チョコレート色のヴァイオリンをそっと構えて。
優雅に弓を引くその姿を初めて見た時から、もうずっと。


あたしの目に映るのは、ただひとり、あなただけ。
















この胸の光る星 ― The love shines in the heart like a little star ―


第1話 はじまりのキラキラ星











ノートのまだ真っ白いページに、教科書の練習問題を書き込んで。
一通り解けた時点で、左隣で今日発売のテニス雑誌を広げている侑ちゃんの袖を引っ張って、ちょっと難しかった問題(でも解けたと思う)をシャーペンの先で指差して訊いてみた。


「ねぇねぇ、これあってる?」
「んー?……ザーンネーン、間違うてるわ」
「あれ?」


おっかしいなぁ、自信あったんだけど。
どこが間違ってるのか教えてくれようとする侑ちゃんにストップをかけて、まずは計算し直してみる。
途中の式で、簡単なケアレスミスをしてた。


「侑ちゃん、これでOK?」
「ん?そうそう、それで当たりや。エライエライ」
「そんな問題でつまずいてんじゃねぇよ、情けねぇな」
「景ちゃんうるさい。意地悪言うな!」


コーヒーの入った紙コップ片手に椅子にふんぞり返ってる景ちゃんに鼻で笑われて、ムッと唇を尖らせる。言い返したあたしの言葉をバッチリスルーして、悠然とカップを口に運ぶ態度が憎らしい。
何でこう、常に人を見下した態度しか取れないんだろうこのひと!
クラスの子たちとか先輩たちとかがきゃーきゃー騒ぐ理由がわかんない。
確かに頭はいいけど!運動も出来るけど!顔もいいかも知んないけど……!
……………………。


?どないしたん?」
「…………性格以外ツッコミどころがない上に、本人がそこんとこを至って気にしてないって言うのが余計に腹たつよね……!」
「ハァ?」
「あ。何でもない、何でもない」


侑ちゃんが訝しげな顔して首を傾げた。
慌ててぶんぶんと首と手を振って、再びノートと向かい合う。
着替えを終えてロッカールームから出てきた亮ちゃんが、あたしとテーブルの上に広げた教科書や筆記具を見て、しかめっ面で口を開いた。


「何で今ここで宿題やってんだよ、お前はよ……」
「侑ちゃんが数学教えてくれるって言うから。ついでに英語は岳ちゃんが」
「俺はついでかよ!」


あたしの右隣に座って英語の教科書を開いてた岳ちゃんが即座に反応する。
あっ、しまった余計なこと言っちゃった……。
一番苦手なのが数学だから英語はついで、ってつもりだったんだけど。
岳ちゃんちょっとしたことで拗ねるからなぁ。
案の定たちまちブスくれた岳ちゃんの顔を、あたしの肩越しに覗きこんで侑ちゃんがからかった。


「しゃーないやん。はいっちゃん俺のことが好きやねんもんなー?」
「うん、勉強教えてもらう時は」
「……俺は勉強だけの男かい」
「嘘!うーそーだーよー、侑ちゃん大好きー」
「おー俺も大好きやでー」
「バカっぽいぞ、侑士」
「激ダサ……」


ぎゅーっと抱きついたあたしを侑ちゃんが抱きしめ返してくれて、それを見た岳ちゃんと亮ちゃんが呆れ顔で突っ込んで、景ちゃんはコーヒーを飲みながら小さく笑った。
そこに、こんこんとノックの音が響いて。続けてがちゃりと扉が開く音。
開いたドアのドアノブを握ったまま、その人は一瞬動きを止めた。


「お疲れ様で……、何してるの」
「宿題。んで侑ちゃんと愛を温めてた」
「……勝手に部室に出入りしちゃダメだって、あれほど言っただろ?」
「だから部室前で待ってたよ。したら侑ちゃんが入れてくれたの」
「…………」


口をつぐんだ長太郎に向かって、侑ちゃんが「ホンマやでー」と声をかけた。
ふうと大きく溜息をついた長太郎は「ご迷惑お掛けしてすいません」と先輩たちに向かって丁寧に頭を下げた。
景ちゃんと二言三言やり取りしてから、着替える為にロッカールームに入っていくその後ろ姿を見送って、あたしはテーブルの上に散らかってるものを大急ぎで片付けた。
それを手伝ってくれながら、侑ちゃんが何だか淋しそうに呟いた。


