日本書紀を読んで古事記神話を笑う

日本書紀を読んで古事記神話を笑う 改訂新版

2009年10月5日up
(物語読者として日本神話を解明する)


第50 日本書紀第8段第6の一書の構成意図と古事記の悪意


日本書紀第8段第6の一書を検討する意義

 古事記の上記Fに相当する部分は,日本書紀第8段第6の一書だ。

 日本書紀編纂者は,いわゆるオオクニヌシとスクナヒコナの国作りの話を,異伝扱いした。

 例によって,日本書紀をきちんと理解しなければ,古事記のいいかげんさは見えてこない。しかも,第8段第6の一書は,古事記を笑うという目的を越えて,たくさんの面白いことを教えてくれる。

 そこで,今しばらく,日本書紀第8段第6の一書を検討してみよう。

 ただ,この第6の一書にさえ,すでにヤマト中心,すなわちタカミムスヒ中心の伝承が紛れ込んでいる。それが,この異伝を屈折したものにしている。


日本書紀第8段第6の一書の構成

 全体の構成は,以下のとおりだ。

@ オオナムチ(古事記にいうオオクニヌシ)がスクナヒコナと共に国作りをしたこと。

A 国作りをしたオオナムチがヤマトの大三輪の神になったこと。

B 国作り前のオオナムチとスクナヒコナとの出会いの話。スクナヒコナがじつはタカミムスヒの子であったことが明かされる。

 時系列でいえば,Bは本来@の前に置かれるべきだ。国作り前の,オオナムチとスクナヒコナとの出会いだから。

 そして古事記では,確かに,B,@,Aの順に,整理して語られている。

 だから学者さんは,B,@,Aの順の方が,話の筋道が整うとしている。

 私に言わせれば,追究が甘い。


日本書紀第8段第6の一書と古事記の関係

 先が長いので,結論を先に言ってしまおう。古事記は,第8段第6の一書の悪意を,リファインしている。

 まず,日本書紀第8段第6の一書の構成意図。

 上記@,Aはそのとおりだろう。大八洲国,すなわち葦原中国を支配してヤマトの三輪山に鎮座したオオナムチが描かれている。
 タカミムスヒやアマテラスが現れる前の,それはそれは偉大な神だった。

 問題はBで,スクナヒコナが,じつはタカミムスヒの子であったことが付け加えられている。

 すなわち,Bで初めて,結局出雲もまた,タカミムスヒ以下の「高天原」の神々が作った国だったのサ,という種が明かされるのだ。

 本来の伝承は@,Aで終わっていたはずだ。
 偉大なる出雲神話としてはこれで足りるし,これで完結している。

 ところが,「高天原」を上に置こうとする悪意。今までに見た,権威的,権力的,支配的な伝承。

 これによって,Bが付け加えられてしまった。

 それを時系列にしたがって構成し直すとどうなるか。B → @ → A,の順になる。

 これが古事記なのである。


日本書紀第8段第6の一書の悪意

 もう少し詳しく検討しよう。

 Bは,明らかに,悪意ある付け足しだ。
 スクナヒコナが,タカミムスヒの子であったことを付け足すことにより,出雲神話の独立性や偉大さを貶めている点で。

 それだけではない。世界観が破綻した,出来損ないの悪意なのだ。

 本当にスクナヒコナがタカミムスヒの子であったのであれば,このあとに展開される国譲りという名の侵略は,不要ではなかろうか。

 出雲は初めからタカミムスヒの子が作った国ということになるのだから,不要どころか,タカミムスヒの子が作った国をタカミムスヒ自らが侵略することになり,叙述上,矛盾をきたすことになる。

 タカミムスヒは,「吾が産みし児」1500座だと言って,誇っている。
 すなわち,天の下には,タカミムスヒが生んだ神が充ち満ちているというのだ。

 だったら,いまさら,国譲りという名の侵略なんて,する必要がない。


日本書紀第8段第6の一書の悪意のずっこけぶり

 日本神話の構成に矛盾が生ずるお話が,付け足りのようにくっついている。

 「おまえの母ちゃん,でーべーそー。」って言ったガキ自身が,でべそだったようなもんだ。

 笑ってしまうような,付け足し方である。
 日本書紀編纂者には,こんな情けない悪意など,出そうとしても出せないだろう。

 「叙述と文言」からすれば,本来の出雲神話は@とAだけだったはずだ。そして,Bが付け加わったのが,その次の伝承。これが日本書紀第8段第6の一書。

 さらに,「叙述」の破綻に眼がゆかず,B,@,Aと構成し直したのが,古事記である。


古事記はじつにいい加減で適当な書物である

 古事記は,初めからBを前提とした構想で,話をまとめている。

 古事記ライターは,スクナヒコナを,話の初めから「こは~産巣日~(かみむすひのかみ)の御子,少名毘古那~(すくなひこなのかみ)ぞ」と,さももったいぶって,偉そうに登場させる。

