霊界と地上界との夫婦愛



 女性の私がこういう内容を語るのは恥ずかしいのですが、霊界の真実を知って

いただくため、あえて霊界と地上界との性生活について語らせていただきます。

今、日本ではセックスレス夫婦が増えていて、妻は女ではないとか、50代に

なったら一年に数回しかないとか言われています。しかし、統一教会の文鮮明先

生は、夫婦の愛と性生活の大切さを説き、自分の性器は自分のものではなく、相

手のものであり、相手、つまり夫か妻の喜びのために用いなければならないと語

っておられます。

そして、夫婦が真の愛において結ばれるその場は、神様も天使も先祖も喜んで見

ておられる場であり、最高の愛に包まれ、神聖な場であり、神様に一番近づける

場所であると語られます。

パパは、酒井正樹というペンネームで「愛と人生の極意」という本を書いていて、

恋愛と結婚、性、真実の愛などについて分かりやすく説明していますが、実はこ

の本が出版された後に、韓国で文鮮明先生と直接お話しさせていただくという恵

みの時がありました。

幹部を含めて千名くらいの教会員が、文鮮明先生のお話を聞いていました。文鮮

明先生は教会員たちの真ん中の通路を歩きながら、真の愛について語っておられ

ました。そしてパパの前に来られるとパパを見て、「君は夫婦生活をする時に恥


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ずかしいか?」と突然質問されたのです。

パパは驚きましたが、「いいえ、恥ずかしくありません」と答えました。文鮮

明先生は「なぜか?」と更に質問をされました。パパは、「神様とお父様から

祝福されたのですから」と答えました。

文鮮明先生は「祝福?」と聞きかえされました。会場の皆さんもどっと笑い

ました。文鮮明先生は「真の愛、真の愛があるから恥ずかしくない」と語られ

ながら、お話を戻していかれました。

 この時の文鮮明先生との思いがけない会話は、出版されたばかりの「愛と人

生の極意」への、神様と文鮮明先生からの励ましの言葉だ、パパは感謝しまし

た。

幹部から文鮮明先生に、パパがそういう本を書いた者として紹介されていた

わけではありませんでしたから、この時に何故こういう会話になったのか、

その真意を知っているのは、神様と文鮮明先生とパパだけだったのです。

こういうパパですから、夫婦のセックスについても、単なる男の本能だとか性

欲だとかいう理解ではなく、本来神様がエデンの園で願ったセックスとは何か、

自分たちのセックスがそれに近づくようにと、真剣に考えていました。ですから

家庭を持ったばかりの頃の数年は、お祈りしてからのセックスでした。

若い時のセックスは、パパに言わせると性欲が先行してがむしゃらでしたが、年


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を取るにつれ、愛情がともなうようになり、やさしく愛してくれるようになりま

した。そして肉体的喜びとともに、心から満足し、安らげる世界に近づいていき

ました。私もパパも、セックスを通じて心から神様に感謝できるようになりまし

た。

「世界の中でただ一人の女性に、自分の心も体も欲望もありのままにさらけ出し、

心が癒され素直になっていくのが分かる。ママはパパにとって生きた神様であり、

生きた救い主だよ。神様がママという存在を遣わしてくださって、パパへの愛を

示してくださっている。パパは最高に幸せで、ママと一緒なら何も欲しいものは

ないよ。夫婦の性生活が、実は神様の愛と救いが、一番実感できる場だというこ

とが分かるようになって嬉しいね。これが霊肉ともの救いということじゃないか

な」と、パパはよく言っていました。

 パパは工学部出身ですから、夫婦生活についても面白い理論を語ります。

 「心を、愛情に満たされた最高の状態、普通の状態、疲れていて無感動な状態

の三通りに分類する。体を元気はつらつ状態、普通の状態、疲れていたり、具合

の悪い状態の三通りに分類する。そうすると人間は心と体の組み合わせで九通り

の状態に分類される。パパもママもそれぞれ九通りだから、夫婦の性生活は、八

十一通りになる。仮に四日に一回あったとしても、八十一回というと、ほぼ一年

だから、最高のセックスは一年に一回くらいとなる。同じことをしても、毎回違

うように感じるから面白いし奥が深い。これは修行道だね。毎回パソコンに記録


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して研究しようかな」

 さすがにパソコンに記録することはしませんでしたが、私もパパのおかげで夫

婦愛の深い世界と喜びを知り、パパに本当に感謝しています。

 私の肉体の命が終わってしまう二年くらい前から、パパは変なことを言うよう

になりました。

絵描きが、愛する女性の裸体を描きたいという気持ちが、よく分かるというの

です。そして、

「ママのヌードを写真にとりたいな」とか、「セックスで愛しあっている時のマ

マの姿を、ビデオに撮りたいな」とか言うのです。

若くてスタイルの良かった時ならまだしも、五十代ともなると、お腹も出てい

ますし、自分でも耐えられません。もちろん激しく拒否です。顔のアップの写真

も嫌なのですから。

 するとパパは、愛しあっている最中に、私の顔や胸をじっと見つめているので

す。「このママのかわいい表情や姿を、完全に記憶しておかなければならない」

という思いにかられてのことだったそうです。そして、私とのセックスを可能な

かぎり体験しておかなければならないという思いにかられ、三日に一回というの

が、パパが考えたスケジュールとなりました。

 私は、「我が家はありすぎよ。私はもう何十年先の分まで満足しちゃったから、

ずっと無くても大丈夫よ」と照れかくしに言っていましたが、その言葉通りにな

ってしまいましたね。

 朝出かける時も夜帰ってきた時も、パパは私を抱きしめてキスしてくれました。


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そしてセックスの無い日は、心が満足するまで抱き合ってキスするということに

