生きて働くサタンの認識


                           誰もが正しく生きたいと願い、愛と平和の世界を願っているのに、悲しみや憎
しみや不幸が渦巻く社会が現実の世界です。
 ごく普通のおとなしい隣人がある日突然マスコミ沙汰になり、「あんな事件を起
こすような人には思えませんでしたが」というような犯罪が増えてきました。    
 自分の人生を振り返ってみても、「あの時、どうしてあんなことになってしまっ
たのだろう。元に戻ることができたら」と思うことがいくつかはあるはずです。
まるで、何かに見入られたかのように、吸い寄せられたかのように、不運や悲劇
に遭遇し、不幸になってしまう。運のいい人はさらに幸運に恵まれ、運の悪い人
はどんどん不幸になっていくということが、実際に起こっています。
 不幸や悲劇には、その背後に人間の不幸を願って、意図的に問題を難しくし、
妬みや嫉妬、不安をあおって判断力を奪い、悪事に走らせる目に見えない存在が
あるのではないかとさえ思えてきます。
 この目に見えない霊的な存在のことを、宗教では悪魔、サタンと呼び、人間と
神にとっての最大の敵としています。この生きて働くサタンを認識しているかど
うかというのは、幸福になれるか、不幸になるかを左右する重大なポイントなの
です。  

心にささやきかけるサタン


  人間は、正しいことを求めながらも、悪を好むという矛盾した心を持っていま
す。
「ちょっとぐらいだから」
「みんなやっていることだから」
「誰も見ていないから」    
 心にささやきかけてくるこの声は邪心とも呼ばれ、ちょっとぐらいのつもりの
軽い気持ちでスタートさせ、だんだん深入りさせ、最後には抜け出すことのでき
ない泥沼に引きずりこんでいきます。         
 さらに、善悪の判断力を奪い、怒りや憎しみで人をなぐったり、殺したりさえ
してしまいます。
 それは、人から無視されたり、馬鹿にされたり、自分の立場を否定されたり、
プライドを傷つけられたりした時。あるいは、自分以上の存在が現れて、自分の
影が薄くなり、寂しくなり、妬みや嫉妬心にかられるようになった時などに、そ
の怒りや妬み、憎しみなどの心を煽って、「やってしまえ、殺してしまえ」と、
けしかけてくるのです。
 この時、冷静になって自分の心を煽っている悪の勢力を見ぬかなければなりま
せん。まさにサタンが人間をとりこにしている瞬間であり、この時の目は異様な
光りを放っています。
 聖書には、「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は城を
攻め取るの者にまさる」と書かれています。 
また、弟アベルの供え物は受け取ったのに、自分の供え物は受け取ってもらえ
なかったことに腹をたてていたカインに対して、神は次のように語っています。
「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。正しい事をしているの
でしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、
罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを
治めなければなりません」。
 怒りや憎しみは、自分の心のようですが、実は自分の本心ではなく、煽られて
増幅された邪心であり、自分のようでありながら、自分ではない悪の霊的な力な
のです。カッとなって人をなぐってしまったとか、殺してしまったということが
多いのです。そこまで行かなくても、怒りにまかせてひどい悪口を言い、人間関
係がこじれてしまったという体験を多くの人が持っているはずです。
 人間のプライドをくすぐり、怒りや妬みで、悪の力を燃えあがらせようとする
闇の勢力が、自分の心にささやきかけてくる時、それをサタンと見ぬいて、激し
く戦わなければなりません。なぜなら、その勢力が人と人との関係を切断し、不
信させ、戦わせ、不幸の世界を作ってきた張本人だからです。    
 世界の悪の根源は、政治体制でも経済体制でもなく、実は人間の心にしのびよ
ってくる、悪の勢力、サタンなのですから。
 もちろん現実の世界は、一人ひとりの人間が、善意と知識と努力を持って生き
ている世界です。社会をより幸福で愛と善意に満ちたものにしようと努力してい
ます。
 しかし、その背後で親子夫婦、人間と人間、民族と民族を対立させ、混乱させ、
不幸にさせようとしている悪の勢力が確実に働いているのです。
 今日の世界は、東西のイデオロギー対立がようやく終わったかと思うと、宗教
紛争、民族紛争でますます混沌となってきています。
 アメリカが軍事力をもってしても、解決することはできません。なぜなら、こ
れは目に見えない勢力との戦いだからです。
 今までの宗教や思想でも、不可能です。それは、悪の根源を解明できておらず、
その正体をどう見抜くのか、どう戦って克服したらいいかを完全には教えてくれ
なかったからです。       
 しかし終末と呼ばれる現代に、神は救世主を遣わして、この奥義を解きあかし
てくださいました。