それはもう、今までにも何度かあったこと。

でも何度経験しても、その切り裂くような鋭い痛みに慣れることは出来なくて。

そんな痛み感じられないほど、心が麻痺してしまえばきっと楽なのに。
















この胸の光る星 ― The love shines in the heart like a little star ―


第3話 軋む軋む、心の音色











お昼休みのチャイムがなって10分。
莢子と2人で学食にパンを買いに行った朝希を待ちつつ、昨日見たドラマのストーリー展開にケチをつけていたとこへ。


―――っ!!」


バァン!!とドアが吹っ飛んだんじゃないかと思うようなけたたましい音をたてて、朝希が教室に飛び込んできた。
学食や屋上で食べてるせいでクラスメイトの半数以上は教室にいなかったけど、残っているメンバーの視線はキッチリ朝希と、それから名前を呼ばれたあたしの元に集中していた。
…………何だかなぁ、もう。


「どーしたの、パン買って来なかったの?」
「そ……じゃっ……って!おっ……あっ、たおー……せっ…………にかっ……あぁっ」
「…………朝希?」


ダッシュで戻って来たはいいけど、走ってきたせいで息切れしてるのか興奮しちゃってうまく言葉が出ないだけなのか、喋る言葉は日本語になってなくて何が言いたいやらさっぱりわかんない。
訝しげな目を向けるあたしと莢子の前で、朝希は真っ赤な顔で無意味に腕をブンブン振り回している。
何なんだ、いったい。


「……何、パン売り切れちゃったの?しょーがないなー、あたしのお弁当少し分けたげるから」
「ちっが……そうじゃなくって―――っ!!」


ぱこ、と自作のお弁当の蓋を開けるあたしの横で、朝希は地団太を踏みつつ絶叫した。


「鳳先輩に彼女が出来たの、アンタ知ってるの―――っ!!?」
「は!?何それ!?」


……と返したのは、私じゃなくて莢子だった。
ばっとこっちを振り向いた2人の視線を受け止めて、あたしは軽く首を傾げた。


「……昨日の時点では特に何も聞いてないけど」
『てか何でアンタそんなのんびり構えてるのよおおぉぉぉっ!!』


2人の声は見事にハモって、教室全体に響き渡った。





















「……それで今日は朝希ちゃんと莢子ちゃんも来た訳?」
「うん。長太郎の新しい彼女チェックすんだって」
「ま、手伝ってもらえて私は助かるけどね……」


テニスコートをぐるーりと取り囲むギャラリーを睨みつつ雑用をしている2人を横目で見て、奈津美先輩は軽く肩を竦めた。
今日も部活の活動日じゃないから奈津美先輩の手伝いに行く、と朝希たちに言ったら『あたしたちも行くからねっ!』と鬼のような形相で詰め寄られて仕方なく連れて来たんだけど、先輩はいやな顔ひとつしないで簡単な仕事を2人に割り振ってくれて。
スコアチェックの為にノートパソコンを開く奈津美先輩の横で、いつものようにレギュラーと準レギュラーのドリンクを用意しながら何となくコートを見ていたら、不意に後ろからぽんと頭を叩かれた。


「……いて」
「あ、ごめん痛かった?そんなに強く叩いてないんだけどな」
「あー萩ちゃん!」
「準レギュラー用のドリンク、もらっていっていい?」
「うん、出来てるよー」


萩ちゃんはいつもみたいに優しい笑顔で「ありがとう」と言うと、あたしの横に置いてあった準レギュラー用のドリンクボトルの入ったケースを持ち上げた。
けど、すぐにコートに戻ろうとしないでじっとあたしの顔を見た。


「……なーに?」
「―――うん、元気かなって思って」
「元気だよ。いつも通り」
「そう、ならいいんだ。そうだ奈津美、日吉があとでフォームのチェックして欲しいって言ってたよ」
「日吉ね。滝、ついでにこれも持っていってくれる?昨日のスコア」
「いいよ、ケースに乗せて。じゃあね
「うん、頑張ってねー」


準レギュラー用のコートに戻っていく萩ちゃんの後ろ姿を見ながら、奈津美先輩がふーっと大きく溜息をついた。


「過保護な兄貴どもだこと」
「萩ちゃんも優しいからねぇ」
「忍足や向日なんかもーうるさくって。休み時間にこっそりちゃんとこに様子見に行ってたのよ」
「うん知ってる。2人とも隠れてたつもりみたいだったけど、女の子たちが騒ぐからバレバレだった。
―――別に今回が初めてじゃないのにね」


