あたしの心を塞ぐ、その声は誰のもの?
君の声が聴こえない。このままではきっと心が死んでしまうよ。
この胸の光る星 ― The love shines in the heart like a little star ―
第4話 聴こえない君の音
「」
こつん、と後頭部に何かが当たった。
同時に聞こえた声はいつもよりずっと、とても優しい感じで。
あたしは一生懸命口の両端を上に引き上げて笑顔を作ってから、後ろを振り向いた。
「侑ちゃん、やっほぉ」
「隣ええか?」
「うん、どーぞどーぞ」
「ほれオゴリ。好きやろ、甘いの」
人のあんまりいない屋上の更に端っこ、ほとんど誰も来ない給水タンクの陰のちっさいスペース。
あたしのお気に入りのこの場所知ってるのは、長太郎と奈津美先輩と、それから侑ちゃんだけ。
というか、元々侑ちゃんが教えてくれた場所なんだけど。
いつだったか、独りになれる場所ないかなぁと何となく言ったあたしにこっそり教えてくれた。
男の子が3人(樺ちゃんサイズなら2人かな)入ったらもうキツキツのその場所に並んで腰を下ろして、侑ちゃんはアイスココアの缶をあたしの手にぽんと押し付けた。
「ありがと」
「最近テニス部に顔出さんなぁ。みんな淋しがっとんで?」
「ん?うん……」
「鳳の彼女見んの、辛いか」
ずばり言われて、かたいプルトップ空けようと動かしてた手が止まった。
侑ちゃんはあたしの手から缶を取り上げて軽々とプルタブを起こす。
手の中に戻された缶についた水滴が手のひらをじわりとぬらす、とてもイヤな感覚。
スカートにごしごしと手のひらをこすりつけながら、あたしは小さく1回だけ頷いた。
侑ちゃんには嘘がつけない。いつからか、もうずっとずっと、あたしの嘘も必死に張った虚勢も侑ちゃんは全部見抜いてしまって、容赦なく突っ込んでくるから。
あたしも、心の中のどろどろした本音、侑ちゃんにだけはいつも話す。
「……あすか先輩ね」
「うん」
「すごい、優しくて。あたしのこと見つけると、ちゃーんて名前呼んでにこにこして手ぇ振ってくれたりすんの。すごい可愛がってくれんの」
「うん」
「あたしも、あすか先輩のこと、好き」
「そーか」
「……でも心のどっかではいつもみたいに、最後は絶対長太郎の隣にいるのはあたしなんだからって自分に言い聞かしてるの。あすか先輩のこと好きだけど、長太郎は譲らないんだからって思ってる。そういうふうに思ってる自分がすごいイヤで、嫌い」
「……うん」
「あすか先輩の顔見るの辛くて、だからテニス部も行けなくて」
この恋をあきらめられないって悟った時に覚悟を決めたはずなのに、それでもやっぱり長太郎と他の誰かの恋を直視するのは辛くて痛くて、苦しくて。
あすか先輩と長太郎がうまくいってるとこなんか見たくない。
これ以上イヤな感情で胸の中いっぱいにしたくない。
でも2人が別れたら別れたで、きっとまたいつもみたいに重苦しい気持ちは残る。
……そういうリスク、全部わかってても、それでも長太郎が好きで。
「あたしってホント、すごい、嫌なヤツだぁ……っ」
恋してる女の子はみんな綺麗になるなんて、嘘だ。
こんなどろどろの気持ちばかりの恋が綺麗だなんて、嘘だ。
抱え込んだ膝に額を押し付けて泣き出したあたしの隣で、侑ちゃんはしばらく何も言わずに黙ってコーヒーの缶を傾けてた。
少し経って、空になった缶を置く音がして。
ふわりと、大きくて温かい手のひらがあたしの頭に覆いかぶさった。
「は嫌な子なんかやないで?」
「…………」
「一生懸命恋してるだけやろ。俺かて自分の好きな女に別に男がおったらが考えとるようなんと同じように考えるわ。皆そんなもんや、だけとちゃうわ」
「でも……」
