心が熱を帯びる。
行き場のない想いは密やかに胸を焦がして。
この気持ちはどこへ行くの。
緑深く、心深く
第5話 心の行方
どこをどう走ったのか、自分でもわからない。
闇雲に走って走って。
不意に砂に足を取られて転びかけた私の腕を、後ろから支えてくれた腕があった。
「!」
思いっ切り引っ張られて、反対に今度は後ろによろめいた私の身体を学ランの腕が抱きとめる。
声のした方を振り仰いだら、天根君の顔が真上から私の顔を覗きこんでいた。
「大丈夫か?」
「……う、ん」
頷いたら離れると思った天根君の手は、何故かそのまま私の腕を掴んだままで。
大きい手のひらはやっぱり男の子だなぁと、私は的外れなことを考えた。
……佐伯先輩の手も大きかったな。
ふと、そんな考えが頭を過ぎってしまって。
それが引き金になったようにさっきの場面が脳裏に浮かんで、途端に目の奥が熱くなってボロボロと涙がこぼれて砂浜にいくつも染みを作った。
―――わかってたはずなのに。
佐伯先輩はまだ彼女のことを忘れていないんだって、わかってて。
叶う可能性なんてとても低くて、どうなるかわからない恋だってわかってて。
なのに、どうしてそれでも好きだと思ってしまったんだろう。
どうして気がついてしまったんだろう、自分の気持ちに。
気がつかなければ、きっとこんな想いはしなくても済んだのに。
「……ッカみたい……」
「?」
「私すごい、バカみたい……」
掠れた声で呟いた私の顔を、天根君が気遣うような眼差しで覗き込む。
泣きながら私は笑って。
ざわめく心を静めたくて、くしゃくしゃと乱暴に前髪をかきあげた。
「わかってたはずなのにね……佐伯先輩がまだ彼女のこと好きだって……なのにどうして惹かれちゃったんだろ」
「…………」
「いつか天根君に言ったみたいに、昔の憧れを残してるだけで終わってたら良かったのにな……」
「……サエさんが好きなのか?」
それは問いかけというより、確認で。
鼓動と同じ速さでズキズキと疼く心の傷を一際露わにする。
―――佐伯先輩が好き。
彼の目が私を見てないとわかってても。
彼の心が別の人を思っていることをわかってても。
……それでも好き。
佐伯先輩のことが好き。
「……ごめん天根君。今は誰かと一緒にいるのちょっと辛いから、私帰る……」
一人になりたくて。
そう言って天根君の傍を離れようとした。
なのに何故か私の腕を掴む天根君の手の力は緩まなくて。
ハスキーな声がいつもより更に低く、とても淡々と響いた。
「天根君?」
「送っていく」
「だから……今は一人になりたいんだって」
「一人になってどうするんだ。泣くだけだろ」
――― そう、泣くだけ。
だって泣くだけしか出来ないんだもの。
だけどそれくらいしか出来ないなら、思いっきり泣きたい。泣いてしまいたい。
なのにどうして一人にしてくれないんだろう。
天根君は心配してくれてるのかもしれないけど、今はそれもただの無神経にしか思えなくて腹がたった。
けど振り払おうとしてもその手の力はとても強くて、しっかりと私の腕を掴んで離してくれなかった。
「お願いだから離して。一人にしてよ!」
「やだ」
「どうして……っ」
そう言った瞬間の、天根君の顔には。
苛立ちとか悲しみとか、そういう感情は一切見えなかった。
かといって私に同情しているような表情でもなくて、ただとても静かな、波一つない水面のような、そんな顔。
そして。
返る言葉はないまま、素早く、ほんの一瞬だけ、唇が触れて。
息もつけないほど強く、抱きしめられてた。
「俺はが好きだから」
抱きしめられたまま、耳元で天根君の声を聞いた。
掠れたハスキーヴォイス。
触れられた唇が少しずつ熱を持ち始めたように感じた。
「サエさんの所為で泣くとこなんか、もう見たくない」
「……して……」
「好きだ」
「離して……!」
自分でも驚くくらいの力で天根君の胸を突き飛ばして、その腕の中から逃れた。
涙で揺らぐ視界の中、天根君はじっと私を見つめていた。
さっきまでと同じ、とても静かな眼差しで。
それを真っ直ぐに見返すことも、怒りに任せて睨みつけることも、私には出来なかった。
私に出来たことは、一つだけ。
その場から走り去ることだけ、だった……。
短い上に極道な切り方ですいません。
しかしあれですか、ダジャレがないとダビデじゃないような気になるのは、私の頭がR&Dにすっかり毒されてるってことですか、そうですか。(誰に向かって言ってるの)