貴方の記憶の中から消せるものなら、どんなにかいいだろう。
感情のままに貴方に甘えてすがった、浅はかな私を。

決して叶わないことだと、わかっているけれど。
















Fairy Story -4-











「―――また?」


ランチの最中、鳴り響いたメール着信音にが眉をひそめた。
内容を読みもせずに削除した私の顔を心配そうに見つめて再び口を開く。


「大丈夫なの?」
「何が」
「あいつよ!いい加減しつこいにも程があるわよ、まるでストーカーじゃない」
「そこまでヤバくないったら。大袈裟に考え過ぎよ、は」
「そう言うは楽観視し過ぎよ」
「そんなこと―――」


言いかけた言葉を遮るように、開いたままだった携帯が今度は普通の着信音を響かせた。
液晶に浮かぶ名前に、どきりと胸が高鳴る。
ちょっとごめんね、とに断って、さっきのメールのように無視せず、通話ボタンを押した。


「――― もしもし?」
?俺やけど』
「……『俺』さんなんて知り合いはいませんけどー」
『アホか!―――お前、来週の土曜、休みか?』
「……?うん」
『予定入れんで空けとけ』
「は?何よ、何か用事?」


いきなり命令形で何を言い出すのかと訝しく思って聞き返すと、シマは携帯の向こうで少し沈黙して。


『……ディズニーシーの前売り、もろてん。連れてったるわ』
「何?何の前売り?よく聞こえなかったんだけど」
『……やから、ディ、
ディズニーシー……やって』
「だから、聞こえないってば!何でそこだけそんな小さな声になるのよ?」
『ディズニーシーや!!こんなハズい名前何べんも言わすな、アホォ!!』
「はぁ!?」


何でディズニーシーって言うだけのことがそんなに恥ずかしいのよ。
そう思って聞き返そうとした瞬間、電話の向こうでシマが『何笑ってんねんこのアホヒヨコども!!』と叫んで、その後にうわぁぁぁすいませーん、と謝り倒す複数の声が続いた。
今日も元気に怒鳴り散らしてるようだ、と変なところに感心していた私の耳元で、いつもより更に早口でシマが一方的にまくしたてる。


『そーいうこっちゃから、土曜の朝九時!お前のアパートまで迎えに行くし、寝坊すんなよ!ほなな!』
「え、ちょっと……!」


言いたいこと言って通話は切れた。
憮然としながら携帯を閉じての方に向き直ると、興味津々と言った表情で軽く肘を突いてこっちに身を乗り出してきた。


「今の嶋本さんでしょ?何だって?」
「来週の土曜日、ディズニーシーに連れてってやるって」
「へぇ、良かったじゃない」
「それはともかく、ディズニーシーって名前言うだけで、何であんなに恥ずかしがるのかわかんないわ、変な奴」
「いい年の男なんてそんなもんじゃない?場所が場所だし、女の方から行きたいって言われたならともかく、男の方から誘うのは恥ずかしいんでしょうよ」
「そういうものぉ?」
「あんたの話から私が知ってる嶋本さんの性格を鑑みても、ディズニーなんて縁がなさそうな人だし」
「まぁ、似合わないと言えば似合わないわね……」


想像したら何か妙に笑えた。
シマとディズニーシー……すごくミスマッチだわ……。
運ばれてきたデザートの皿とアイスミルクティーのグラスを前に小さな笑いをこぼしたら、がアイスラテのグラスを手に何か言いたげにじっとこっちを見た。


「……何?」
「―――いい加減、嶋本さんに好きって言えばいいのに」
「唐突に何よ」
「唐突じゃないでしょ、今までにだって散々言ってきたじゃない」


ティラミスにスプーンを突っ込みながら、じろりと私を睨んでが言葉を紡ぐ。
甘いティラミスとは対照的に辛辣な言葉がぐさりぐさりと胸を刺した。


「――― そうやって自分の気持ちを押し殺してたって、いいことなんてひとつもないでしょ。今みたいな不自然な関係、いつまでも続きやしないわよ」
「……でも」
「客観的に見る限り、嶋本さんだってのこと憎からず思ってるって感じがするわよ?大体、単なるセフレだと思ってるなら、さっきみたいに誘ってきたりはしないと思うわ」
「それは、元々」
「元々友達だったから?それなら余計に距離を置くのが普通じゃない?」
「…………」