 「ずっこけた悪意」には,気付いていない。知らぬが仏の諺どおり,ずっこけぶりを,さらに強調している。

 ここでは,日本書紀のタカミムスヒではなく,カミムスヒに変わっているが,本質的な問題ではない。いずれにせよ「高天原」(古事記冒頭)の神だ。

 カミムスヒ(高天原の神)がエライという思い込み。
 その「御子」がスクナヒコナである「ぞ」という物言い。

 要するに出雲国は,そもそも「高天原」の神々の子孫が作った国である,というイデオロギーだ。

 それを真っ正面から打ち出してしまった。


古事記は悪意のソフィスティケイト

 日本書紀第8段第6の一書の,Bの尻馬に乗って,悪意をさらにソフィスティケイトしたのが古事記だ,ということになる。

 その結果,カミムスヒの子スクナヒコナが作った国を,アマテラスとタカミムスヒの命令で侵略するという大矛盾が,真っ正面から打ち出されてしまった。

 「ずっこけた悪意」をエスカレートして,ほとんど笑い話にしてしまった。
 しかも古事記ライターは,これに気付いていない。

 情けないヤツ。

 「高天原」がエライのはいいけれど,これは,「高天原」の内紛なんでしょうかね。世界観がぐじゃぐじゃ。

 古事記ライターは,こんなこと,平気の平左。偏屈な私は,ちんぷんかんぷん。

 やはりこれは,神話の崩壊過程,神話が腐っていく醜状を示している。


古事記の悪意のまとめ

 くどいようだが,話をまとめよう。

 文献としては,まず@,Aがあった。これが本来の出雲神話だ。
 そこに悪意のBが加わり,@,A,Bの順になった(第8段第6の一書)。

 これで十分なのだが,これを基に内容を整理し,改作するとすれば,時系列にしたがって,まずBのイデオロギーを述べておいて,@,Aにつなげることになる(古事記)。

 逆に,もともとB,@,Aとあった流れのよい文献(古事記)を解体して,流れが悪い@,A,Bの順に並べ替える(第8段第6の一書)必要性も合理性も,まったくない。

 日本書紀第8段第6の一書は,古事記よりも古いのだ。

 古事記ライターは,これを手本に改作したに違いない。
 しかも古事記ライターは,ヤマト中心主義,「高天原」のタカミムスヒやカミムスヒ中心の思想に凝り固まった人間だったらしい。


世界観が破綻している古事記ライター

 オオゲツヒメを殺したのは,スサノヲだった。しかし,五穀の種を取り上げたのは,スサノヲではなく,カミムスヒだった。

 なぜカミムスヒか。論理性はまったくなかった。
 物語としても,意味がわからなかった。五穀と養蚕の神,アマテラスの天の石屋戸話のあとになって五穀が生じたという,転倒したお話だった。

 しかも,カミムスヒが五穀の種を取り上げたあと,誰が大八洲国に播いたのか,さっぱりわからなかった。

 「神生み」から始めて,神が好きな古事記ライターは,偉大なるオオクニヌシの王朝物語を展開した。その点では,日本書紀編纂者よりも,公平で正直だったと言える。

 しかし古事記ライターは,いったん完結させた王朝物語の後に,リファインしたスクナヒコナとの国作りを,ちゃっかりくっつけてしまった。

 その構成意図に合理性は感じられない。構成意図なんか,なかったとしか思えない。

 ここでも馬脚を現した。

 しかしまあ,この正直さと,こりこりに凝り固まった「高天原」中心主義と,意固地さと,世界観の破綻。

 古事記ライターの心性が,少しわかったような気がする。


トップページ( まえがき)

第1 私の立場と問題意識

第2 問題提起

第3 方法論の問題

第4 世界観と世界の生成

第5 神は死なない(神というもののあり方)

第6 原初神と生成神の誕生

第7 日本書紀における原初神と生成神の誕生

第8 修理固成の命令

第9 言葉に対して無神経な古事記(本当に古い文献か)

