長谷川たけし
第2回 1994年頃 |
おじいちゃん、おばあちゃんがいて、赤ちゃんがいる社会から、機能的な役割だけを優先させよとうする社会がありました。隣の家に対しても無関心になる無機的な地域を持つ社会が増えていく、それが今の日本社会かもしれません。 子供たちと勉強したり、話し合ったりする東京での日々が始まってから、もう9年が経ちます。東京の住宅事情は、子供たちが自分の勉強部屋を持てない状況をもたらしがちです。受験に熱心な家庭もあれば、関心のない家庭もあり、様々な人々が、暮らしています。夜遅くまで起きて、家で勉強することが、邪魔になると考えている家族も少なくありません。 しかし、試験前は勉強しよう、遅くまでやってみたい、友達と一緒に勉強したい、家だと邪魔だから早く寝ろと言われる、などなど、子供たちの要望も強く、試験期間中、希望者は、保護者の承諾付きで、夜遅くまで、勉強していいことにしています。 先日も夜2:00まで勉強し、生徒たちは、帰宅しました。 子供たちは、このような大人社会と関わりながら育つわけです。 初めから疑われる社会、人を信用しない社会、自分が生きることだけで精一杯な社会、これでは、息が詰まってしまいます。 自分たちに何ができるのでしょう。自分に、他人に、誠実に生きていくことは、とてもたいへんなことです。
学校へ行く行かないよりも PARTU(93年1月) 1992年8月に、神田(東京)で開かれた「教師と専門家のための登校拒否研修会」に参加しました。参加したと言っても、様々な講演やシンポジウムを、少し狭いイスに座って聞いていただけなのですが、そのとき、今までに出逢ったいろいろな子どもたちのことが、頭の中に浮かんできました。 「発達課題」「二次的症状」「不登校」など言葉が交錯するなかで、そのように表現される子供たちの意見がもっとあればなあ、と思いました。また、学校に行っていない子供たちの「発達課題」ばかり言及されているけれど、「だれにでもありうる学校に行かない、行きたくない」ことを言うのならば、すべての子供たちの「発達課題」としての意見が聞きたいなあ、と思いました。 そのように、少し違和感を抱きながら聞いているうちに「登校拒否」であろうと「不登校」であろうと、そう呼ばれている子どもたちにとって、その言葉は、大人社会側が区別するのに便利なだけの言葉ではないのだろうかと思いました。 はたして、学校に通う子供たちとの差異を、それほど明確に見つけだすことができるのだろうか。学校に通う子どもたちには、悩みや心配はないのだろうか。 そう考えていると、学校に通うことも、通わないことも、家の中にじっとしていることも、とてもエネルギーのいることなのだと感じます。けれど、それを飾り立てた言葉で表現しようとは思いません。子供たちをほめようとも、けなそうとも、その気持ちの代弁には、ならないからです。 最近では、そういった自分の無力さや、他人の遠さなども楽しめるようになりました。僕の楽しさが、少しでも伝わり、そのような心のつながりを作り始めることは、お互いに大切な楽しい時間だと感じます。 この原稿を書くのに、とても苦労しました。それは、「登校拒否」と限定されるだけのものが、自分の心の中で小さくなってきていること、「書く」ことより、実際に「動く」ことの方が楽しいこと、そして、自分自身のエネルギーが最近減少中と感じているからでしょうか。また子どもたちと(そもそも子どもと大人という言葉の定義も怪しいのですが)エネルギーを吸収しあいながら、支えているふりをして支えられて、がんばろうと思います。 けれど応援しないでください。人には、がんばっているように見えなくても、それぞれが、がんばっているだけですから。 |