日本書紀を読んで古事記神話を笑う

日本書紀を読んで古事記神話を笑う 改訂新版

2009年10月5日up
(物語読者として日本神話を解明する)

第84 日本神話を論ずる際のルール

 さて,古事記批判はこれくらいにして,今後,日本神話を論ずる際の,最低限のルールを提示しておこう。

 私は,日本書紀本文,異伝である一書,古事記を,対等な別伝承として読むべきであると述べてきた。
 本来は,それぞれ独立した伝承であると論じた。

 たとえばここに,今読み終わろうとしている,学者さんが書いた本がある。

 この人は,アメノホアカリ(天火明命)を論ずるのに,ニニギの子とする日本書紀本文の叙述を前提にして,論を進めている。
 なぜ古事記の説を採らないのか。なぜ,日本書紀の異伝である一書の説を採らないのかについては,まったく言及されていない。

 どの伝承を取ろうとも論述には関係がないのなら,それをまず明らかにすべきである。

 また,別の学者さんは,三種の神器を論ずるのに,3つが対等の立場で揃った日本書紀第9段第1の一書を引用して,論を進めている。
 たぶんそれが,コンセンサスだと,思いこんでいるからだろう。

 こうした,アプリオリな思い込みを,さかのぼって自覚的に考え直すのが,学問だと思うのだが。

 私に言わせれば,第1の一書は異伝中の異伝であり,古事記は,これをさらに特定の方向に一歩進めた異伝なのであり,ある特定の伝承の,こうした「ベクトル」を意識しながら論じないと,まったく意味がないのであるが(第70 古事記独特の三種の神宝),今はそれを言うまい。

 「ベクトル」を意識しながら論ずることさえスタンダードになっていない日本神話論の現状。

 私の要求は,極めて単純だ。

 日本書紀本文,第1,第2,第4,第6の一書,そして古事記と,内容が異なる6種もの伝承があるのに,なぜここで,第1の一書をもとにして論を進めるのか。

 論述に入る前に,それをきちんと明確にするのが見識であり,ルールであろう。

 ところがそれが,できていない。
 これでは,学問にならない。
 読者としては,最初で引っかかってしまうから,いっかな大論文でも,納得できないものが残る。
 大論文も,土台から揺らいでしまうであろう。

 そもそも,読者に対して失礼である。

 なぜ,その伝承に依拠して論述を始めるのか。
 まず,そこから始めるべきであろう。

 論述の冒頭によくある,「一書によっても異なるが,第9段第1の一書によれば」というような,まったく意味のない前書き(もしくは言い訳にならない言い訳)は,やめてもらいたい。

 それは単なる,「つまみ食い」だ。
 自分に都合の良い伝承を選んだという「つまみ食い」。それに対する言い訳でしかない。

 これは,学問ではない。

 自分のよって立つ伝承が,日本神話の中でどのような位置関係にあり,どのようなベクトルを指し示しているのかを確かめず,都合のよい伝承をつまみ食い的に取り上げて論を進めている限り,日本神話は学問にならないであろう。

 以上,私が言ったことは,古事記批判以前の,方法論的な基本問題でしかない。
 戦後64年たったが,日本神話論の世界では,こんな当たり前のことさえも,きちんとできていなかったのである。

 とても信じられないことだが。

 (その原因は,古事記偏重と日本書紀の軽視であろう)。


トップページ( まえがき)

第1 私の立場と問題意識

第2 問題提起

第3 方法論の問題

第4 世界観と世界の生成

第5 神は死なない(神というもののあり方)

第6 原初神と生成神の誕生

第7 日本書紀における原初神と生成神の誕生

第8 修理固成の命令

第9 言葉に対して無神経な古事記(本当に古い文献か)

第10 古事記は伊勢神宮成立後の文献

第10の2 応神記の気比の大神について

第11 国生み叙述の根本的問題

第12 日本神話の読み方を考える(第1子は生み損ないか)

