ドギつい言葉も
少なくなっていますし。
で、「おだやかな時代」は、PVも
感動的で、夢に向かって生きていた
時代を思い出します。対する「誕生」は、
初めて聴いたとき感動で言葉を
失いました。自分が生まれた事に
何かしら思いがある人は
聴いてみるべし。

まぁ、この2曲は初期の代表曲みたいなもの
なので、どのベストでも大抵入っています。
ちなみに、LIVE盤では伝説の歌謡浪曲が
聞けます。これを聴いて美ッちゃんパワーに
ハマった人は、是非LIVE盤をどうぞ。
(演歌歌手というカテゴリーで、
LIVEアルバムが過去に7作も出ている
ということ自体、物凄いことなんですよ。
しかも、どれもそこそこ売れていますし。)
とにかく、シングル1曲では語れない
奥深さが堪能できます。
和田アキ子
「別れの余韻」('91)
前川 清
「花の時、愛の時」('87)
美空ひばり
「川の流れのように」('89)

私は、これの前の前のバラード・
セレクションでこの「別れの余韻」を
聴きました。ちなみに、作詞は
「ハーフムーン・セレナーデ」でお馴染みの
吉元由美さんです。なんか今でも
聴くとしゃくりあげそうになるほど切ない
歌なんですよ。
で、その'91当時アルバムのみの
新曲だったのに、それ以降の
ベストに必ず入ってるんです。
いつかご本人に会ったときに告ります。(笑)

私自身は、'88発売のアルバム
『歌手』で前川さんの魅力にドップリと
ハマりましたね〜。
もう泣ける女歌が秀逸で。
でも最も聴いたアルバムは、右側の
『バラード・セレクション』でして、
GLAYの「HOWEVER」が!
サザンの「真夏の果実」が!
ナガブチの「乾杯」が!!
すべてキヨシ節に変身しています!
これ絶対に絶対に貴重盤です!


安易ですが、私はひばりさんの
歴史をとてもじゃないけど語れません
ので聴きやすいベストを挙げました。
それでも50曲あるので、他のベストで
必ず出てしまう「あれがない!」と
いうのはほぼ解消されます。
(なお、「関東春雨傘」は、クラウン音源
ではなく、コロムビア再録音だそうです。
鈴木伸男様ご教示有難うございます!)
ちあきなおみ「紅とんぼ」('88)
「百花繚乱」('91)
八代亜紀
「花束(ブーケ)」('90)
中森明菜
「NIGHTMARE」('88)
「燠火」('88)

長期休暇は決まってアルバイトをしていて、
配達助手でラジオをよく聴いてたん
ですよね。その影響で、ちあきさんの
歌の上手さに気づきました。
「紅とんぼ」はドラマがあって、
いまだ彼女以外に唸った歌唱を
聴いたことがないです。あと、最後に
出たオリジナルアルバム『百花繚乱』
なんて演歌ともポップスともつかない
名作です!両方を堪能したい人は
このバーチャルコンサートがオススメ!

八代亜紀は「ひるの歌謡曲」の
5日連続放送でドップリハマりましたね。
特に、売れなくなってからの
挑戦作が凄い!この服部克久
メロディーの「花束」にしても、
'93のやさぐれ女の「カラス」にしても、
その後の「ほんね」なんて
ジーンズ履いてブギでした
し。
とにかく、八代さんは異色作を
自分のものに出来るところが◎っす!
 
この年って並べてみると、
圧倒的に演歌に目覚めて
いるんですよね〜。(照笑)
そんな中、ノンシングルなのに
果敢なアルバムを出していた
中森さんは、かなり聞きましたね。
前者は、シングルボツ作品集だけ
あって、まるでアナザーベスト!
後者は、『不思議』すぎた迷作を
ボーカル部分を取り直した
これまた別の意味で不思議な名作!

<4・社会人〜>
社会人となって横浜に住むようになり僕の音楽観は更に複雑、多種多様に変わった。
それは、首都圏の音楽事情に因るところが大きい。第一に、そこそこの名盤が安値で中古市場に
氾濫していること、第二に大抵のCDも大型店や専門店で注文せずにその場で買えること、
第三に相当マイナーなアーティストであってもLIVEを見ることができることである。
特に、この1番めが与えた影響は大きい。何しろ3年で200枚も買っており、その9割が中古 なのだから。
主に二つの方向で買い揃えていった。

一つは、中村美律子を聞く事によって 懐メロ・演歌にも興味を持つようになり、それらのベスト盤を
50枚近く集めていったこと、もう一つは、破格で売っていたあるアーティストのCDに熱狂し、遂には
全てのCDを集めていったこと。
後者には、岩崎宏美、SING LIKETALKING、DIAMANTESが当てはまる。社会人になってからも、
中島みゆきや中村美律子のように「言葉を言霊に変えうるほど」までに「感情的に歌う」アーティストは
依然好きではあったが、二人とは別に感情的に歌い、それでいて音程が安定しているボーカリストにも
惹かれるようになったのだ。

