臼井孝&つのはず誠の仕事について
(2001年〜2002年)

マーケティングアナリスト:臼井 孝
としての仕事
音楽チャートアナリスト:つのはず誠
としての仕事
2007年
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2005年

2006年
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2003年

2004年

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2002年

4月:特許出願
(音楽ランキングの分析方法について)

8月〜:マーケティングコンサルタントの顧問を担当。
(〜2006年6月、契約満了)

9月〜11月:ドリーミュージック販促用機関紙「D-net」にて、
<1>沁みる系アーティスト 柴田淳
<2>二度聴きのススメ 未来-MIKU-/柴田淳
<3>初めての懐かしさ 
 スピッツカバーアルバム『一期一会』
の分析を担当。
このうち、「沁みる系アーティスト:柴田淳」というのが、
一部のマスコミに取り上げていただき、この言葉が
ちょこっとブレイク。
しかし、あるメディアが、同時期に盛り上がっていた
一青窈さんを表す言葉として使ったことから、
積極的に使わない方向に。
1〜12月:『日経エンタテインメント!』ネット版で
「週間音楽チャート分析」を連載。

(12月最終週で終了。愛読者の皆様、どうも有難うございました。)

3月:河合奈保子3枚組DVD BOX『Pure Moments』
(COBA-4154〜4156)の作品解説・監修を担当

3月〜:学生時代からの願いであった
『CDジャーナル』のCD試聴記を担当。
(5月〜は新譜紹介(PICK UP ARTISTS)も担当。)
ちなみに、最近はインターネットの各サイトでも
引用されているので、読んでいる方は意外と多いのです。
(ただし、文責はCDジャーナルとなっています。)

4月〜:『日経エンタテインメント!』本誌にて
「つのはず誠の月間音楽チャート診断」の連載開始

(2p)
・・この連載にて、「つのはず誠」を知って下さった方が
多いようです。ちなみに、白黒ページなのは、不人気だから
ではなく、速報性の高い記事だからだそうです。
(編集さんの私への慰め??(苦笑)いえ、信じています!)


6月:『CDジャーナル』にて「女性アイドル」を
80's⇔'00'sで比較して解説

9月:『CDジャーナル』にて「ドラマ主題歌オムニバス
ブーム」を解説
・・当時、文章のまとめ方がまずくて、
担当の清水さんには大変ご迷惑をおかけしました。


9月:BOYSTYLE 2ndシングル「ハピネス」
(TECI-41)のチラシ用解説を担当。

10月:別冊宝島690『100万人のアイドルポップス』
石川秀美、荻野目洋子、斉藤由貴の作品解説を担当

12月:BOYSTYLE 3rdシングル「風になって 空になって」
(TECI-44)のチラシ用解説を担当。
2001年 1月〜: この頃から、
<1>アンケート分析+これに基づく宣伝展開の提案
<2>アーティストの制作面、宣伝面からの
分析レポートの作成
<3>音楽マーケット調査

という3本柱が確立し始める。
(もちろん、私一人の力ではなく、周りの人々の
協力あってこその功績です。)
 そして、この調査や分析が更に進んで
「こんなCD出してみれば?」という翌年以降の
企画実現に結びついてくる。



10月:桑田佳祐シングル「白い恋人達」のミリオン・ヒット
に向けての分析で(少しだけ)貢献。
これがきっかけで、様々なアーティストの分析の
お仕事も増え始める。
1〜12月:『日経エンタテインメント!』ネット版で
「週間音楽チャート分析」を連載。


4月:『日経エンタテインメント!』ネット版で
「宇多田ヒカルVS浜崎あゆみ」の同時発売について
分析を掲載。

5月〜:『日経エンタテインメント!』本誌にて
月間音楽チャート診断(2/3p)が始まる。
(翌年3月まで)

9月:河合奈保子4枚組CD BOX『Jewel Box』
(COCP-31633〜31636)の作品解説を担当

12月:『日経エンタテインメント!』本誌
年間チャート診断(4p)を担当
 ・・といっても、当時は、トピックスを言っただけで
小川副編集長(現・編集長)が読みやすい言葉に
直して下さっていました。エンタ!さんとの仕事はは今でも(汗)、
言葉の面で大変勉強になります。

2000年
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