日本書紀を読んで古事記神話を笑う

日本書紀を読んで古事記神話を笑う 改訂新版

2009年10月5日up
(物語読者として日本神話を解明する)


第85 神々の黄昏


雄略天皇4年2月

 さて,日本神話も,いよいよ最期を迎える。

 雄略天皇は,葛城山で狩りをする。そのとき,天皇に似た,背の高い人が現れる。

 雄略天皇は「是神なりと知しめせれども」,全く動じない。かえって,果敢にも「何処(いずこ)の公(きみ)ぞ」と問う。

 それは葛城に坐す一言主神(ひとことぬしのかみ)だった。

 雄略天皇と神は,それぞれ対等に名乗りあって,馬の轡(くつわ)を並べて一緒に狩りを楽しむ。
 日が暮れて狩りを終えた後,神が,雄略天皇を高取川のあたりまで送ってくる。

 これを聞いた,時の人々は,雄略天皇を「有徳天皇」と呼んだ(雄略天皇4年2月)。


生命力旺盛な雄略天皇

 雄略天皇は,先の安康天皇が眉輪王(まよわのおう)によって刺殺されたことを知るや,皇位継承権のある兄弟を殺し尽くして皇位についた,生命力旺盛な天皇だ。

 要人を殺し尽くすという点では,歴代の天皇の中で傑出している。それは,一つの才能だろう。

 また,童女君(をみなぎみ)という采女(うねめ)を召して一晩で孕ませたが,自分の子であると信じなかった。

 見かねた物部目大連(もののべのめのおおむらじ)が,一晩のうちに何度召したかと問うと,「七廻喚しき(ななたびめしき)」と,いけしゃあしゃあと答える。

 これを聞いた物部目大連は,(原文には書いてないが,たぶん笑って),清き身体で一晩仕えたのだから疑うべきではない,と諫める。

 これを聞いて初めて,雄略天皇は,生まれた女の子を自分の皇女(ひめみこ)として養育し始めた。

 「童女君」という名前自体が意味深だ。子供だったことは明白だ。
 周囲が諫めるのを無視して,「童女」を強引に召したのだろう。
 だからこそ,子供が妊娠するはずがないと踏んだのだろう。
 一晩で「七廻喚し」ても,妊娠するはずがないと確信したのだろう。

 確かに,生命力旺盛な天皇ではある。


感性が欠落した雄略天皇

 しかし,感性は欠落している。

 こうした感性の欠落とやりたい放題が,力強い天皇像を作っているようだ。

 感性が欠落している雄略天皇は,すぐにキレて,家来を殺すことが多かった。人々は震え上がり,「大悪天皇」とも呼んだ。

 武烈天皇も,意味もなく人を殺した。

 孕んだ女の腹を割いて胎児を見たとか(武烈天皇2年9月),人を木に登らせてその木を切り倒して殺すのを楽しみにしたとか(同4年4月),水路を流れ出てくる人を三叉の矛で刺し殺すことを楽しんだとか(同5年6月),裸の女に牡馬をあわせて性器が潤んでいる女は殺したとか(同8年3月),とんでもない暴虐ぶりだ。

 武烈天皇の暴虐は単なる変態であり,酒池肉林を楽しんだ中国皇帝の退廃を感じさせる。

 これに対し雄略天皇は,日本書紀を読む限り,文化のかけらも感じさせない人間ではあるが,極めて現実的で生命力あふれる人間だった。

 その雄略天皇は,神を恐れなかった。神と対等になろうとした。だからこそ人々は,「有徳天皇」と呼んだのだ。

 一部の学者さんは,「大悪天皇」という称号に矛盾すると考えるようだ。そうではない。神を恐れなかったところを「有徳」と呼んだのだ。


雄略天皇7年7月

 雄略天皇は,三諸山(三輪山)の神の姿を見たい,捕まえてこいと述べる。家来は,三諸山の大蛇を捕まえてくる。

 大蛇を前にした雄略天皇は,「斎戒(ものいみ)したまはず」。
 すなわち,神に会うときのお約束である斎戒沐浴をまったくせず,単なる人に会うときと同様に,その大蛇を見る(雄略天皇7年7月)。

 たいしたものだ。この時はさすがに,まなこ輝く大蛇の迫力に気圧されたが,とにかく,神を神とも思わない雄略天皇の剛毅さと,若者に特有の浅はかさとが見て取れる。

 こうして,日本神話の神々は没落していく。

 「神代紀」,すなわち狭い意味での日本書紀の神話のあと,神武,綏靖,安寧,威徳,孝昭,孝安,孝霊,孝元,開化,崇神,垂仁,景行,成務,仲哀,神功,応神,仁徳,履中,反正,允恭,安康ときて,雄略天皇に至る。

 崇神天皇は,その名前のとおり神をいつき祭った。
 神の託宣に逆らった仲哀天皇は死んだ。

 雄略天皇以前に,神をここまで貶める天皇はいなかった。

 雄略天皇は,自らの目の前にある現実しか信じなかった。類い希なる「大悪天皇」であり,「有徳天皇」だった。

 雄略天皇のあと,清寧,顕宗,仁賢,武烈,継体,安閑,宣化,欽明と続いていく。

 雄略天皇を転回点として,その後日本書紀の神話の叙述は影を潜め,現実の人間世界が,急速に拡大していく。


トップページ( まえがき)

