赤い糸が見えればいいと思ってた。
結ばれない人だと最初からわかっていれば、諦めることは簡単に思えたから。
緑深く、心深く
第5話 絡まる糸
「ねぇねぇちゃん!」
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴って。
お弁当の包みを取り出したところにやってきたのは、いつも一緒に食べてる友達じゃなかった。
女子テニス部の倉科さんを先頭に5人ほどがぞろぞろっと。
「―――何?」
「ちゃん、昨日K高に来てたよね?テニスの試合観に」
「あー……うん、試合相手の六角に友達がいて」
「やっぱり!昨日うちらも観に行っててさ、六角のベンチにちゃんっぽい子がいるねって言ってたんだよー!」
ねー!と顔を見合わせて笑ってから。
興味津々、と言った感じで矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
「友達ってどの人が?」
「一緒にいた女の子。あの子が六角のレギュラーの幼馴染で」
「ええーいいなぁ、あんなカッコいい幼馴染!羨ましい!」
「あたし、昨日初めて六角の選手見たんだけど、カッコいいよねぇ!!」
「うん、みんな中学時代からモテてたよ」
「だろうねー。あたしもすっごいファンになっちゃった!それでね、名前とか知りたいんだけどちゃん教えてくれないかなぁ?帽子かぶってたロン毛の人なんだけど。学年とかもわかる?」
「ええと、木更津先輩は三年生だよ」
「木更津さんって言うんだ!年上かー」
「あっあたしも知りたいんだけど!ダブルス組んでた背の高い黒髪の人!!」
「えー、あの人?私はクセっ毛の方がカッコいいと思ったけどな。あの、ちょっと変わったラケット持ってた……」
「背が高くて黒髪は……黒羽先輩かな、あの人も三年生だよ。パートナーは天根君て言って私らと同学年」
「へぇー!」
「あ、あとさあとさ!」
川上さんがパチンと手のひらを打ち鳴らして、こっちにぐいっと身を乗り出してきて。
「もう一組のダブルスに出てた人の名前わかる?すっごいカッコいい人いたでしょ?」
ドキンって。
大きく胸が波打った。
「―――もう一組のダブルスは、樹先輩と佐伯先輩って言って、二人とも三年生なんだけど」
「前髪左分けの人が樹さん?」
「……ううん、川上さんの言ってる人が多分、佐伯先輩、かな……」
「佐伯さんって言うんだー」
「ねぇねぇ、彼らさぁ合コンとかしないかなぁ」
「……うーんどうだろう、部活忙しいから合コンとかはちょっと難しいんじゃないかな」
「そっかー、そうだよねー県下の強豪校だもんねぇ」
残念ー、と張り上げる声は言うほど残念そうには聞こえなかった。
倉科さんたちはその後もう少し話してから、情報提供ありがとー!と笑って自分たちの席に戻っていって。
一息ついてお弁当を引っ張り出した私に、いつの間にか購買から戻ってきていた友達が「お疲れ様」と笑う。
曖昧に笑い返してお弁当を開けようとした時、机の上に置きっ放しだった携帯が鳴って、メールの着信を知らせた。
『クラス会の話がしたいんだけど、今日の放課後空いてる?』
簡潔なそのメールは天根君からで。
『掃除当番だけど、部活は休み』と打ち返したら、すぐに返事が返ってきた。
『放課後迎えに行く』
放課後。
メールの予告どおり、うちの学校までわざわざ迎えに来た天根君を見て、女子高の正門前に学ラン姿の男の子が一人、って思ってた以上に目立つもんだなぁと微妙にずれたことを思った。
て言うか今更気付いたけど、私ってば何でもろ地元の高校に通ってる天根君にわざわざ駅5つ分の電車賃払わせてうちの学校まで迎えに来させてるんだろう……。
メールもらった時点で気がつけよ私……。
「天根君!」
駆け寄りながら名前を呼んだら、天根君は寄り掛かっていた門柱から背中を離してひらっと小さく手を振った。
「ごめんね、待たせて」
「大丈夫、そんなに待ってない」
「ところで天根君、今日部活は?」
「休み。中間テスト近いから」
「ああそっか!うちも明後日からテストだからさ、今は部活ないんだよね」
特に深い意味のない会話を交わしつつ、校門前を離れる。
校門前でダラダラ長話するのもなんだし、何より周囲の視線が痛かった。
女子校の校門前で男の子と立ち話してれば、そりゃ目立つしね……ただでさえ天根君背が高くて顔立ちも派手で目をひくし。
昼休みのこともあったし、知り合いに声掛けられないうちにさっさと学校から離れようって思って、少し歩調を早くする。
「―――どうしよっか、一旦地元戻ってどっかお店入る?」
「別に歩きながらで構わないけど、俺は」
「それじゃ落ち着いて話し合い出来ないじゃん……スタバ行こうか?前にも言った駅前の」
「いいけど。、何でそんなに急いでんの?」
「え?やーそのー……」
君と一緒にいることで周りの皆に睨まれてるからです!
