走り出したを追いかけながら、不意に一年の頃のことを思い出した。


「―――カップルの理想の身長差って言うのがあるんだって」


そんなことをが話してたのから始まって、クラス全体巻き込んで大騒ぎしたことがあって。
の「あんたたち、お互いが一番その理想に近い相手なんだってわかってる?」って言葉に、「やめろ!」って返したら同じこと言ったの声と見事にハモって、ますますクラス中から冷やかされて、二人して逆ギレして大暴れして。
騒ぎが落ち着いた後に目があって、思わず「と付き合うとかぜってーねーし!」って言っちまった俺に、は思いっきりあかんべして「私だってそんな気ない!」と言い返してきた。
売り言葉に買い言葉で出ただけだろう、ちょっとしたその一言が、今でも俺は忘れられないでいる。


あの頃の俺は今よりもっと小さくて、そんでもって今よりずっとずっとガキだった。
素直になれなかっただけで、ホントは、ずっと。


――――――ずっとのことが好きだったんだ。
















つま先立ちする私、心で背伸びする君











!」
「っや……!」


文芸部なんていかにも運動苦手そうな部活に入ってる割に、は足が早かった。
でもいくら早くても俺に追いつけないはずがなくて、交友棟の手前辺りで俺はの腕を捕まえた。
細い腕を引っ張られて振り向いた今にも泣き出しそうなの表情は、俺を見た瞬間に驚きに変わって。
それと同時に振り解こうしていた腕の力が一気に抜けた。
掠れた声が、少しおかしな発音で俺の名前を呼んだ。


「―――む、かひ?」
「そーだよ俺だよっ……ったく、声聞いて分かれよな……!」
「やだ、ご、ごめん……」
「…………」


謝りながら見せた表情は、本人は気付いていないようだったけど、らしくないすげー弱っちい笑顔で。
それを見た途端、次の言葉を思わず飲み込んでしまった。
―――鳳と何があったんだよって。
と鳳が顔見知りだなんて話、俺は一度も聞いた覚えがない。
テニス部にいるの知り合いは、俺が紹介した元レギュラーとか同じクラスの奴くらいのはずだ。
前に練習を見に来た時に、自身に鳳と樺地のことを聞かれたことはあったけど、紹介はしてない。
なのに、なんでだ?
何でいきなり鳳がに告るなんて状況になるんだよ?
あれこれと考えてるうちに何だかすげぇムカついてきて、俺はぐっと唇を噛んだ。
その拍子に、何でかが小さく悲鳴を上げた。


「いたっ!向日痛い!」
「……あ?」
「うで、腕!そんな強く掴まないでよ、痛い!」
「腕?……あっ!わり!」


の腕を捕まえたままだった手に無意識に力を入れてしまっていたらしかった。
思いっきり顔を顰めたに睨まれて、俺は慌てて手を離そうとして、やっぱりやめて掴む力だけを弱くした。
何となくだけど、捕まえておかないと逃げるんじゃねーかと思った。
腕を離さない俺と掴まれた自分の腕を交互に見て、が少し困ったような顔をする。
その顔を見て、あーやっぱしって、自分の勘が正しかったって思った。
さっき俺が飲み込んだ、訊くのを躊躇ってしまった言葉を、はわかってる。
俺の口からその言葉が出る前に逃げて誤魔化そうとしてる。
そう思ったら、さっきよりもっとムカついた。


「……さっきの鳳とのアレ、なんだよ」
「…………」


一瞬だけ、の視線が揺らいだ。
でもすぐにそれを無理やり隠して笑顔を作って俺に向き直る。


「……昨日、鳳君に告白されたの。でも断ったんだよ」
「昨日?」
「休んじゃった子の代わりに図書委員の仕事の手伝いに来てくれて。……その時に」
「つーか、何でいきなりあいつがお前に告るんだよ」
「そんなの私に聞かれたってわかる訳ないじゃん。ただ、春にあんたに言われて練習見に行ったじゃない?あの時から私のこと知ってた、みたいなことは言われた」
「あー……お前があいつと樺地のデカさにビビッて俺に誰だって聞いてきた時な」
「別にビビッてないでしょ!」
「あっそ。……でも断ったなら何であんなとこであんなこと言うんだ、あいつ。らしくねーの」


