何かが少しずつ、だけど確実に変わり始めていた。

自分の中の、何かが。
















緑深く、心深く


第11話 眼差しの先











学校近くのコンビニ。
練習が終わったあと海に向かう途中に立ち寄って、皆であれこれ買い込むのが最近の日課だ。
いつものように皆してギャーギャー騒ぎながら店の中を歩き回って、ジュースやらお菓子やらを大量にカゴの中に放り込んでいく。


「あ、コラ!剣太郎君、アイスは最後って言ったでしょ!」
「だってそれ最後の一個なんだもん、取られる前にとっとかないと!」
「だからって今からカゴにぶっこんでたら会計が終わる前に溶け始めちゃうでしょが、このバカ」
「全くだぜ……ん?何だ、ダビデもアイスにすんのか?」
「……アイス食べる?あ、いーっす……ぷっ」
「ダジャレ言ってねーで質問に答えやがれ!!」
「バネちゃん蹴りはダメー!!」
「お前ら店の中で暴れんなよ!!」


珠子と聡の制止の声も空しく、バネの回し蹴りはいつものように鮮やかにダビデの背中に叩き込まれ、勢いよく前方につんのめったダビデはスナック菓子の棚に顔から突っ込んだ。
あーあ、やってくれたよ……。


「あーっ!!」
「何やってるの二人とも、お店の人に怒られるのねー」
「あ、こらバカダビデ!下手に動くな!売りもんがっ……」


ばす、ぼす、ばりっ。
ダビデの足元で不吉な音がして、一斉に視線がそこに集中する。
棚からこぼれ落ちたポテトチップスが数袋。
踏まれて破けて中味が飛び出して、何とも無残な状態を晒していた。


…………ホント、色々とやってくれるよな…………。





















店の中でひと暴れした挙句、大事な売り物をダメにしたにもかかわらず、顔馴染みの店長は「気にしなくていいよ」と笑顔で許してくれて。
その上『賞味期限切れ商品だけど、捨てるのも勿体無いし良かったら持っていって』と言って、プリンやらシュークリームやらのコンビニデザートを大量に袋に詰めてくれた。
重ねてお詫びとお礼を言って店を出る。
これ以上問題を起こされちゃたまらないからと、先に店の外に追い出していたダビデとバネ、それと一緒に出ていた剣太郎が走り寄ってきた。お目付け役をかって出た珠子とも後ろに続く。


「サエさーん僕のアイスはー!?」
「アイスは全部聡の持ってる袋の中。お説教は終わったのか?」
「説教はソッキョーで終わった……ぷっ」
「まだ懲りてねぇのかよ!」
「……それはこっちの科白なんだけど……?」
「この通り珠子ちゃんはまだ怒ってるけど、ちゃんが何とか宥めてくれましたー!」
「……あ、そう」


剣太郎に言われるまでもなく、珠子の表情とその隣で疲れたように溜息をついているを見れば何となく状況は読めた。
珠子に思いっきり睨まれてバネとダビデは居心地悪そうに聡の後ろに隠れている。
鬱陶しそうに背後の二人を見ながら、聡が珠子に声を掛ける。


「珠子、お前のこれだろ、ほれ」
「……あー、サトちゃんありがと」
「聡先輩、私のも下さーい」
「ほらよ」
「サトさん、俺も……」
「あー鬱陶しい!お前らは最後だ、最後!おーい樹っちゃん、パス!」
「ありがとねー」


何だかんだ言いながら全員の手にアイスが行き渡って、それを食べながらノンビリと歩き出す。
俺の隣に並んだがアイスを持ってない方の手を差し出した。


「サエ先輩、それ持ちますよ」
「ん?ああいいよ、そんな重いものでもないし」
「でもテニスバッグも持ってるのに」
だって自分のバッグ持ってるだろ」
「スケッチブックとペンケースしか入ってないもん、全然重さが違いますよ」
「大丈夫だって。それに女の子に荷物持たす訳にはいかないよ、男としては」


は仕方なさそうに手を引っ込めてアイスを一口かじった。
真っ白い中に苺の実が入っている、いかにも女の子が好みそうなアイス。


のそれ何?」
「苺ミルクバーですけど」
「美味い?」
「私的にはオススメですよ」
「ふーん、一口くれない?」
「いいですよ。はいどうぞ」


冗談半分で言ったつもりの科白に、はにっこりと笑って食べかけのアイスをこっちに差し出した。
一瞬どうしようか迷ったけど、自分から言っといてここで断るものおかしな話だし。
そう思って遠慮なく大きく一口かじった。


「ホントだ、美味いね。ごちそうさま」
「……あ、はい」
「どうかした?」
「……や、冗談のつもり、だったんですけど……」


消え入りそうな声で呟いたの顔は、瞬く間に真っ赤に染まっていく。
その顔を見てピンと来た。


「つまり俺をからかってやろうと思ってた訳だ」
「そーです……」
「まだまだ甘いなー」
「うくくくく」
「まぁいつでも受けてたつから、どんどん掛かってきなさい」
「それはどーもっ」