活動再開後の岩崎宏美さんには本当に期待している。
何せデビュー20年を過ぎたのに、今でも活き活きと歌っているのだから(いや、更に磨きがかかったと
確信している。)。S.L.T. の佐藤竹善氏や DIAMANTESのアルベルト城間氏の歌を聞いて、
彼らが流行に惑わされることなく、本当に好きな音楽だけやっているのだなぁということに感動した。

このころ、やっと分かったのだ。自分がポップスや演歌から何を欲していたのか。
それは格好良いリズムでも使い古された言い回しでもない。音程の安定度については
、人並み以上には気にしているかもしれないが、それは、音符との整合性を見たい訳でもない。

僕は、それを通して感情溢れる魂を感じたかったのだ。 演歌であろうと。ポップスであろうと。
たとえ、自分の口からふと生まれ出る偶然のメロディーであろうと。

付記:'93-'96に聞いて特に印象に残っているもの
岩崎宏美「そばにおいて」('95) 工藤静香「声を聴かせて」('92) SING LIKE TALKING
「La La La」('91)

’95の20周年アルバム。
全曲歌い直しされており、
80年代の優美さに力強さが
加わって魅力的。
個人的には「思秋期」の変化に
感涙。

『ミレニアム・ベスト』とは
名ばかりで、ペッラペラの紙の
ケースに3枚組のCD-Rみたいな
CDが入っています。(笑)
でも、楽曲のバラエティーは
他のアーティストの追随を
許しません。

こちらは'98までのベスト盤。
「La La La」は本当に泣いて
しまうほど名曲!
この歌が好き、といえば、
10人は優良な音楽ファンの
友達が出来るはず!(微笑)
DIAMANTES
「勝利のうた」('94)
中島みゆき
「ひまわり"SUNWARD"」('94)
中西保志
「一日の終りに」('93)

DIAMANTESは時期や
アルバムによって作風が
大きく異なるので、無難に
まずはベストからどうぞ。私の
十八番の「魂をコンドルに乗せて」
も収録。(微笑)

このアルバムは、当時
「空と君のあいだに」がヒットし、
その勢いで買って、聞き飽きた
オバカさんがいるので、(笑)結構
中古でみかけますね。でも名作が
多いです。「アンテナの街」とか
京都を理解したいなら聴くべき、かも。

中西さんのバラードは
よく聞きましたねぇ〜。
この方ほど、実直さが
声に出る人も珍しい。
本当にいい声をされています。
中村美律子
「歌謡浪曲「瞼の母」」('96)
夏木マリ
「むかし私が愛した人」('95)
本田美奈子「つばさ」('94)

たった4曲で60分という
真剣勝負な1枚。
演歌なんてどれも一緒でしょ?
という人は、これを聴いてから
モノを言いましょう。これだけ
ヴォーカルにうるさい私が
好きな理由は聞けば分かる。


これもよく聴きました。雰囲気だけで
歌えるマリさんに酔いしれることの
出来る1枚。「絹の靴下」のイメージ
だけのおっさん連中によくバカに
されましたが、分からない人には
一生分からない下世話とアウトロー
の違い。

「つばさ」のロングトーン、
生で聴いた人は、必ずや
鳥肌が立つはずです。また
名演「命をあげよう」も収録!
こうやって見てみると、
わたしゃ先入観で聴かれない
人をちゃんと聞くのが好きみたい
ですわね!

吉田美奈子「BEAUTY」('95) 中西圭三 featuring
米倉利紀「非情階段」('94)
米米CLUB
「GUTS SHAKER」('97)

久々に山下達郎が参加して
大いに盛り上がったアルバム。
音楽への崇高な想いが
ぎっしり詰まった1枚です。

久保田利伸がどんどん難しい
方向に進んでいった時、中西さんの
J-POPっぷりが好きでしたね〜。
特に、この曲はスリル感が◎

米米CLUBのラスト
アルバム『PUSHED RICE』
(押し米=おしまい)から。ハメを
外しすぎることなく、クールな楽曲
が多くて好きです。




<5・終わりに−たかが歌−>
今、流行っている歌というのは、ボーカルそのものの存在よりもリズム若しくは(ビートルズ等に
インスパイアされたであろうチープな)演奏が先行しがちで、明らかに僕自身が好んで聞いている
音楽との overlapは少ない。勿論、それらが間違いとも思わないし、現にメガヒットを続出させている
実績から判断すれば、正しいと主張するのも悪くなかろう。

ある人が僕にこう言った。

「たかが歌に、そんなにエネルギー使ってどうするの。 BGMにしかならないよ。
売れているのだけ聞いておけば、カラオケでも笑われなくてすむのに」

その人の中では全く矛盾のない意見であった。ただ、ちょっと寂しいなと感じるのは、
もっと「人間くさい」、「その人でしか聞けない凛然としたボーカル」にも 耳を傾けてもらえたら
とも感じることだ。時にはそうしないと、勿体ないと思う。

だって、「たかが歌」というのは、言葉に節をつけただけでも、その言葉の意味が
いろいろな人の立場によって、また同じ人でもその日の体調によって幾重にも変わっていくものなのだから。

そう、「たかが歌」に込められた「されど」に自分に似た作り手の意図を感じ取った時、
より自分に合った音楽探しが始まるのではなかろうか。 そうして見つけた何かを、
いつか僕に教えてください。待っています。
('97.3.1記)




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