どうして、釦をかけ間違えてしまったのか。
今となっては。
















Fairy Story -3-











『それ』は本当に、何の前振りもなく起こった。
二十代半ばの二年間は、時間が過ぎるのこそ早いけれど、その分貴重だと思ってた。
その二年間を『彼』と過ごしたことを後悔したことはなかったし、その先の時間も『彼』と過ごすことを当たり前のように思って、それ以外の未来なんて考えていなかった。
その時、までは。






―――『それ』が起こった次の日は、高校時代の同窓会が予定に入ってた。
楽しく騒げるような気分ではなかったけれど、前日になって不参加の連絡をするのも幹事をやってる友人に悪いし、既に新幹線の切符もホテルの予約も済んでいて、キャンセルの電話を入れるのも何だかもう面倒で。
そうして、最悪の気分を引き摺ったまま参加したその同窓会で、シマに再会した。


シマとは高校の三年間、ずっと同じクラスで。
何となく気があって、しょっちゅう一緒に騒いでいた。
実を言えば好きだったりしたんだけど、はっきり言って女扱いされてなかったものだから、好きなんて言うに言えずに。
そのまま卒業して、何となく疎遠になってしまっていた。


『久しぶりやんか。何や、あんま変わっとらんな、お前』
『そっちこそ。元気そうじゃん、今何やってんの?』
『俺かぁ?一応公務員っちゅー奴やな』
『こうむいんー!?シマがぁ?うっわ、似合わなーい!』
『じゃかましいわ!』
『なーに?何言い争ってんのアンタたち!』
『相変わらず仲ええなぁ、お前らー』
『あっ、ヨリちゃんに崎谷!ちょっと聞いてよー!シマってば今公務員やってんだってー!』
『え゙っ?』
『その反応は何や、ヨリ!崎谷も!』
『や、せやってお前、お前が公務員て……』
『ねぇ』
『『『似合わへんわー!!』』』
『そんなとこだけハモんなー!!』


変わらないやり取り。変わらない笑顔。変わらない友達。変わらない、シマ。
でも、楽しい再会のはずなのに、騒げば騒ぐほど気分は落ち込んでいった。
そんな気分をどうにか振り切ろうと勢いのままに杯を重ねて。
一次会が終わる頃、既にかなり酔いの回っていた私にシマが再び話し掛けてきた。


『おい、大丈夫か』
『何がぁ?』
『何がて、めっちゃ酔ってるやんけ、お前』
『だーいじょーぶだってー』
『そんなフラフラしながら言われても説得力ないっちゅーねん。二次会行くのやめとけ』
『何でそんなことシマに決められなきゃなんないのよ〜』
『心配してやっとんじゃ、素直に言うこと聞け、アホ!』


ぐい、と腕を引っ張られて、タクシー乗り場に無理やり連れて行かれた。
タクシーの後部座席に私を押し込んで、その後から乗り込んで来て。
私が部屋を取ってるホテルの名前を運転手のおじさんに告げた。


『何で一緒に乗ってんの?まさか一緒に泊まる気ー!?』
『アホか!俺は実家に帰るわ、ホテルまで送ってくだけや!』
『なーんだ……つまんないの……』
『あのなぁ、下手にそんな台詞口にすんなや、お前。変に誤解されても知らんぞ』
『……別に、いいよ』
『……?』
『誤解して、よ……』


許容量を遥かに越えて飲んだお酒のせいで、その時の私はどこかおかしかった。
前日に起こった『それ』のせいで、自暴自棄になってたところもあったかもしれない。
ゆっくりと発進したタクシーの後部座席でシマの肩にもたれて。
ふわふわと覚束無い意識の中、熱っぽい瞼を伏せて、私はお酒臭い息を吐き出した。


『……一緒にいてよ……』


―――きっと、シマじゃなくても良かった。
一緒にいてくれるなら、シマじゃなくても、誰でも良かった。
甘えさせてくれるなら。抱きしめてくれるなら。


『彼』のことを、あんな最悪の形で『彼』を失った痛みを、忘れさせてくれるなら。
シマじゃなくても。
―――誰だって、良かったの。


『……傍に、いて』


もう一度、そういった私の肩に大きな手のひらが回された。
薄れる意識の中、そっと抱き寄せられて。
耳元でシマが小さな声で呟いた、その言葉。
それから後、ホテルに帰ってからの記憶すら、とても曖昧なのに。
その時の、その言葉だけは今でもはっきりと憶えている。


『後悔、すんな』











―――後悔するなって、あの時シマは言ったのに。
ごめんね、シマ。
私、死ぬほど後悔している。


どうしてあの日、シマにすがってしまったんだろう。
誰でも良かったくせに、どうしてシマに甘えてしまったんだろう。
傍にいたからなんて、そんなのは言い訳にしかならない。


『彼』のことを忘れたくて、シマに抱かれたあの日から今まで。
何度も唇を重ねて、身体を合わせた。
でもそれは恋人同士だからじゃない。
彼を忘れさせて欲しい、一緒にいて欲しいという、私の我儘を聞いてくれただけ。
そうわかってるのに、今更言える訳がない。


―――好きになっちゃったんだよ、なんて。
今更。






そうして、私は。
『友達』のままのシマと、中途半端な関係を続けている。
あの日掛け間違えた釦の位置を直せないまま、今も。





















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……短くてすいません……。
しかも名前変換一箇所だけだし……!

05/04/09UP