の言葉はいちいち説得力があって、反論する隙がない。
黙り込んだ私に向かって、は少しだけ口調を和らげて畳み込むように言った。


「自分の犯した過ちから逃げたい気持ちはわかるけど、そうやって逃げ続けても過去は消えないのよ?」
「……わかってるわよ……」


カチャン、と音をたててスプーンを皿の上に置く。
に言われなくてもわかってる。
シマとの関係を今でも続けているのは、彼が好きで、彼の存在を失いたくないからで。
でも始まりの形が形だから、自分の気持ちを今更言葉にすることが出来ない。
が言うように仮にシマが私と同じ気持ちでいてくれたとしても、私がシマの優しさに甘えた、あの夜のことが消えてなくなる訳じゃない。
どうしたって消し去れない、バカで浅はかな私の過ち。


食べかけのティラミスにもミルクティーにも手をつけるのをやめて俯いた私を見て、も一旦スプーンを置いた。
アイスラテで唇を湿して、少し言いよどんでから改めて口を開く。


「……キツイこと言って悪かったけど、間違ったことは言ってないと思うのよね、私」
「……そうね」
「それに、嶋本さんとちゃんとくっつけば、いい加減あいつも諦めると思うわよ」


の手の中でグラスに入った氷がカラリと小さな音をたてた。
シマのことを話す時とはまた違った、苦々しい表情でが口を開く。


「新しい恋人がいないってのが、あいつを増長させてる一番の理由でしょ」
「それはそうかも知れない、けど」
「それにストーカーまではいかないにしても、性質悪いって言うか図々しいわよ、あいつ。二股かけた挙句に自分から別れてくれとか言っといて、新しい彼女と上手くいかなかったからヨリ戻そうなんて」
「それは私もそう思うわよ。だからその気はないってちゃんと言ってるし」
「なのに諦めないんでしょ?が未だに新しい彼氏作らないのは、自分に未練があるとでも思ってるんじゃないの?図々しいにも程があるわよ」


だから嶋本さんとうまいことくっつけばあいつだってさ、とが繰り返す。
口の中の乾いた感じが嫌でミルクティーを一口だけ飲んで、私は首を横に振った。


「これ以上、あいつとのことでシマに迷惑掛けたくないの」
「嶋本さんをまた利用するみたいで嫌って?でも実際今のは彼のことが好きなんだし、あんまり難しく考えなくってもいいんじゃないの」
「嫌。あいつのことは自分でちゃんと決着をつける。シマには頼らない」


きっぱりと言い切って、もう一度首を横に振る。
あの日、私の甘えを許容してくれただけで、それだけでもう十分。
だからこれ以上シマに甘えてはいけない。
そんな私を見つめて、は深々と溜息をつくと置いていたスプーンを取り上げた。


「好きにしたら?でもあいつのことは別にしても、嶋本さんとのことはどうにかしなさいよね」
「努力はするわ」
「前向きにね。まぁ、とりあえずディズニーシーを楽しんでらっしゃいよ」
「そうする。―――
「何よ」
「ありがと。いつも心配してくれて」


ティラミスを口に運ぶ手を止めて、は照れたようにそっぽを向いた。


「お礼なんかいいから、ちゃっちゃと嶋本さんと幸せになりなさいよ」
「だから努力するってば」
「わざと化粧が落ちてるのを直さないまま会ったり、剥げたマニキュアを塗り直しもしないでほっといたりとかもしないのよ?」
「何よ、その細かい指摘は」
「そういう気配りをしないことで、彼の前で殊更自分の『女の部分』を殺してきたでしょ。そういうこすい真似をやめなさいよと言ってるの」
「……は本当に、何でも見抜くわよね」
「伊達にあんたと何年も友達やってませんからね!」


ふふん、と笑ってティラミスの残りを片付け始めたに、私はちょっと笑って。
相談料代わりにここは奢るわ、と言ったら当然よ、と笑い返された。
にならってキレイに片付けた甘いティラミスは、ココアパウダーを多く振り過ぎたのか、いつもよりちょっとほろ苦く。
そして店を出た時、心は少しだけ軽かった。





















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可愛いシマになりかけています。>脳内
元彼との確執がありがちネタでごめんなさい……!
何でティラミスかって、今私が食べたいからですよ!コンビニデザートは却下!
レストランの、スポンジにびっしょりシロップの染みた、マスカルポーネの味がじっくり楽しめる
美味しいティラミスが 食 べ た い の …… !!(勝手に食え)

05/04/12UP