『大好き』って何回言ったら、この恋は叶うだろう。
どうしたら、『それ』はあたしのものになるだろう。

答えはまだ、見つからない。
















この胸の光る星 ― The love shines in the heart like a little star ―


第2話 Cry for the Moon











「……
「んん?」


さっき貰ったイチゴミルクの飴を口の中に放り込んだところへ名前を呼ばれて、声のした方を振り仰いだら困ったようなちょっと怒ってるような長太郎の顔があった。
白に赤いイチゴがプリントされた飴の包み紙を丁寧にたたんでポケットに入れる。
ちょっとだけベタベタする指先を舐めてハンカチで拭いてから、横に置いてあったスポーツタオルを取って差し出すと、長太郎はさっきの表情のままで手を伸ばしてタオルを受け取った。


「何やってんの?」
「臨時マネージャーだよ。いつもの」
「あんまりこっちに顔出しちゃダメだって言ってるだろ?大体いつも……」
「―――私が頼んだのよ、鳳。ごめんね?」


あたしの隣でノートパソコンを開いてたホントの男子テニス部(美人!)マネージャーの奈津美先輩が会話に割って入った。
長太郎の方をチラッと見てにっこり笑う。
蕩けるようなその笑顔の中で、目だけは「文句あるなら言ってみやがれ」と無言の圧力を発していて、傍から見ててもちょっと(かなり)怖い。



ちゃんを叱らないでね。文句を言うなら私に言って」
「……いえ、文句なんて、別に」
「そう?良かった。あ、ホラ宍戸が呼んでるわよ?」
「…………はい。じゃあ、すいませんけどのことよろしくお願いします」
「もちろんよ」


軽く頭を下げて亮ちゃんの待ってるコートへ走っていく長太郎の背中に向かって、奈津美先輩がさっきの笑顔のまんま「アンタに言われるまでもないわよそんなこと」と呟いた。
…………さすが奈津美先輩……男テニ最『恐』マネージャー……。
思わず作業の手を止めてしみじみしてたら、それに気がついた奈津美先輩がノートパソコンを閉じてぐーっと大きく伸びをした。


「ちょっと休もうか、ちゃんも疲れたでしょ」
「え?ううん、全然そんなことないよ、平気!あと何すればいい?」
「…………あーもう!!」


いきなり奈津美先輩に力いっぱいぎゅーっと抱きしめられる。
ほっぺたをむぎゅっーと押し付けられた奈津美先輩の胸の感触に、うっわー相変わらず胸おっきいなぁ、羨ましいなぁ、なんて考えながら呑気に笑う。
奈津美先輩のこういうスキンシップはいつものことで、もうすっかり慣れてる。


「奈津美先輩、苦しいよー」
「何でこんなに可愛いのよ、もうっ!!大っ好き!!ちゃんうちの子にならない!?」
「あたしも奈津美先輩大好きだけど、奈津美先輩んちの子になるのはダメだー」
「えええ何でー!?」
「だって長太郎とお隣さんじゃなくなっちゃうもん」


大真面目にそう言ったら、奈津美先輩はものすっごい顔であたしのことを見て。
ちょっと油断した瞬間、さっきの倍以上はありそうな力でぎううううっと抱きしめられた。
ものの見事に胸の谷間に鼻先を突っ込むような感じで。
あたしが男かレズだったらかなり美味しい状況なんだろうけど、生憎あたしにその気はない。
……てゆーか、このままだと窒息して死にそうな気がします先輩……!


「く、苦し……!」
「いやーもー!!鳳ずるいー!!何っでこんないい子が鳳なんか好きなのよー!!」
「な゙っ…奈津美センパイ、ギブギブ!ぎ……」
「コラ何やっとんねん、奈津美!が苦しがっとるやないか!」
「あ、ちょっと!私とちゃんの仲を邪魔しないでよ、忍足!」
「どうでもいいがそろそろ離さねぇと死ぬぞ。窒息死だな」
「つーかもう白目むいてんぞ、おい!」
「え!?きゃーっ!ちゃんごめーんーっ!」
「……ふわぁ〜うぁー……あれぇー寝てんのぉ〜?」
「ちっげーよ馬鹿ジロー!!」


