去年は田舎への里帰りと、見事に日にちがかぶった。
一昨年は、日頃くじ運なんて欠片もないお父さんが当てた(多分あれで一生分の運を使い切ったんじゃないかな)ショッピングモールの抽選の特賞『ご家族4名様ハワイ一週間の旅』が、お父さんの仕事の関係上、どーしてもその日でないと行けなくて。
更にその前の年は、性質の悪い夏風邪で寝込んでた。
だから今年は、実に四年ぶりの夏祭り。
祭囃子と君の声
今年初めて袖を通す浴衣は、渋い濃紺の地に紫陽花の柄。
去年おばあちゃんちに行った時に、箪笥の奥にあったのを発見して貰ってきたヤツ。
昔お母さんが着ていたというそれは、今風の明るい色目の浴衣よりずっと大人っぽい。
それにきれいな朱色の帯を締めて、同じ色の巾着も用意して。
普段はあまりしない薄いお化粧もして、髪もいつものバレッタじゃなくて、やっぱりおばあちゃんちで見つけて貰ってきたべっ甲の簪で纏めてみた。
お母さんに手伝ってもらって、着付けから髪まで全部終わらせて。
先に着付けが終わってリビングで待っている三人のところへ急いだ。
リビングのドアの隙間からそーっと中を覗くと、浴衣を着た広い背中が三つこっちを向いていて。
音をたてないように静かにドアの隙間から身体を滑り込ませて、一呼吸。
「おっ待たせー」
そう声をかけたら。
一斉にくるりと振り返った三人が、おお、って声を上げた。
予想以上の反応に嬉しく思った瞬間。
「へぇ、似合うじゃん。可愛い可愛い、上出来♪」
「纏め髪も色っぽく……見えないこともない、かな?」
「……あとはその浴衣に見合うくらい胸がユカタ(豊か)だったら良かったのに……ぷっ」
「…………サエちゃんはいいとして、亮ちゃんとダビデ!それ誉めてないし!」
しかもダビデのダジャレ寒いよ!!
……と言ったら、ダビデは無言で落ち込んだ。だったら言わなきゃいいのに。
唇を尖らせて拗ねたら、亮ちゃんに宥めるように優しく頭を撫でられた。
「冗談だって。うん、綺麗じゃない?」
「だから、何で疑問形……」
「が可愛いから照れてるだけだよ。ホラ、いつまでもムクれてないでそろそろ行かないと、バネたちが待ち草臥れて怒り出すぞ」
「……サエちゃんってさらっとキザい科白を吐くよね……」
「、顔赤い」
「うっさいダビデ!」
手に持ってた巾着を振り回してダビデの背中を引っ叩いたら、ちょうどそこをお母さんに見られて、出掛けるところだというのにばっちり怒られた(くそう、ダビデめ……!)。
『裾に気をつけて歩くのよ!』ってお母さんの言葉に何度も頷いて、サエちゃんたちと並んで家を出た。
うちからちょっと歩いたところにある神社で、毎年行われる夏祭り。
子供の頃から、毎年幼馴染の皆と一緒に出向くのが恒例になってる。
でもここ三年ほど、あたしは最初にあげたような事情で不参加で。
今年は実に中一以来の参加なのだ。
浴衣や祭装束姿の人がちらほら見える道を、四人並んで待ち合わせ場所までゆっくり歩く。
サエちゃんも亮ちゃんもダビデも、今年はうちのお母さんに浴衣を着付けてもらった。
『たまにはいいよな』なんて言いながら、楽しげに下駄を鳴らして歩いていく。
三人とも小学校までは法被に腹掛、股引に草履って祭装束で(アレって小さい子供が着てると衣装に着られてるみたいで可愛いんだよねー)、中学に上がってからは普通に服で来てたから、浴衣姿見たのは初めてで何だかすごく新鮮だった。
でも、何でこの三人だけ頼んできたんだろう。
他の皆は服なのかな。浴衣も似合いそうなのにな……。
そう思って、隣を歩くサエちゃんに声をかけてみた。
「ねぇ、サエちゃん」
「ん?」
「バネちゃんたちは浴衣着てこないの?」
「バネたち?」
「そう」
どうせなら皆で着れば良かったのに、って言ったら。
サエちゃんと亮ちゃんとは、顔を見合わせて何か意味ありげに笑った。
「……何?」
「いや、別に?」
「バネたちはバネたちで色々あるんだよ。な?亮」
「そうそう、そーいうこと」
「意味わかんないんですけど」
「ま、会えばわかるよ」
そう言って、サエちゃんと亮ちゃんは曖昧に話をぼかしてしまった。
……変な二人。
気になってしょうがないんでダビデにも聞いてみようと振り向いたら、道の先に人のいないのを見計らって下駄を飛ばしちゃ『お、晴れ』とか『明日は雨』とか一人で遊んでて、それを見た瞬間一気に脱力しちゃって聞く気失くした。
ダビデは普段から十分変なんだったよ……。
待ち合わせ場所は神社の入り口。
日が落ちてきて薄暗いせいで、赤い鳥居の下にいる皆の影しかわからない。
でも並んだ時の身長差で、それがバネちゃんといっちゃんと剣太郎だとわかった。
「お、いたいた」
「バネちゃーん!いっちゃーん!けんたろぉーっ!」
あたしの声に反応して振り向いた人影のひとつが、こっちに向かって走ってきた。
小柄で坊主頭。あれは剣太郎だ……え!?
