一度触れてしまったらもっと触れたくなる。

留まることを知らないこの気持ちの、最後に行きつくところはどこだろう。
















緑深く、心深く


第12話 抱きしめたい











「……悪いダビデ、これ頼んでいいかな」
「……うぃ」


差し出されたコンビニのビニール袋を受け取って、ちらりとサエさんの顔を見る。
こっちを見ているかと思ったサエさんの視線は何故か、俺の隣のに向いていた。
は一瞬だけ泣きそうな顔をして、それからすぐに笑顔に戻った。


「……バッグ預かっておきましょうか?」
「……重いから」
「大丈夫ですよ、私結構力あるから」
「じゃあ、頼もうかな」
「はい」


短いやり取りの後、サエさんはの手に自分のバッグを預けて行ってしまった。
元彼女を促して海岸へ降りていく後ろ姿を、はじっと見つめていた。
サエさんのバッグを持つ手が微かに震えているのは俺の気のせいじゃなかった。
さっきサエさんに見せた笑顔はもう消えて、泣き出す一歩手前の顔をして必死に涙を堪えているのがわかった。


じりじりと胸を焼くこの痛みを、嫉妬と呼ぶんだとわかっている。
どうしたっての気持ちはサエさんにしか向いてなくて。
俺に向けられるのは友情以外の何でもない。
それをこうして、事ある毎に思い知らされる。




―――悪いけど、ものすっごく可能性低い恋だと思うよ?




いつかの珠子の言葉が、何度も頭の中に繰り返し響く。
わかってる。珠子に言われなくても嫌ってほどわかってる。
きっと叶わない。だけど。


「―――
「……何?」
「そろそろ行こう」
「……そ、だね」


そっと庇うように抱いた肩は、華奢で小さくて頼りなくて。
泣きそうな顔を歪めて一生懸命笑ってる姿が、愛しくて。
やっぱり好きだと思ってしまうんだ。
どうしても。
―――諦められないんだ。





















スケッチがしたいというを一人砂浜に残して、俺たちは皆して走って海に飛び込んだ。
頭から海水かぶってびしょ濡れになりながら一頻り騒ぐ。
時折浜の方に目をやるとスケッチブックを広げているがこっちに気付いてひらひらと手を振った。
さっきよりかは明るいその表情にちょっとホッとする俺の隣に、服の下にしっかり水着を着ていた珠子が水を蹴散らしながらやってきて、俺と一緒にに向かって手を振りながら、ぼそっと呟いた。


「落ち込んでんね」
「……だな」
「まぁ、落ち込むなって言う方が無理だけどさぁ……」
「でも」
「え?」
「どんなんでも、の『一番』の顔を引き出すのって、サエさんなんだよな」
「……一番?」
「一番嬉しそうな顔とか一番辛そうな顔とか」
「……ヒカ……」
「それが悔しい」


大きな溜息をついて珠子は気遣うように俺の顔を見た。
何のかんの言いながら、珠子は俺を励ましたり気にかけたりしてくれる。
と俺とサエさんの間に立って、ある意味一番キツイ立場なのは珠子だと思うのに。
甘えすぎて負担になっちゃいけないと思ってるけど、今は弱音を吐きたかった。


「俺が出来ることが全然なくて悔しい」
「……そんなことないと思うよ」


優しい声に重ねて、珠子の手のひらがバシッと強く背中を叩く。
見下ろしたその顔は声と同じで優しい表情だった。


「ヒカルにしか出来ないことだってあるよ、絶対」
「……ん」
「サエちゃんとヒカルじゃ全然違うんだからさ。あんまり気にし過ぎない方がいいんじゃん?」
「そう、だな」
「……あんまし一人にしとくと心配だからさ、様子見に行ってやって?」
「わかった」


珠子は多分自分が行きたいんだと思う。
だけどそれをあえて俺に譲ってくれたことに感謝して、俺は打ち寄せる波に押されるように砂浜へ上がって、の傍まで戻った。
スケッチブックの上に伏せていた顔を上げたが差し出すタオルを受け取って隣に座る。
スケッチがしたいと浜に残ったくせに、広げたスケッチブックのページは真っ白いままだった。


「……描かないのか?」
「んー……何描こうかなぁって、思案中……」


小さな声で笑って、またスケッチブックの上に顔を伏せてしまう。
ぽたりと微かな音がして、真っ白いスケッチブックに小さな染みがひとつ、出来た。
二つ、三つと染みは増えて、の肩が大きく震えるのを俺は見て。
頭で考えるより先に身体が動いていた。


肩に回した俺の手の中で、はもう一度大きく震えて。
でも振り払おうとはしなかった。
肩の震えがそのままうつったように震える声で、小さくしゃくり上げながら途切れ途切れに呟く、その声がひどく痛々しかった。


「……ご、めん……」
が謝る必要なんかない」
「……って、ダビデ君に、こんな……甘えるの、最低……っだよ、ね」
「そんなことない」


最低なのは俺の方だ。
が辛い思いしてるのわかってるくせに、サエさんに嫉妬するばかりの自分が情けなかった。

それでも、今はこの肩を抱いている腕を離したくなかった。
触れている手のひらから伝わる震えと熱を、今だけは自分だけのものにしておきたかった。
例えそれがサエさんを想う気持ちからのものだとわかってても。






「……ありがと……」


少ししてそう呟いて顔を上げたは、やっぱり俺の手を振り払おうとはしなかった。
それをいいことに、俺はそのままずっとの肩を抱いていた。
視界の隅に現れたサエさんの姿に気がついても、気がつかないフリをして。





















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……意味不明……。