「辛いのんはわかるけど、自分を嫌いになったらあかんで?」
侑ちゃんの声も言葉も、とても優しい。
砂に水がしみこむように、その言葉はあたしに心にじんわりとあったかくしみこんだ。
「恋してる自分を否定したらあかん。その恋まで否定することになってまうんやから」
「…………」
「その辛さも痛みも全部ひっくるめての大事な恋なんやから、大切にしたらな、な?」
「…………うん……」
「いい子やな」
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っても、あたしは立ち上がらないでそのまま泣いた。
侑ちゃんはそれ以上は何にも言わずに、あたしが泣き止むまでずっと、ずっと傍にいてくれた。
その日の放課後、久しぶりに顔を出したテニスコートに、あすか先輩の姿はなかった。
ほっとしている自分にまた少し嫌悪感を抱いたけど、昼休みに侑ちゃんが言ってくれた言葉を何度も何度も繰り返し唱えたら、気持ちは落ち着いた。
いつもみたいに奈津美先輩を手伝いながら、久しぶりだからってかわるがわる顔を見に来るレギュラーや準レギュラーの皆と長々お喋りしちゃって、景ちゃんに叱られたりなんかして。
そしてとても久しぶりに、長太郎と2人で帰ることになった。
すっかり日の沈んだ人気のない道を2人並んで歩いていく。
久しぶりだから、何を話したらいいんだかわかんない……。
最初に口を開いたのは長太郎だった。
もう少しでもう家に着く、そんな微妙な距離で。
「そう言えば、あすかさんが、さ」
「……あすか先輩?」
「うん。今度も一緒に遊びに行かないかってさ。のこと相当気に入ったみたいで、あんな妹欲しかったんだってしょっちゅう言われるんだ」
「そーなんだ。……あたしもあすか先輩好きだよ」
「そっか、それ聞いたら喜ぶよ」
「うん」
「それでさ……」
長太郎の口をついて出て来るのはあすか先輩の名前ばっかりで。
あたしは必死に侑ちゃんのくれた言葉を心の中で繰り返した。
あすか先輩の名前を聞くたび胸はまたきしきしと痛んだけど、それでも。
長太郎とこんなふうに2人で話せるのは嬉しかったから。
幸せだったから。
――― その一言を聞くまでは。
「ああ、そうだ聞きたいことがあったんだ」
「うん?なーに?」
「、今好きな奴っている?」
「……え?」
―――耳鳴り。
まるで空気が張り詰めたように、キンと耳鳴りがして。
長太郎の声が、一気に遠くなった。
「俺のクラスの奴にのこと紹介してくれないかって言われてさ」
「サッカー部で結構モテるんだ、跡部先輩たちほどじゃないけどね」
「いい奴だし、さえ良ければ紹介してもいいかなって」
遠く遠くに聞こえるのに、言葉の輪郭だけはいやにくっきりしていて。
なのに、何を言っているのか、わからない。
―――わからない。
「―――?」
もう一度名前を呼ぶ声が聞こえて。
その声を聞いた瞬間、あたしは弾かれたように走り出していた。
「!?」
呼び止める声に、振り向くことも出来なかった。
この辛さも痛みも、全部あたしのものだから。
否定してしまったら、この恋そのものを否定するのと同じだから。
でも、ねえ。
好きな人にこの恋そのものを否定されたら、どうすればいいの。
恋してる相手に否定されてしまったら、この恋心はいったいどこへ行けばいい?
君の声が聴こえない。
それを求めるあたしの心を塞ぐその声もまた。
―――それもまた、君の声。
……to be continued.
…………本当にこれはチョタ連載なのか。最早自分でも疑わしくなってきました。(をい)
侑ちゃん出張り過ぎ。忍足ってすごくいいお兄ちゃんになるタイプだと思うのですがどうですか。
でも設定だと姉1人の長男なんだよな……最初妹いそうだなーと思ったのにー。