剣太郎の姿が近づくにつれて、薄闇にまぎれてわからなかった服装が見えて。
「やっほーちゃんっ!ねーねー、僕どう?カッコいい!?」
「うん、カッコいい……ってか、そうじゃなくて!どうしたのその格好!?」
「あれ?言ってなかったっけ?人手足りないからって、昼間の神輿かつぎに参加したんだよ、僕たち!だから、そのままのカッコできたんだけど」
「聞いてないよー!お神輿かついだの?見たかったー!」
「えへへへー」
剣太郎は、子供の頃着てたのと同じような法被と腹掛と股引という姿で嬉しそうに笑った。
子供の頃より身長が伸びて身体つきが変わった所為か、それはとても似合ってて。
男っぽさが増して確かにカッコいい。
見れば、剣太郎に続いてこっちにやってきたバネちゃんといっちゃんも、同じ格好してた。
バネちゃんだけは、上に法被を着ないで黒の腹掛だけで、二の腕を晒してて。
男の子の二の腕なんてテニス部のユニフォームで見慣れてるはずなのに、着てる衣装が違うだけで何だか妙にドキドキする。
「おっ、似合うじゃん、三人とも」
「おう!お前らもな」
「あー、可愛いのねー」
「……あ、ありがと」
いっちゃんがあたしの姿を見るなり、にこにこ笑って誉めてくれた。
アップにした髪が崩れないように、そっと頭を撫でてくれる。
いっちゃんの声にバネちゃんが反応して、こっちを見下ろしてにやっと笑った。
「ん?へぇー、似合うじゃねぇか、浴衣!」
「そ、そぉ?」
ストレートな誉め言葉が嬉しくて、顔が上気するのが自分でもわかって。
赤くなった頬を押さえて俯いた瞬間、朗らかにバネちゃんの声が頭上で響いた。
「おう!馬子にも衣装ってヤツだな!!」
「…………」
「……バネ、それ誉めてないよ」
「あ?」
溜息混じりの亮ちゃんの突っ込みにバネちゃんが振り返った瞬間を狙い定めて。
思いっきり巾着で背中を引っ叩いてやった。
「いってえぇぇっ!!」と声を上げるバネちゃんを完全無視して歩き出す。
「あにすんだーっ!!」
「今のはバネが悪い」
「同感」
「バネさん、自業自得だよぉ」
「女の子に対して言う科白じゃないのね」
「フォロー不可能」
「ちょっと待て!何で俺が悪いんだぁっ!!」
続々と突っ込むみんなに対して、バネちゃんが吠えた。
因みに『馬子にも衣装……誰でも外面を飾れば立派に見えるという意味(広辞苑より)』なんだけど。
この態度から察するに、誉め言葉と信じて疑ってないよバネちゃん……。
怒りに任せて背中叩いちゃったけど、ちょっと悪かったかな……。
皆もそう感じたらしくて、国語得意のサエちゃんといっちゃんが不貞腐れていたバネちゃんに何やら説明を始めた。
その様子を見ながら、バネさんってば理数系だからなぁ、と隣で剣太郎がぼそりと呟いた。
そうなんだよ。バネちゃんってバリバリ理数系(いや、むしろ骨の髄まで体育会系?)なんだよね。
でも『馬子にも衣装』を誉め言葉と思ってるってのはちょっと問題でしょ。
あたしがそう言い返したら、剣太郎はそうだねっ、なんて言ってこくこく頷いた。
あたしと剣太郎がそんな話をしている間に、サエちゃんといっちゃんの説明は上手くいったらしくて。
バネちゃんがすごく申し訳なさそうにあたしの方に来た。
あたしの方が悪いことしたような気になっちゃう、ホント申し訳ないって顔してて。
「変なこと言って悪かったな、」
「いいよ、もう。悪気があった訳じゃないんでしょ?」
「ある訳ねーだろ、そんなもん!」
「うん。だからもういいよ」
「……サンキュな」
バネちゃんの手があたしのほっぺた、ぺちんて軽く叩いた。
それは子供の頃からの、あたしたちだけの仲直りの合図だ。
それが出たら、その話はもう解決、もうおしまいってこと。
仲直りもして、改めてみんな並んで歩き出したところに、お囃子の音や夜店のざわめきが届いた。