俺の知ってる鳳はそんなしつこいタイプじゃない。
はっきり断られたんなら、それ以上はしつこく付きまとったり食い下がったりしないと思うんだけどな。
不思議に思って首を傾げた時、俺の腕に微かな振動が伝わってきた。
の腕を掴んだままの手に。


「……あのさ」
「……何」
「お前、ホントにちゃんと断ったのかよ」
「断ったって言ってるじゃん」
「本当か?じゃあ何つって断ったのか、言ってみろよ」
「…………」


逃げるように俺から視線を逸らすの腕を引っ張って、無理やりこっちを向かせる。
何すんの、という抗議の声は弱々しく掠れてほとんど聞き取れなかった。
何も言わずに真正面からの目を覗き込んで、あいつから口を開くまでじっと待つ。
観念したようにが口を聞いたのは、一分以上経ってからだった。
めちゃくちゃ言い難そうに、視線を泳がせながらぽつぽつと話したその「断りの言葉」は、例えば俺が鳳の立場だったとしたら、とてもじゃねーけど納得出来るようなものではなかった。


「…………」
「……お前なー……」
「……だって」
「だってじゃねーっつの。そんなんじゃ納得出来ねーよ、普通!」
「それ以外にどう言えばいいかわかんなかったんだもん!」


拗ねたガキみたいに唇を尖らせて言い返す。
筋の通らない言い分に俺は思わず頭を抱えたくなった。
普段はどこの本から拾ってきたんだかって感じのやたら小難しい理屈並べ立てたりするくせに、何でこういう時に限って言うことがガキくせーんだこいつ。

「はっきり言やぁいいだけだろ!?お前のこと好きじゃねーから付き合えないごめん、で済む話だろーが!」
「…………」
「それとも、なんかはっきり断れないような理由でもあったのかよ」
「っそんなものないよ!」


当てずっぽうで言っただけの言葉にこっちが驚くほどはっきり反応が返った。
すぐに我に返ったらしいが、ぱっと自分の口元を押さえて、最初に見たのと同じ泣きそうな顔をする。
その反応を見ていたら、すごい嫌な予感が頭の中をよぎった。






鳳の告白と、それをはっきりと突っぱねなかった
身長が釣り合わないからとか、年上だからとか、そんなちぐはぐな言葉で答えを濁したのは。
さっき、もう一回告白されて、あんなふうに逃げ出したのも、本当は。
本当は鳳の告白が嬉しかったからなんじゃねーのか。


――――――鳳の告白に、気持ちが揺れたんじゃ、ねーの……?






「……なぁ」


呼びかけた声に、まだ捕まえたままの腕がびくっと震えた。
その腕をそっと引っ張ったら、はさっきまでとは段違いの力で俺の腕を振り解いて。
まるでガキが駄々こねるみたいに激しく首を横に振った。


「もうこれ以上何も答えないから!」
「はぁ?あのなお前」
「答えないったら答えない!」
「……わかったよ。鳳のことはもう訊かねーよ」


そう言ったら、はあからさまにホッとしてて。
その反応が余計に俺の中の嫌な予感を強くして、訊かないと言ったのに問いかけそうになった。
―――鳳のこと、本当はどう思ってんだって。
だけどもう訊かないと言っちまった以上、その言葉を口にすることは出来なかった。
それから少しの間、二人で黙ってその場に突っ立っていて。
先に沈黙に耐えられなくなったのは、俺だった。


「……俺、喉乾いた」
「え?ああ、さっき走ってたしね」
「誰の所為で走ったと思ってんだよ!いいから何か買いに学食行こうぜ、学食!」
「しょーがないなぁ」


歩き出した俺の隣に並んだは、やっといつもどおりの笑顔になっていて。
俺はそれに笑い返しながら、心の中で小さな溜息をひとつ零した。











ずっと、のことが好きだった。
―――でも。


今更この気持ちを告げても、もう遅い、気がした。






















06/01/27UP     <<BACK   TOP   NEXT>>