「ありがとう、ラッシュとパティのいる生活」編
6月3日、ラッシュ(ゴールデンレトリバー♂)がこの世を去った。
13歳と12日だった。
とうとう終わってしまったよ、ラッシュとパティのいる生活。
パティ(享年10歳7ヶ月)が死んでから、ラッシュと過ごすのんびりした時間を心がけていた。
ドッグカフェにも毎週よく行ったなあ。
ドライブも毎日したよ、旅行もたくさんしたよ。
2月から病院通いが続き、全身麻酔による手術をした翌週、どうにか13歳の誕生日を5月23日に迎えられた。
誕生日後からは、急速に体力が低下し、もう前日の体力がないことがハッキリと分かる日々になった。
誕生日ケーキを喜んで食べた時間がウソのようだった。
ほとんど食事を摂らなくなり、次には歩けなくなり、最期の二日間は、どこが痛いのか分からないような泣き方をしていた。
ラッシュ最期の日となった6月3日水曜日は、仕事がオフだった。
このオフこそ、俺に授けられた時間だったと思う。
朝から身体を拭いてあげたり、語りかけたり、添い寝したり、寝ている向きを変えたりと、自分にできる限りのことをして過ごしていた。
ラッシュ、つらいよな、ここまでよくがんばったなと、抱きしめているときに涙がこぼれ落ちた。
ラッシュの前で泣くのはやめようと心に誓っていたが、堰を切ったように涙が溢れ出た。
もうこれ以上ラッシュをつらい目に遭わせたくないという思いでパティの遺骨を抱きしめて、ラッシュを迎えにきてやってくれと頼んだ。
ラッシュが永眠したのは、その1時間後のことだった。
洗濯物をするために俺が離れたホンの数分の間に、ラッシュは、この世を去った。
最期まで俺に気を遣ったんだろうな、ラッシュらしい最期だったと思う。パティがきっと迎えに来てくれたから、寂しくはなかったと信じている。
犬バカみたいだけれどね、俺にとってはラッシュは仕事での重要なパートナーだったんだと気づかされている。
WILLINGは、勉強以外のことも楽しもうとする場所でもある。食事会も、海に行って泳ぐときも、お別れ遠足も、高原セミナーも、スノボーも、ドライブも、いつもラッシュとパティを連れて行った。
みんなが遊んでくれて、逆にみんなを遊んでくれていた。
ラッシュが死んだ数日後、M保さんと気晴らしに代官山でイタリアンを食べた。
レストランで、出てきたパンを見て、涙が止まらなくなってしまった。テーブルで号泣だった。
ああ、もうこのパンを持って帰っても、ラッシュはいないんだ、もうラッシュパティのいる生活が本当に終わってしまったんだと、急激に寂しさが襲ってきた。
ラッシュとパティのいる生活は、心が潤された貴重な時間だった。今まで暮らした犬や猫で学習済みのはずだから、 時が解決して癒されていくことは分かってる。
分かってはいるけれど、記憶力の悪い俺としては、忘れていく寂しさというものが大きすぎる。このまま思い出さない日がくるかもしれない心寂しさがある。
人はときに、哀しみの中に癒されることもある。
ラッシュがこの世を去ってから一ヶ月が経った。
寂しさは限りない。
けれど、ラッシュがいてくれたことによる感謝が日増しに大きくなって、ラッシュの愛に包まれているような、そんな気持ちも抱いている。
ラッシュがいてくれた日々に、心が潤されたアクティブな時間に本当に感謝している。
とうとう終わってしまったよ、ラッシュとパティのいる生活。
今はただ、いつも一緒にいてくれた今までの日々に感謝している。
さようなら、ラッシュとパティのいる生活。
ありがとう、ラッシュとパティのいる生活。
追伸
ラッシュ闘病時のお見舞い、最期のお別れなど、たくさんの人に来ていただき、本当に感謝しています。
多くの花束とみんなの愛に囲まれてラッシュはこの世を去れました。
励ましのお電話やメールなども戴き、ありがとうございます。
心から御礼申し上げます。
ありがとうございました。
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ドッグカフェですぜ、何か食わせてくれよラッシュ
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酔っぱらいは困りますぜ、寄り添うラッシュ
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たこやきうまそうだぜ、ラッシュ
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