第1 私の立場と問題意識

第2 問題提起

第3 方法論の問題

第4 世界観と世界の生成

第5 神は死なない(神というもののあり方)

第6 原初神と生成神の誕生

第7 日本書紀における原初神と生成神の誕生

第8 修理固成の命令

第9 言葉に対して無神経な古事記(本当に古い文献か)

第10 古事記は伊勢神宮成立後の文献

第10の2 応神記の気比の大神について

第11 国生み叙述の根本的問題

第12 日本神話の読み方を考える(第1子は生み損ないか)

第13 生まれてきた国々を分析する

第14 国生みのあとの神生み

第15 火の神カグツチ「殺し」

第16 黄泉国巡り

第17 コトドワタシと黄泉国再説

第18 禊ぎによる神生みの問題点

第19 日本神話の故郷を探る

第20 大道芸人の紙芝居としての古事記

第21 アマテラスら3神の生成

第22 分治の命令

第23 日本神話の体系的理解(日本書紀を中心に)

第24 日本神話の構造と形成過程

第25 生まれたのは日の神であってアマテラスではない

第26 日の神の接ぎ木構造

第27 最高神?アマテラスの伝承が変容する

第28 泣くスサノヲとイザナキの肩書き

第29 日本神話学の見通しと方法論

第30 日本神話のコスモロジー

第31 誓約による神々の生成(日本書紀)

第32 誓約による神々の生成(古事記)

第33 天の岩屋戸神話と出雲神話が挿入された理由

第34 日本神話のバックグラウンド・縄文から弥生への物語
(日本書紀第5段第11の一書を中心に)


第35 海洋神アマテラスと産霊の神タカミムスヒ
(日本書紀を中心に)


第36 支配命令神は誰なのか(ねじれた接ぎ木構造)

第37 アマテラスとタカミムスヒの極めて危うい関係

第38 五穀と養蚕の文化に対する反逆とオオゲツヒメ

第39 スサノヲの乱暴

第40 「祭る神が祭られる神になった」という幻想

第41 天の石屋戸と祝詞

第42 スサノヲの追放とその論理(日本書紀を中心に)

第43 アマテラス神話は確立していない(日本書紀を中心に)

第44 出雲のスサノヲ

第45 異伝に残された縄文の神スサノヲ(日本書紀を中心に)

第46 スサノヲにおける縄文と弥生の交錯(大年神の系譜)

第47 別の顔をもつスサノヲ(日本書紀を中心に)

第48 オオクニヌシの試練物語のへんてこりん

第49 オオクニヌシの王朝物語

第50 日本書紀第8段第6の一書の構成意図と古事記の悪意

第51 スクナヒコナと神功皇后と応神天皇と朝鮮

第52 偉大なるオオナムチ神話(大八洲国を支配したオオナムチ)

第53 三輪山のオオナムチ(日本書紀第8段第6の一書から)

第54 古事記はどうなっているか

第55 偉大なるオオクニヌシ(オオナムチ)の正体(問題提起)

第56 偉大なるオオクニヌシの正体(崇神天皇5年以降)

第57 崇神天皇5年以降を読み解く

第58 国譲りという名の侵略を考える前提問題

第59 「皇祖」「皇孫」を奪い取る「皇祖神」タカミムスヒ
(国譲りという名の侵略の命令者)


第60 皇祖神タカミムスヒの根拠
(国譲りという名の侵略の命令者)


第61 古事記における命令神
(国譲りという名の侵略の命令者)


第62 第9段第1の一書という異伝中の異伝と古事記

第63 武神の派遣と失敗と「高木神」

第64 タケミカヅチの派遣(タケミカヅチはカグツチの子)

第65 フツヌシとタケミカヅチの異同

第66 コトシロヌシは託宣の神ではないしタケミナカタは漫画

第67 「オオクニヌシの国譲り」の叙述がない

第68 天孫降臨の叙述の構造

第69 サルタヒコの登場

第70 古事記独特の三種の神宝

第71 天孫はどこに降臨したのか

第72 「国まぎ」を切り捨てた古事記のへんてこりん
(天孫降臨のその他の問題点)


第73 国譲り伝承と天孫降臨伝承との間にある断層

第74 じつは侘しい天孫降臨と田舎の土豪神武天皇

第75 天孫土着の物語

第76 火明命とニギハヤヒ(第9段の異伝を検討する)

第77 日向神話の体系的理解

第78 騎馬民族はやって来たか

第79 三種の宝物再論

第80 日本神話の大きな構成(三輪山のオオナムチとの出会い)

第81 海幸彦・山幸彦の物語を検討する

第82 「居場所」のない古事記

第83 本居宣長について

第84 日本神話を論ずる際のルール

第85 神々の黄昏

あとがき

著作権の問題など

付録・初版の「結論とあとがき」


新論文
神功紀を読み解く
神功皇后のごり押しクーデター

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