打ち合いを始めた長太郎と亮ちゃんを置いて戻ってきた侑ちゃんたちが、慌てて奈津美先輩の胸から窒息寸前のあたしを引っぺがしてくれた。
……景ちゃんは笑いながら見てただけだったけど(人でなし……!)。
奈津美先輩が何度も謝りながら、ぜーはー言ってるあたしの背中を擦ってくれる。


ちゃんごめん、ごめんね!大丈夫!?」
「……だ、だいじょーぶ、もー平気……」
「ホンマに大丈夫か?えっらいガッツリ締められとったやんか」
「奈津美ちょっとは手加減しろよ!お前見た目と違ってホント乱暴だよな!」
「うるっさいわよ向日っ!」
「岳ちゃん、奈津美先輩苛めないでよ。あたしホントに大丈夫だから」


言い争いを始めた岳ちゃんと奈津美先輩の腕を引っ張って止める。
奈津美先輩が今度はちゃんと力加減してあたしを抱きしめた。
そんなあたしたちを見て『やれやれ』って顔して笑った岳ちゃんたちは、用意してあったスポーツドリンクやらタオルやらを勝手に取ってさっさとコートに戻って行ってしまった。
その後ろ姿に目もくれないで、奈津美先輩はずーっとあたしを抱っこしたまま頭を撫でてくれた。


ちゃんホント優しいよね……大好き!」
「あたしも奈津美先輩大好きだよ、長太郎の次に好き!」
「嬉しいー!鳳の次ってのがちょっと引っ掛かるけど!」
「ごめんね、でも1番は絶対長太郎だから」


きっぱりとそう言って、少し離れたコートで打ち合う長太郎に目をやる。
ちょうど亮ちゃんのスマッシュが決まったところで、一瞬こっちを向いた長太郎はぎゅっと唇を噛んで、手の中のボールを真っ直ぐ睨んでた。
ベースラインに戻ってラケットを構えて、高く真っ直ぐに手の中のボールを投げ上げて。
次の瞬間、ボールは亮ちゃんの横をすり抜けてコートに叩きつけられた。
ネット越しに笑って何か話しかける亮ちゃんに向けた顔は、とても嬉しそうな笑顔に変わってた。
その顔を見るとあたしも嬉しくなる、とても楽しそうな笑い方。

いつの間にか抱きつく腕を緩めていた奈津美先輩が、手を伸ばしてあたしのほっぺたをぷに、とつまんだ。


「……ちゃーん、顔緩んでるわよ」
「うぇ?あー、ははは。だって長太郎カッコいいんだもん」
「はー……ベタ惚れね、ホント。そういえば聞いたことなかったけど、ちゃんて何で鳳のこと好きになったの?生まれた時からお隣さんで、それこそ物心つく前から一緒にいた訳でしょ?いつ好きだって自覚したの?」


質問と同時にペットボトルの紅茶が目の前に差し出された。
少し温くなり始めてるそれをありがたーく受け取ってキャップを捻りながら、あたしは奈津美先輩の質問にうーん?と首を傾げた。
いつ自覚したか……?


「いつからって言ったら、物心ついたらもう好きだったって感じなんだけど」
「それって鳥の雛のすり込みみたいなものじゃない?最初に見たものを親と思うってアレ」
「確かにそうかも。男の子としてじゃなくて、お兄ちゃんって感じで優しくて大好きだったよ」
「大好き『だった』、なのね。やっぱり今は男の子として好きってことよね」
「うん。あのねぇ……」






―――あれはあたしが8歳の時の誕生日。
長太郎が誕生日プレゼントに、習い始めてからもう随分経っていたヴァイオリンを、初めてあたしに弾いて聴かせてくれた。
照れながらお辞儀をして、ぴかぴか光るチョコレート色の楽器を構えて。
とても優雅に弓をひいたあの瞬間を、今でもはっきり憶えてる。




「その姿がね、すごく、すごーく綺麗だったの」
「カッコ良かった、じゃなくて?」
「カッコ良かったけど、それよりも綺麗って感じの方がずっと強かった」




―――弾いてくれたのはキラキラ星変奏曲。
とても優しいそのメロディごと、その日の長太郎の姿は心の中に焼きついた。






「これ以上綺麗なものなんて、絶対もう一生出逢えないって思ったんだ」
「…………」
「それからね、長太郎のこと男の子として意識するようになったの」
「……何ていうか……純愛?」
「えー、そんなキレイなものじゃないよ?ぎゅーって抱きしめたいとかキスとかしたいとか思う、普通の恋愛だよ。まぁ思ったところで長太郎はしてくれないけどさ」