第10 古事記は伊勢神宮成立後の文献

第10の2 応神記の気比の大神について

第11 国生み叙述の根本的問題

第12 日本神話の読み方を考える(第1子は生み損ないか)

第13 生まれてきた国々を分析する

第14 国生みのあとの神生み

第15 火の神カグツチ「殺し」

第16 黄泉国巡り

第17 コトドワタシと黄泉国再説

第18 禊ぎによる神生みの問題点

第19 日本神話の故郷を探る

第20 大道芸人の紙芝居としての古事記

第21 アマテラスら3神の生成

第22 分治の命令

第23 日本神話の体系的理解(日本書紀を中心に)

第24 日本神話の構造と形成過程

第25 生まれたのは日の神であってアマテラスではない

第26 日の神の接ぎ木構造

第27 最高神?アマテラスの伝承が変容する

第28 泣くスサノヲとイザナキの肩書き

第29 日本神話学の見通しと方法論

第30 日本神話のコスモロジー

第31 誓約による神々の生成(日本書紀)

第32 誓約による神々の生成(古事記)

第33 天の岩屋戸神話と出雲神話が挿入された理由

第34 日本神話のバックグラウンド・縄文から弥生への物語
(日本書紀第5段第11の一書を中心に)


第35 海洋神アマテラスと産霊の神タカミムスヒ
(日本書紀を中心に)


第36 支配命令神は誰なのか(ねじれた接ぎ木構造)

第37 アマテラスとタカミムスヒの極めて危うい関係

第38 五穀と養蚕の文化に対する反逆とオオゲツヒメ

第39 スサノヲの乱暴

第40 「祭る神が祭られる神になった」という幻想

第41 天の石屋戸と祝詞

第42 スサノヲの追放とその論理(日本書紀を中心に)

第43 アマテラス神話は確立していない(日本書紀を中心に)

第44 出雲のスサノヲ

第45 異伝に残された縄文の神スサノヲ(日本書紀を中心に)

第46 スサノヲにおける縄文と弥生の交錯(大年神の系譜)

第47 別の顔をもつスサノヲ(日本書紀を中心に)

第48 オオクニヌシの試練物語のへんてこりん

第49 オオクニヌシの王朝物語

第50 日本書紀第8段第6の一書の構成意図と古事記の悪意

第51 スクナヒコナと神功皇后と応神天皇と朝鮮

第52 偉大なるオオナムチ神話(大八洲国を支配したオオナムチ)

第53 三輪山のオオナムチ(日本書紀第8段第6の一書から)

第54 古事記はどうなっているか

第55 偉大なるオオクニヌシ(オオナムチ)の正体(問題提起)

第56 偉大なるオオクニヌシの正体(崇神天皇5年以降)

第57 崇神天皇5年以降を読み解く

第58 国譲りという名の侵略を考える前提問題

第59 「皇祖」「皇孫」を奪い取る「皇祖神」タカミムスヒ
(国譲りという名の侵略の命令者)


第60 皇祖神タカミムスヒの根拠
(国譲りという名の侵略の命令者)


第61 古事記における命令神
(国譲りという名の侵略の命令者)


第62 第9段第1の一書という異伝中の異伝と古事記

第63 武神の派遣と失敗と「高木神」

第64 タケミカヅチの派遣(タケミカヅチはカグツチの子)

第65 フツヌシとタケミカヅチの異同

第66 コトシロヌシは託宣の神ではないしタケミナカタは漫画

第67 「オオクニヌシの国譲り」の叙述がない

第68 天孫降臨の叙述の構造

第69 サルタヒコの登場

第70 古事記独特の三種の神宝

第71 天孫はどこに降臨したのか

第72 「国まぎ」を切り捨てた古事記のへんてこりん
(天孫降臨のその他の問題点)


第73 国譲り伝承と天孫降臨伝承との間にある断層

第74 じつは侘しい天孫降臨と田舎の土豪神武天皇

第75 天孫土着の物語

第76 火明命とニギハヤヒ(第9段の異伝を検討する)

第77 日向神話の体系的理解

第78 騎馬民族はやって来たか

第79 三種の宝物再論

第80 日本神話の大きな構成(三輪山のオオナムチとの出会い)

第81 海幸彦・山幸彦の物語を検討する

第82 「居場所」のない古事記

第83 本居宣長について

第84 日本神話を論ずる際のルール

第85 神々の黄昏

あとがき

著作権の問題など

付録・初版の「結論とあとがき」


新論文
神功紀を読み解く
神功皇后のごり押しクーデター

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