皆してあたしが落ち込んでんじゃないかって気にしてくれてる。
長太郎に彼女が出来たことなんて、今までにも何回かあったのに。
そうやって皆して心配してくれるのも毎回のことではあるんだけど。
学食で長太郎が女の子と昼食一緒に食べてた、って話は侑ちゃんたちにも伝わってたらしくて、昼休みと5限の後の休み時間、侑ちゃんと岳ちゃんはこっそり教室覗きに来てた。
景ちゃんと亮ちゃんは別に姿は見せなかったけど、(多分景ちゃんが命令したんだろうけど)昼休みの終わり頃には樺ちゃんが来てジュースとかお菓子とか色々置いてった。
奈津美先輩の言うとおり、皆して過保護なんだからなー。


「あたしは大丈夫なのになぁ」
「……ホントに?」
「辛くない訳じゃないけど、別に今回の彼女が永遠に長太郎の彼女って決まった訳じゃないし。前にも言ったけど先のことはわからないって思うようにしてるから」
「そうね、前向きに考えるのはいいことよね」
「むしろ長太郎が皆に苛められるんじゃないかって心配……」
「そーれーは、仕方ないわね!可愛い妹を泣かされて黙ってるような兄貴どもじゃないでしょ。
まぁ部活にそのネタ持ち込まなきゃいいわよ」
「それもそうだねー」


奈津美先輩と顔を見合わせてくすくす笑っていたら、ふと視界に見たことのない人が映った。
制服姿の女の子。テニス部のマネージャーは奈津美先輩1人だけだし(最初はたくさんいたんだけど景ちゃんが片っ端から手ェ出しては捨てたせいで皆いなくなった……)、ギャラリーはスタンド内には入っちゃいけないことになってるから、ここにいるのはおかしい。
レギュラーのファンの子がこっそり入り込むことがたまにあるから、奈津美先輩もまたかって顔をして立ち上がってその人に近付いた。


「悪いけど見学はフェンスの外でしてくれる?スタンドは関係者以外立ち入り禁止なの」
「……えっと」


奈津美先輩の掛けた声に振り向いたその人は、先輩には負けるけどかなりの美人さんだった。
目元がきりっとしてて、ゆるくウェーヴのかかった長めの髪は明るめに染めてて、すらっと背が高い。
おおモデル系……と見惚れるあたしの視界で、その人はにこっと笑って口を開いた。


「鳳君と約束をしてるんです。ここで待たせてもらえませんか?」
「鳳と?」
「今日から一緒に帰るので、彼の部活が終わるまで見学しようと思って」


自信ありげににっこり笑った唇に塗られたグロスが、キラキラ光って綺麗だった。
……この人が新しい長太郎の彼女か、ってまるでヒトゴトみたいに頭の片隅で思った。
ぼんやりその人を見つめるあたしの横で、奈津美先輩が悪いけど、と首を振る。


「部員とマネージャー以外は立ち入り禁止だから。待つんなら外でお願いします」
「その子とあっちにいる2人はいいの?制服着てるってことはマネージャーじゃないでしょ?」
「この子達は臨時マネージャーです。私が監督の許可を得て手伝ってもらってるの」
「ああ、じゃあ私も手伝ってあげる。それならいいでしょ」
「人手は足りてるし、仕事を知らない人に手を出されても迷惑なだけなので結構」
「…………」


取り付く島もない奈津美先輩の態度に、その人の綺麗な顔がちょっと歪んだ。
明らかに面白くないって顔で奈津美先輩を睨んでるけど、奈津美先輩は全く動じていなかった。
景ちゃんたちのせいで散々女の子たちと渡り合ってきてるから、ちょっとやそっと睨まれたくらいじゃ痛くも痒くもないわ!って言ってたもんね、さすが奈津美先輩……。
なーんて的外れな感慨を抱きつつコートの方に目をやったら、心配そうにこっちを見ていた長太郎とバッチリ目が合った。
あたしと目が合った途端、少し眉をしかめて小さく頷く。

それは無言の合図。多分あたしにしかわからない、長太郎からの。
『何とかして欲しい』っていう、合図。

……仕方ないなぁ……。


「奈津美先輩」
「……何?」


ちょんちょん、と先輩のジャージの袖を引っ張って。
出来るだけ穏やかに、自分のための頼み事するようなつもりで言った。


「今日だけ許してあげて?明日からは別なとこで待ち合わせするようにって、あたしからも長太郎に伝えとくから。今日は簡単な作業手伝ってもらおうよ」
「…………ちゃんがそう言うなら、仕方ないわね」
「ありがと!」
「今日だけだからね!鳳にちゃんとそう言っといてね」
「うん!」


奈津美先輩は渋々だけどわかってくれて。
じゃああとはよろしく、と呟いてノートパソコンのところに戻っていった。
あたしはおしぼりのカゴを取り上げて、急な展開にちょっとびっくりしているらしい長太郎の彼女の傍まで行くと、スタンドの一角にある水飲み場を指差した。


「じゃあすいませんけど、手伝ってもらっていいですか?」
「え……あ、うん」
「あたし1年のです。先輩ですよね、お名前聞いてもいいですか?」
「……3年の月城あすか」
「あすか先輩ですね。そしたらあたしがこのタオルを濡らして絞るんで、こっちの空いてるカゴに並べてってもらえますか?」
「わかったわ……えーと、さん?」