なんてもちろん言える訳がなく。
適当に笑って誤魔化す私の顔をじっと見ていた天根君は、不意に鋭い目を和ませてふっと笑った。
優しい感じのその笑顔にドキッとする。
こんな顔するんだ……普段の無表情とのギャップが激しいなぁ。
「変なヤツ」
「……あ、天根君に言われたらお終いな気がするっ」
「俺、変?」
「変ていうか、面白いよ」
「面白い、俺?」
「うん。あ、ダジャレがじゃないよ、言っとくけど」
忘れずに釘をさしたら、無表情に戻った天根君は無言で項垂れた。
あ、落ち込んだ……。
無表情で一見わかり辛いけど実は結構感情豊かなんだな、天根君って。
見てて飽きないなぁ、面白いわやっぱり。
「ごめんごめん天根君。ダジャレも面白いよ、うん!」
「……」
「ホントだってばー」
「…………ありがと」
今ひとつ納得し切れてない表情でそれでも短くお礼の言葉を口にして、天根君はもう一度笑った。
地元に戻ってスタバに足を運んだら、見事に席が全部埋まってしまっていたので。
仕方なくテイクアウトにして、それを持って海岸まで足を運んだ。
まだ水が冷たい平日の海に人なんかいるはずもなく、私たちは海の上に突き出た防波堤の上でコーヒーのカップを手に、ぼんやりと海を眺めながらまだ未決定だったことについてあれこれ話した。
「……じゃあ二次会はカラオケで。あそこだったらパーティールーム予約しちゃえば人数気にしなくていいもんね」
「予約、俺が入れとくか?」
「うーん?いや大丈夫、電話で済ませるし。男子の方に連絡するのは頼んでいい?あと人数確認」
「わかった」
「これで全部、かな?もう他に決めなきゃいけないことないよね」
ざっとスケジュール帳のメモに書き込んだ内容を一通り読み直して。
横から覗き込もうとした天根君に気がついて、慌ててスケジュール帳を閉じる。
いーきーなーりー何するのかなぁっ!?
「何で閉じるんだよ?」
「だだだだだって字汚いから見られたくないもん!」
「俺は別に気にしない」
「天根君が気にしなくても私は気にするんだって!」
「女って変なこと気にすんのな……あ」
こっちを向いていた天根君の視線が少し逸れて、私の背後に注がれた。
……何だろ?
つられて振り向いたら、視界に二人の人影が映って。
ばさりと軽い音をたてて、私の手からスケジュール帳が防波堤のコンクリートの上に落ちる。
さっきまでは誰もいなかった砂浜にぽつんと現れたその人影は、二人とも見覚えのある顔をしてた。
―――佐伯先輩と、元彼女。
ゆっくりと歩いてきてやがて立ち止まって、二人は向き合って何か話し出した。
私たちのいるところからは彼女の顔だけが見える。何とか表情が読み取れるくらいの距離で声は聞こえない。
佐伯先輩はこっちに背中を向けていて、二人とも私たちの存在には気付いていないようだった。
……気付かれる前に、ここからいなくならなくちゃ。
きっと知り合いになんか見られたくないはず。
でも頭ではそう思っているのに、手も足も震えて立ち上がる気力が湧かない。
天根君は天根君で、じっと視線を佐伯先輩たちの方に向けたまま、何も言わない。
視線を逸らすことも出来なくて、膝の上でぎゅっと拳を握って佐伯先輩の制服の背中を、佐伯先輩を見上げて喋ってる彼女の顔を見つめ続けて。
そんな私たちの視線の先で、それまで必死に何かを訴えていた彼女の顔が不意に歪んだ。
涙が、零れて。
セーラー服の袖に包まれた細い腕が佐伯先輩の首に抱きついた。
涙に濡れた白い顔が、学ランの胸に寄せられて―――
私が視線を逸らそうとするよりも一瞬早く、佐伯先輩の腕が乱暴に彼女の肩を押し戻した。
思い切り彼女から顔をそむけた所為で私たちにも佐伯先輩の顔が見えて。
その横顔を見た瞬間、やっぱり見なければ良かったと、そう思った。
この間と同じ、哀しそうな辛そうな横顔。
本当はまだ彼女のことが好きだって言ってる顔。
―――もう、一秒だって見ていたくなかった。
「―――!?」
勢いよく走り出した私の後ろで天根君の声が響いて。
一瞬振り返った視界の中、追いかけてくる天根君の肩越しに佐伯先輩がこっちを振り向くのが見えたけど。
僅かに見開いたその眼差しにどんな感情が映っていたかまでは、わからなかった。
久々の更新の上、こんな中途半端でごめんなさい……。