長太郎は絶対、あたしのことを1人の女の子としては見ない。
長太郎にとっては、あたしは生まれた時からの幼馴染で手のかかる妹分で。
とても大事にしてくれるし、可愛がってもくれるけど、『恋愛対象』にはなったことはない。


「自覚してから毎日毎日『大好き』って言い続けてもう7年だけど、いつもサラリと流されてるしね。最近はもう本気にしてくれてるかも怪しいもんだ」
「何でそんな淡白なのー……?」
「だっていちいち気にしてたら、やってらんなくなっちゃうよ」
「そういうものかしらね?」
「少なくともあたしはそうだよ」






―――自分の気持ちには、自信を持ってる。
本当に長太郎のこと好きだって、胸を張って言える。

長太郎はいつだって少し手を伸ばせば触れられる程近くにいたけど、でも本当に触れたい心の奥底にはあたしの手も声も届かなくて。
半端な気持ちでした恋だったら、そんな距離のまま7年もいられなかったと思う。
きっと途中で疲れちゃって、さっさと投げ出して新しいもっと楽な恋を見つけてた。
でもそんな簡単に投げ出したり出来なかった。
それは、本当に大事な想いだったから。
叶わないからってあっさりあきらめられるような、そんな恋じゃなかったから。

……けど、最初から今みたいに考えられた訳でもなくて。
『大好き』って何度繰り返しても受け止めてもらえないことや、長太郎の心の中の特別な場所にあたしじゃない別の女の子がいることが、辛くて、苦しくて、痛くて、すごくどろどろした嫌な感情が心の中に渦を巻いて、すごく嫌な女の子になってよく知りもしないくせに相手の女の子のことを悪く言ったり、長太郎に面と向かって嫌なこと言った時だってたくさんあった。
だけど、いつからか。
どうしたってあきらめられない、どんなに時間が経っても全然薄れない自分の気持ちに気づいて、そして決めたんだ。


―――焦らないって。


例えば、今は長太郎にとってあたしは『恋愛対象』じゃなくても。
『彼女』として長太郎の隣を歩くのが、あたしじゃない別の女の子でも。
それがずっと続くなんて決まってない。
明日はどうなるかわからない。
焦らないで待ち続ければ、いつか長太郎の『恋愛対象』になれる日がきっと来る。
あたしが抱いている想いに応えてもらえる日が、きっと来る。
最後には、きっと。
そう信じて、今は焦らないで頑張るって、決めたんだ。






「―――月を見て泣くだけの女にはならないんだ、あたしは」
「……つまり今は一生懸命耐えてる訳ね」
「そーいうことです!」
「…………やっぱり純愛じゃない?」
「そうかなー?」
「そうよー。少なくとも、私はそう思うわ」


すっかり温くなった紅茶を一口飲んで、奈津美先輩はにっこり笑った。
空いてる手を伸ばして、あたしの頭を優しく撫でてくれた。


「頑張るのはいいけど無理しちゃダメよ?1人で耐えるのが辛くなったら、愚痴くらいは聞くからね」
「……ありがと!奈津美先輩大好きー!!」
「私もちゃん大好きー!!」


あたしたちが笑いながらぎゅーっと抱き合ってるとこへ、ちょうど戻ってきた長太郎と亮ちゃんが何事だって顔をしてたけど、あたしも奈津美先輩も気にしないでしばらくそうしてくっついていた。
















『大好き』って何回言ったら、この恋は叶うだろう。
どうしたら、『それ』はあたしのものになるだろう。

――― その答えが見つかるのは、いつかこの想いが叶う時。





















……to be continued.


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サブタイトル『Cry for the Moon』……得られないものを欲しがる、不可能な事を望むこと。
つまりは『ないものねだり』って意味です。結構良く聞く言葉ですね。
オリキャラ登場。氷帝マネージャー・奈津美ちゃん(名前は某ゲームのお友達キャラから/笑)。
思うところあって、あえて名前変換なしにしました。