はあれやんな、小型犬みたいやなぁ……あれや、チワワとかシーズーとか」
「あーパグとかコーギーとかな!」
「ええ?何それ?」


言ってる意味がよくわかんなくて、うんうんと相槌を打ってる岳ちゃんに聞いてみたけど答えは返ってこなくて、代わりに亮ちゃんが会話に割り込んだ。


「どっちかっつーと豆柴じゃねぇか?」
「だから何の話ー!?」
「なーんも?今日はもう終いか」
「もちろん」
「何だよ、英語どーすんだよ」
「明日!明日教えて!頼りにしてるね、岳ちゃん」
「……しょーがねーなー、ったく」


照れ隠しにちっと舌打ちした岳ちゃんの差し出した英語の教科書を最後にバッグに突っ込んで、テーブルの上の消しゴムかすをきちんとまとめてゴミ箱に捨てて、片付け終了。
そこへばっちりなタイミングで長太郎がロッカールームから出てきたので、あたしはバッグを持って傍にかっ飛んで行った。


「長太郎、帰ろ!」
「わかった、わかったから。―――じゃあすいません、お先に失礼します」
「おう、じゃあな」
「気ィつけて帰りや、
「んじゃ明日な」
「うん、バイバーイ」


笑って手を振ってくれた侑ちゃんたちに大きく手を振り返して、長太郎と並んで部室を出た。


氷帝の校舎の広い廊下を並んで歩いてく。
長太郎は伸び盛り高校2年生、只今身長185p。あたしは中学卒業前に成長が止まっちゃった高校1年生、只今身長155p。その差きっかり30p。
それだけ身長が違えば、当然歩幅なんかも大分違って(しかも長太郎ってば足長いしさ!)、あたしはちょこちょこと小走りしないとついていけない。
でも長太郎はすぐ気がついて歩く速度を落として、手を差し伸べてくれた。


「ほら、
「……えへへー」
「先に帰ってなって言っただろ?」
「長太郎と一緒にいたいんだもん。それにひとりで帰るの淋しいじゃん」
「俺は別に淋しくないよ」
「いじわる……」


ぷーっとふくれ上がったあたしの顔を見て、ひとつ違いの幼馴染はちょっと笑った。











、氷帝学園高等部1年生。
片想い歴7年。いまだ継続中。
































夕飯を食べ終わってからいつものようにお隣にお邪魔すると、ちょうど2階の部屋から降りてきた長太郎とかち合った。
手には茶色い革張りのケース。


「もう夕飯終わったのか?」
「うん!おばちゃんとお姉ちゃんは?」
「リビングにいるよ」


長太郎と並んでリビングに入ると、紅茶のいい匂いがして。
ソファセットでくつろいでいた鳳のおばちゃんとお姉ちゃんが、にっこり笑って手を振ってくれた。


「こんばんは、お邪魔します!」
ちゃんいらっしゃい」
「ちょうど紅茶が入ったところよー、座って座って」
「はーい。あ、これ今日の部活で焼いたの」
「あら、いつもありがとう。今日はなぁに?」
「レモンパイ」
「美味しそうねー。ちゃん、また腕をあげたんじゃないの?」
「それは食べてみないとわかんないね!」
「そうねぇ、じゃあ紅茶と一緒にいただきましょうか」


にこにこ笑顔で席を立ったおばちゃんと一緒にキッチンへ入って、レモンパイを切り分ける。
おじさんの分は冷蔵庫に残して、4人分をトレイに乗せてリビングに戻ると、ちょうど長太郎がケースを開けたところだった。
そっと取り出されたのは、ぴかぴか光るチョコレート色のヴァイオリン。
骨ばった長い指で弦を2、3回弾いて音を確かめてから、弓を手にしてゆっくり弦の上にすべらせると、澄んだきれいな高い音が部屋に響く。
あたしを振り向いた顔は、とても優しい。

レモンパイのお皿と紅茶を並べ終わって、おばちゃんとお姉ちゃんと一緒にソファに座った
あたしに、長太郎はいつものように問いかける。


「リクエストは?」
「キラキラ星変奏曲!」
「また?」
「だって好きなんだもん!」
「はいはい」


笑い混じりの返事のあと。
チョコレート色のヴァイオリンは軽やかにキラキラ星を奏で始めた。
いつものように。
7年前のように、7年前より綺麗な、優しい音色で。
















優しいヴァイオリンの音色みたいに、胸の中できらきら光る。
それは小さな、でも確かな。

―――恋心。





















……to be continued.


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チョタ連載です。
話思いついちゃったから、というホントにどうしようもない理由で、そして2、3話じゃどうにも治まりきらなそうだったので連載です……スイマセン……。
氷帝メンバーバカスカ出てきます。オリキャラも出ます。更新は今のところ大変マッタリな予定です(サイアクだ……)。因みにチョタのお姉ちゃんのデフォルト名はめっさ適当。すいません。