名前を呼ばれて振り返ると、あすか先輩はにこっと笑って小さく首を傾げた。


「どうもありがとう、助かっちゃった」
「……いえ、どういたしまして」


その優しそうな笑顔を見たら、胸がズキンと痛んだ。































その日の夜、もう夕飯が終わって結構経った頃に長太郎は帰ってきた。
カーテンも窓も開けたままで勉強机に向かっていたあたしの視界の端で、ぱっと明るい光が瞬いたのを見た瞬間、あたしは弾かれたようにぱっと出窓に取り付いて、身を乗り出して長太郎の部屋の窓ガラスを叩いた。


「長太郎!お帰り!」
「―――?」


窓ガラス越しのくぐもった声が響いて、さらりとカーテンがひかれた四角い窓枠の中に制服のままの長太郎が現れる。
長太郎の部屋の窓が開け放たれるのとほぼ同時に、あたしは自分の部屋の窓枠に飛び乗って1メートル弱しか離れていない長太郎の部屋に飛び込んだ。


「こら!危ないからこっちから入っちゃダメだっていつも言ってるだろ?」
「大丈夫だもん、あたしそこまで運動神経鈍くないもん!」
「そういう問題じゃないだろ……まったくもう」


深い溜息をついて軽くあたしを睨むと、長太郎は制服のネクタイを緩めながらどさりとベッドに腰を下ろした。
そのすぐ傍に跪いてベッドに腕とあごを預けて、上目遣いに長太郎を見つめる。
あたしの視線に気付いた長太郎は声は出さずに微笑んで、あたしの頭を優しく撫でた。


「そういえば、今日はありがとう。彼女のこと庇ってくれて」
「……どーいたしまして!でも明日からは無理だよ、奈津美先輩が待ち合わせはコート外で!だって。あたしも明日は家庭部の活動日だから顔出せないから」
「うんわかってる。あすかさんにもさっきそう言ったから、もうには迷惑掛けないよ」


あすかさん、って名前を呼ぶその声が嫌になるくらい甘く響いて、また胸の奥にズキンと鋭い痛みを感じた。
でもそれを表には出さないでにこっと笑う。
長太郎に気付かれないように、しっかりと押し隠して。


「……あすか先輩、綺麗な人だね。長太郎から告ったの?」
「え?いや違うよ。今朝、朝練の後に呼び出されてさ。別に今好きな人いないなら付き合ってくれって言われて、断る理由もなかったから……」
「ふぅん、そーなんだ」
「何?」
「何って、何?―――あ、そうだ。長太郎、大好きだからね」


唐突にそんな科白を言うのはいつものこと。
長太郎もいつものように苦笑して、ぽんぽん、とあたしの頭を叩くように撫でた。


「はいはい、俺も好きだよ」
「本当かなぁー」
「本当だって」


ところでそろそろ着替えたいんだけど、と言われてあたしは大人しくベッドの傍から離れた。
玄関から帰るんだぞ、と言う長太郎の科白にふざけてあっかんべをして窓枠に取り付く。
そんなあたしの反応にまた溜息をついた長太郎がクロゼットを開けるために後ろを向いた瞬間に、あたしは長太郎の背中に向かって小さな声で呟いた。


「――――――き?」
「え……?」
「じゃあね、おやすみ!また明日!」


振り向いた長太郎から顔を背けて、窓から自分の部屋へ飛び移る。
ものすごいスピードで窓を閉めてカーテンをひいて、ベッドの中にもぐりこんでからリモコンで部屋の電気を消した。
薄いシーツ越しに長太郎の部屋の灯りが感じられたけど、それも窓を閉める音の後少しして消えた。











『あすか先輩よりも好き?』






―――バカなことを言った。
答えてもらえるはずもないくらい、とてもバカなこと。


長太郎があたしを好きと言ってくれるのは、あたしが妹みたいなものだからで。
女の子として好きなんじゃないってことは、嫌になるくらい分かってるくせに。
―――それでも時々期待してしまう。


もしかしたら。
もしかしたら、今のは。

あたしのこと、ちゃんと女の子として好きって言ってくれたのかもしれないって。


それはとても儚い期待で。
そしていつも、次の瞬間崩れ去る。


そしてまた。
心がきしりと、痛い音をたてる。





















……to be continued.

to next →







オリジナルキャラばっかり増えていくー(涙)。
チョタの彼女の名前は昔私がハマってた某ロボット漫画のキャラから(笑)。
友達2人の名前、読み方は朝希(あさき)と莢子(さやこ)。こちらは語呂だけで決めました。
てか萩ちゃんて(笑)。そのうちワカちゃんも出ます。目指せ氷帝コンプリート!(意味ナシ)
でもやっとヒロインとチョタの絡みらしい絡みが……!大変に短かったけども。