日本書紀を読んで古事記神話を笑う 改訂新版 |
2009年10月5日up | (物語読者として日本神話を解明する) |
さて,日本神話も,いよいよ最期を迎える。 雄略天皇は,葛城山で狩りをする。そのとき,天皇に似た,背の高い人が現れる。 雄略天皇は「是神なりと知しめせれども」,全く動じない。かえって,果敢にも「何処(いずこ)の公(きみ)ぞ」と問う。 それは葛城に坐す一言主神(ひとことぬしのかみ)だった。 雄略天皇と神は,それぞれ対等に名乗りあって,馬の轡(くつわ)を並べて一緒に狩りを楽しむ。 これを聞いた,時の人々は,雄略天皇を「有徳天皇」と呼んだ(雄略天皇4年2月)。
雄略天皇は,先の安康天皇が眉輪王(まよわのおう)によって刺殺されたことを知るや,皇位継承権のある兄弟を殺し尽くして皇位についた,生命力旺盛な天皇だ。 要人を殺し尽くすという点では,歴代の天皇の中で傑出している。それは,一つの才能だろう。 また,童女君(をみなぎみ)という采女(うねめ)を召して一晩で孕ませたが,自分の子であると信じなかった。 見かねた物部目大連(もののべのめのおおむらじ)が,一晩のうちに何度召したかと問うと,「七廻喚しき(ななたびめしき)」と,いけしゃあしゃあと答える。 これを聞いた物部目大連は,(原文には書いてないが,たぶん笑って),清き身体で一晩仕えたのだから疑うべきではない,と諫める。 これを聞いて初めて,雄略天皇は,生まれた女の子を自分の皇女(ひめみこ)として養育し始めた。 「童女君」という名前自体が意味深だ。子供だったことは明白だ。 確かに,生命力旺盛な天皇ではある。
しかし,感性は欠落している。 こうした感性の欠落とやりたい放題が,力強い天皇像を作っているようだ。 感性が欠落している雄略天皇は,すぐにキレて,家来を殺すことが多かった。人々は震え上がり,「大悪天皇」とも呼んだ。 武烈天皇も,意味もなく人を殺した。 孕んだ女の腹を割いて胎児を見たとか(武烈天皇2年9月),人を木に登らせてその木を切り倒して殺すのを楽しみにしたとか(同4年4月),水路を流れ出てくる人を三叉の矛で刺し殺すことを楽しんだとか(同5年6月),裸の女に牡馬をあわせて性器が潤んでいる女は殺したとか(同8年3月),とんでもない暴虐ぶりだ。 武烈天皇の暴虐は単なる変態であり,酒池肉林を楽しんだ中国皇帝の退廃を感じさせる。 これに対し雄略天皇は,日本書紀を読む限り,文化のかけらも感じさせない人間ではあるが,極めて現実的で生命力あふれる人間だった。 その雄略天皇は,神を恐れなかった。神と対等になろうとした。だからこそ人々は,「有徳天皇」と呼んだのだ。 一部の学者さんは,「大悪天皇」という称号に矛盾すると考えるようだ。そうではない。神を恐れなかったところを「有徳」と呼んだのだ。
雄略天皇は,三諸山(三輪山)の神の姿を見たい,捕まえてこいと述べる。家来は,三諸山の大蛇を捕まえてくる。 大蛇を前にした雄略天皇は,「斎戒(ものいみ)したまはず」。 たいしたものだ。この時はさすがに,まなこ輝く大蛇の迫力に気圧されたが,とにかく,神を神とも思わない雄略天皇の剛毅さと,若者に特有の浅はかさとが見て取れる。 こうして,日本神話の神々は没落していく。 「神代紀」,すなわち狭い意味での日本書紀の神話のあと,神武,綏靖,安寧,威徳,孝昭,孝安,孝霊,孝元,開化,崇神,垂仁,景行,成務,仲哀,神功,応神,仁徳,履中,反正,允恭,安康ときて,雄略天皇に至る。 崇神天皇は,その名前のとおり神をいつき祭った。 雄略天皇以前に,神をここまで貶める天皇はいなかった。 雄略天皇は,自らの目の前にある現実しか信じなかった。類い希なる「大悪天皇」であり,「有徳天皇」だった。 雄略天皇のあと,清寧,顕宗,仁賢,武烈,継体,安閑,宣化,欽明と続いていく。 雄略天皇を転回点として,その後日本書紀の神話の叙述は影を潜め,現実の人間世界が,急速に拡大していく。 |
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