なりました。今から思えば、地上での別れのために、普通の夫婦が一生かけて愛

し合う以上の世界を、体験させていただいたのだと思います。

 実は、パパが昇華式の日に棺に入れてくれたラブレターには、「これからは、

霊界と地上界との夫婦愛だよ」と書かれていたのです。

 私が霊界に来てから、パパの生活が元に戻るまではかなりの時間がかかりまし

た。まず、葬儀後の事務処理、生活の建て直し、引越し、二人でやってきた内容

をパパ一人でやれる体制作り。もちろん、寂しさや、後悔や、悲しさなども全部

通過します。会社の仕事もきちんとやらなければなりません。

 私も霊界で自分の居場所が決まり、神様や霊界の先輩からの訓練を受け、力を

つけてくると、一番気になっているパパの所に行きました。パパの心に働きかけ

て、私が目には見えませんが、いつも一緒にいて守っていることを感じさせてあ

げました。パパは帰歓式の時に私の思いを感じとってくれましたし、私の気配を

感じてくれる人ですので、一番現れやすいのです。

 でもパパは、

 「いつも一緒にいてくれることは分かったけど、そこまで出れるんだったら

 夢の中で夫婦としてセックスしたいな。ママ、今晩パパの夢に現れてよ。


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 ママと愛し合いたいよ」

と毎晩のように言ってくるのです。

 霊界初心者の私としては、これは相当に高度の技です。パパの気持ちには応え

てあげたいのですが、簡単にはできません。それに、私は霊界でまだ修行中の身

です。いろいろと許可を受け、どうしたら霊の存在が肉体として感じられるかの

テクニックも学ばなければなりません。

 しかし、霊界と地上界であっても、夫婦がお互いに思いあう愛があれば、こえ

られない課題はありません。

 私はある晩、パパの夢の中に入り、パパと夫婦として愛し合いました。パパは、

「実体とまったく同じ感覚だったのに驚いた。そしてママがそこまでしてくれな

くてもいいのにと思うくらい、丁寧にパパの体を愛撫してくれたのに感動した」

と記録に残しました。

 パパは、最後の数年間に、私と愛し合っているその表情や姿をしっかりと記憶

させられていましたから、パパの記憶を引き出して組み合わせ、私がそこにいる

だけでもパパの願いを満たしてあげられますからありがたいのです。

 実際、女性の私としては、肉体が触れ合うことによる喜びよりも、心が通じ合

う喜びのほうが嬉しく、生前もパパの腕の中で、「このままでいいの。ここから

先に行かなくても、私は満足したの」とよく言っていました。


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 夫婦愛でのセックスにおいては、お互いの肉体の満足を通じて、実は心が通じ

あえたという愛の世界を求めているのではないでしょうか。

 パパも若い時は、自分の性欲を満足させたいために、疲れていてそういう気分

になれない私とセックスし、「ごめんね」と後味の悪いこともあったようです。

 私が霊界に来てからの地上のパパとのセックスは、肉体的な実感の世界は与え

られるのですが、現実的に男性の射精を引き起こすことはできません。これは、

あくまでも現在の私の状態です。もっと能力が高くなればできるのかもしれませ

んが。

 しかし、肉体の満足以上の、深い心の喜びを与えることができます。愛でひと

つになっているという喜びです。この心地よさ、嬉しさがあるため、パパも地上

での夫婦生活との違いに不満は感じていません。

 結果的に私が霊界に来てからの二年間で、パパの願いに応え、パパの夢と思い

の世界の中で行った夫婦としてのセックスは、四回から五回にすぎません。でも、

二人の愛が高まっていけば、もっと自由に普通にできるようになるのかもしれま

せん。あるいは、心の中でひとつになっているという愛の喜びがもっと強くなり、

パパは肉体的喜びを必要としなくなるのかもしれません。

 ちなみに霊界の天国に近い世界では、夫婦が愛し合う姿はとてもすばらしく、

他人にも見えますが全然恥ずかしくなく堂々としています。最高の恋愛映画を見

ているようで、見とれてしまいます。音楽が鳴り、五色の光がきらめいています。


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 文鮮明先生は、統一教会で祝福を受け、真の愛で愛しあった夫婦は、片方が

霊界に行っても霊界と地上界で、夫婦として愛しあうことができると語ってお

られます。それは、私だけでなく多くの先輩家庭でも既にそうしたすばらしい

夫婦がいらっしゃいます。私は、統一教会で祝福を受けた夫婦となれたおかげ

で、こんな貴重な体験をさせていただき、本当に幸せだと思っています。

 パパは電車に乗っている時でも、仕事をしている時でも、時々私にキスした

り、抱きしめて愛撫してくれたりします。自分が愛したい時に愛せるし、出張

で外国に行く時も一緒にいられるから、地上にいた時よりも嬉しいと喜んでい

ます。

「パパ、私もパパといつも一緒にいれて嬉しいわよ」


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