第13 生まれてきた国々を分析する

第14 国生みのあとの神生み

第15 火の神カグツチ「殺し」

第16 黄泉国巡り

第17 コトドワタシと黄泉国再説

第18 禊ぎによる神生みの問題点

第19 日本神話の故郷を探る

第20 大道芸人の紙芝居としての古事記

第21 アマテラスら3神の生成

第22 分治の命令

第23 日本神話の体系的理解(日本書紀を中心に)

第24 日本神話の構造と形成過程

第25 生まれたのは日の神であってアマテラスではない

第26 日の神の接ぎ木構造

第27 最高神?アマテラスの伝承が変容する

第28 泣くスサノヲとイザナキの肩書き

第29 日本神話学の見通しと方法論

第30 日本神話のコスモロジー

第31 誓約による神々の生成(日本書紀)

第32 誓約による神々の生成(古事記)

第33 天の岩屋戸神話と出雲神話が挿入された理由

第34 日本神話のバックグラウンド・縄文から弥生への物語
(日本書紀第5段第11の一書を中心に)


第35 海洋神アマテラスと産霊の神タカミムスヒ
(日本書紀を中心に)


第36 支配命令神は誰なのか(ねじれた接ぎ木構造)

第37 アマテラスとタカミムスヒの極めて危うい関係

第38 五穀と養蚕の文化に対する反逆とオオゲツヒメ

第39 スサノヲの乱暴

第40 「祭る神が祭られる神になった」という幻想

第41 天の石屋戸と祝詞

第42 スサノヲの追放とその論理(日本書紀を中心に)

第43 アマテラス神話は確立していない(日本書紀を中心に)

第44 出雲のスサノヲ

第45 異伝に残された縄文の神スサノヲ(日本書紀を中心に)

第46 スサノヲにおける縄文と弥生の交錯(大年神の系譜)

第47 別の顔をもつスサノヲ(日本書紀を中心に)

第48 オオクニヌシの試練物語のへんてこりん

第49 オオクニヌシの王朝物語

第50 日本書紀第8段第6の一書の構成意図と古事記の悪意

第51 スクナヒコナと神功皇后と応神天皇と朝鮮

第52 偉大なるオオナムチ神話(大八洲国を支配したオオナムチ)

第53 三輪山のオオナムチ(日本書紀第8段第6の一書から)

第54 古事記はどうなっているか

第55 偉大なるオオクニヌシ(オオナムチ)の正体(問題提起)

第56 偉大なるオオクニヌシの正体(崇神天皇5年以降)

第57 崇神天皇5年以降を読み解く

第58 国譲りという名の侵略を考える前提問題

第59 「皇祖」「皇孫」を奪い取る「皇祖神」タカミムスヒ
(国譲りという名の侵略の命令者)


第60 皇祖神タカミムスヒの根拠
(国譲りという名の侵略の命令者)


第61 古事記における命令神
(国譲りという名の侵略の命令者)


第62 第9段第1の一書という異伝中の異伝と古事記

第63 武神の派遣と失敗と「高木神」

第64 タケミカヅチの派遣(タケミカヅチはカグツチの子)

第65 フツヌシとタケミカヅチの異同

第66 コトシロヌシは託宣の神ではないしタケミナカタは漫画

第67 「オオクニヌシの国譲り」の叙述がない

第68 天孫降臨の叙述の構造

第69 サルタヒコの登場

第70 古事記独特の三種の神宝

第71 天孫はどこに降臨したのか

第72 「国まぎ」を切り捨てた古事記のへんてこりん
(天孫降臨のその他の問題点)


第73 国譲り伝承と天孫降臨伝承との間にある断層

第74 じつは侘しい天孫降臨と田舎の土豪神武天皇

第75 天孫土着の物語

第76 火明命とニギハヤヒ(第9段の異伝を検討する)

第77 日向神話の体系的理解

第78 騎馬民族はやって来たか

第79 三種の宝物再論

第80 日本神話の大きな構成(三輪山のオオナムチとの出会い)

第81 海幸彦・山幸彦の物語を検討する

第82 「居場所」のない古事記

第83 本居宣長について

第84 日本神話を論ずる際のルール

第85 神々の黄昏

あとがき

著作権の問題など

付録・初版の「結論とあとがき」


新論文
神功紀を読み解く
神功皇后のごり押しクーデター

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