真っ赤な顔のまま、はぷいとそっぽを向く。
その手の中で、さっき俺がかじったアイスが少しずつ溶けていく。


、どんどん食べないと溶けるよ」
「あ……えっと、サエ先輩良かったら残りも食べます?」
「俺、まだ自分の分も残ってるんだけど」
「……そーデスネ……」


途方にくれた表情で溶けかけのアイスを見つめる。
何が引っ掛かっているのか、残りに口をつけるのを明らかに躊躇っているにもう一度声を掛けようとした、その時。
斜め後ろから伸びた手がの手首を掴んで引っ張った。


「ふわっ!?」
「イタダキマス」


律儀に一言そう呟いて、の頭上でアイスを一口かじったのはダビデ。
俺以上に遠慮なく豪快にひとかじりしてからの手を離す。
呆気にとられていると俺の視線を平然と受け流して、自分のアイスに口をつける。
少しの沈黙の後、こっちを向いたダビデはアイスを持ったままの手で器用に俺たちの手元を指差した。


「……二人とも、アイス溶けてる」
「え?うわっ」
「あ、ああーっ!?」


指摘されて、溶け出したアイスの雫が手を濡らしていることに気付いて、慌ててかじりつく。
も俺とダビデに食べられた所為で半分以下に減ったアイスを大急ぎで片付けて。
ベタつく指先を舐めていたら、俺たちより先に食べ終わってたダビデがぽつりと呟いた。


、これでサエさんとも俺とも間接キス」
「……は……あああああ!」
「……間接……」


そのダビデの一言で、俺が食べた後のアイスにが口をつけなかった理由がわかった。
そっと動かした視線の先で、はさっきよりも更に顔を真っ赤にしてうろたえている。
深く考えずにあんな真似をして悪いことをしたなと思いながらも、うろたえるその様子が妙に可愛くて、そんな姿を見れたのはちょっとラッキーだったかもしれないとか、が聞いたら怒り出しそうなことを考えた。
それと同時に、何故か少しだけ。
ダビデに対してこの間のスケッチブックの時のような、妙な苛立ちを感じた。


何でこんな風に苛ついているんだろう。
まるでダビデに嫉妬してるみたいじゃないか。
―――まるで……。






「―――サエ!」


唐突に響いたバネの声が思考を途切れさせた。
顔を上げると、少し先を歩いていたバネや樹っちゃんたちが、気遣うような視線をこっちに向けていて。
その背後に立っていた小柄な人影が俯いていた顔を上げた。
その顔を見た瞬間、軽く表情が強張るのが自分でもわかった。


――― そこにいたのは、俺の元彼女。




「……悪いダビデ、これ頼んでいいかな」
「……うぃ」


さっき買った物が入ってるコンビニの袋をダビデに渡してから、何となく視線を下向けてを見た。
でこっちを見上げていて、目があって。
一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ、泣きそうな顔をした。
でもそれをすぐに消し去って、は笑顔でそっと手を差し出す。


「……バッグ預かっておきましょうか?」
「……重いから」
「大丈夫ですよ、私結構力あるから」
「じゃあ、頼もうかな」
「はい」


差し出された手に肩から下ろしたテニスバッグを預けて。
俺は二人を置いて彼女の方へ行く。
さっきと同じ、困ったような気遣うような目を向けるバネたちに「悪いけど先に行ってて」と言うと、皆は心得たように頷いて俺と彼女を置いてまた歩き出した。
無言で彼女に頷いて見せて、二人で砂浜へと降りる。
最後に振り向いた時、ダビデがの肩を抱いて歩き去るのが見えた。











彼女の話はいつもと同じで。
今の彼氏と別れて俺とよりを戻したい、そう繰り返す。


「……お願い……」


いつものように涙混じりの声で呟いて俯いた彼女に、俺もいつもと同じ答えを繰り返そうとして。
不意に自分の中にある違和感に気付いた。


―――別れたくて別れた訳じゃなかった。
だけどまた付き合ってもきっと同じことの繰り返しにしかならない、そう思って彼女の訴えを拒み続けていたけど、否と答えるたびに自分がまだ彼女を忘れられないでいることを思い知らされて、辛かった。


辛かった、はずなのに。


今、目の前で泣いている彼女を見ても、これまでのように胸は痛まない。
抱きしめたい衝動に駆られることもない。
湧き上がる気持ちはもっと別のものだった。




―――早く。
―――のところに行きたい。顔が見たい。声が聴きたい。




そう思った途端、今まで感じていた苛立ちや違和感全てに納得がいって。
目の前を覆っていた霧がすっと晴れていくような、そんな感覚を味わった。
それはとても簡単で単純な、でもとても深い理由。


―――今になって気づくなんて俺も相当鈍いよな。
そんなふうに思って小さく笑って。
声に反応して顔を上げた彼女に、俺はごめん、といつもの言葉を繰り返して。
そしてそのあとに、今までは言ったことのなかった言葉を続けた。




「―――好きな子が、いるんだ」




―――のところに行きたい。顔が見たい。声が聴きたい。











やっと気付いた。


いつからか。
いつの間にか。


いつだって視線の先には、君がいた。





















to next →







ベタベタですいません……!!