日本書紀を読んで古事記神話を笑う

日本書紀を読んで古事記神話を笑う 改訂新版

2009年10月5日up
(物語読者として日本神話を解明する)


第65 フツヌシとタケミカヅチの異同


問題提起

 さて,タケミカヅチが,剣の神イツノオハバリの子であり,やはり剣の神であるとする古事記の伝承は,間違いなのであった。

 古事記ライターによる,古来の伝承の改悪なのであった。

 学者さんもおかしいと思っており,でも,古事記の権威に屈して,そのままにしているのであった。

 古事記の権威を取っ払って考えたら,どうなるであろうか。

 タケミカヅチが剣の神でないとすると,剣の神は,いったい誰か。国譲りという名の侵略の場面における剣の神は,いったい誰なのか。


同時代の書物が主役が違うと言い争っている

 日本書紀第9段本文によれば,剣の神はフツヌシである。この,剣の神が主役である。

 ところが古事記は,フツヌシは,タケミカヅチの異名であるとしている。フツヌシは無視され,タケミカヅチこそが,日本神話のメインイベント,「国譲りという名の侵略」の場面での,主役だという。

 何度も述べてきたとおり,日本書紀(720年成立)と古事記(712年成立)は,同時代の書物である。

 フツヌシと,タケミカヅチ。同時代に編纂されたはずの書物が,日本神話の花舞台で,主役が違うと言い争っている。

 これは,大問題だ。


区別するのが日本書紀

 さて,古事記によれば,出雲に派遣されるのは,タケミカヅチとアメノトリフネだ。フツヌシは,タケミカヅチの異名であるとされてしまう。

 しかし日本書紀第9段本文では,フツヌシ(経津主神=ふつぬしのかみ)とタケミカヅチだ。
 フツヌシがまず派遣決定され,それを見たタケミカヅチが,俺も男になりたいと言って,悲憤慷慨する。

 そこで,「経津主神に配(そ)へて」,葦原中国平定のために派遣されるのだった。

 日本書紀第9段本文では,むしろ,剣の神フツヌシが主役であり,そこに,雷神タケミカヅチが,副官として添えられたことになっている。

         (主役)         (脇役=副官)

 (日本書紀)  フツヌシ(剣)      タケミカヅチ(雷)

 (古事記)   タケミカヅチ(雷,剣)  アメノトリフネ(乗り物)

 なぜこうなったのか。


古事記は同神だとする

 古事記ライターは,あくまでも,雷神タケミカヅチが,じつは「十拳劔」の神イツノオハバリの子供だと言うから,剣の神はいらない。

 タケミカヅチ自身が,雷と剣とを,兼ね備えているのだ。
 その代わり,アメノトリフネという交通手段を付け加えた。

 だから古事記では,剣の神フツヌシはいらない。
 フツヌシは,雷神タケミカヅチの別名と言うほかなくなる。

 こうして,古事記では,タケミカヅチとフツヌシが混同されるようになる。


神々の整理

 ここで,カグツチ殺しによる神々生成の場面を整理してみよう。

(日本書紀第5段第6の一書)

@刃から  五百箇磐石,経津主神(フツヌシ)

Aつばから 甕速日神,ヒノ速日神,武甕槌神(タケミカヅチ)

B先から  磐裂神,根裂神,磐筒男神

C頭から  クラオカミ,闇山祇,クラミツハ

(古事記)

@先から  石拆神,根裂神,石筒之男神

A本から  甕速日神,ヒノ速日神,建御雷之男神(タケミカヅチ,
      異名は建布都神,豐布都神(フツヌシ))

B柄から  闇淤加美神(クラオカミ),闇御津羽神(クラミツハ)

 古事記は,タケミカヅチ=フツヌシとしている。


神々の検討

 全体として神名の混乱はない。

 紀のAが記のA,紀のBが記の@,紀のCが記のBに対応している。

 しかし,紀の@だけが対応しておらず,記のAに,タケミカヅチの異名として織り込まれていると言ってよいだろう

 日本書紀@の,イオツイワムラ(五百箇磐石=いおついわむら)は無視されたことになる。


神々を整理し直す

 対応する神名集団ごとに整理し直すと,以下のとおりだ。

(第5段第6の一書)     (古事記)

@五百箇磐石,経津主神     建布都神,豐布都神は建御雷之男神の異名

A甕速日神,ヒノ速日神,武甕槌神A甕速日神,ヒノ速日神,建御雷之男神

B磐裂神,根裂神,磐筒男神   @石拆神,根裂神,石筒之男神

Cクラオカミ,闇山祇,クラミツハB闇淤加美神,闇御津羽神


同じ伝承なのに異名という古事記

 このように,第5段第6の一書も古事記も,たいして混乱はないことがわかった。

 上記した,
@五百箇磐石,経津主神     建布都神,豐布都神は建御雷之男神の異名

という部分だけが違うのだ。

 これを,違う伝承だから仕方がない,と言って逃げることはできない。

 繰り返すようだが,フツヌシをタケミカヅチと別神とし,フツヌシを剣の神,タケミカヅチを雷神とし,副官としたのが日本書紀。

 別神だから,この2神が派遣される。

 古事記は,フツヌシをタケミカヅチの別名として同神扱いし,剣の神であると共に雷神ともし,それでは派遣される神が1神だけになってしまうので,乗り物としてのアメノトリフネを加えたと言ってもよい。

 日本書紀と古事記の違いは,そこだけである。


「建御雷之男神」だから本来は雷神

 さて,神名はどうか。古事記はこうなっている。

 「建御雷之男神。亦の名は建布都神。亦の名は豐布都神。」

 古事記ライター自身が,「建御雷之男神」という漢字をあてているとおり,タケミカヅチは,本来は雷の神だったのである。この名義からすれば,剣の神と受け取る余地はない。

 古事記ライターも,そのことは知っている。
 それは承知で,「亦の名は建布都神。亦の名は豐布都神。」と,書いたのである。

 だから,たびたび引用する注釈書,小学館・新編日本古典文学全集・古事記も,「建御雷之男神」の解釈として,「雷神を意味する。」としか書いていない(42頁)。

 「建御雷之男神」という名義だけでは,「剣の神」という概念を持ち込めないのである。


別神とする方が古い伝承である

 いっぽう,フツヌシはどうか。

 日本書紀第5段第6の一書に登場するフツヌシは,剣の神だ。フツは,ものを切断する際のブツ,プツという擬声語からきている。

 すなわち,古来の伝承では,「雷神」と「剣の神」は別神だった。これを別神とする伝承の方が古いはずだ。

 本来別神だったからこそ,混同が起こる。

 何らかの事情で,「建御雷之男神。亦の名は建布都神。亦の名は豐布都神。」と,混同されるようになったのである。

 これは,オオクニヌシに,大穴牟遲神とか,葦原色許男神とか,八千矛神とか,宇都志國玉神とかの別称があった,というのとは違う。

 こちらについて古事記は,「あわせて五つの名あり。」としている。


剣が雷鳴を轟かせて出雲に降るイメージ

 日本書紀第9段本文が描く国譲りという名の侵略のイメージは,この別神である雷神,剣の神,2神が,一緒に降ることにより成り立っている。

 何よりも,武力による侵略の主役は,その象徴たる「剣」であり,フツヌシだ。
 だからこそ,真っ先に派遣が決まったのだ。

 そこに,俺も男になりたいと悲憤慷慨する「雷」,タケミカヅチが加わる。

 主役はあくまでも武力であり,剣だ。それに,相手を驚かす音響効果,雷が加わる。
 だからこそ,剣の神「フツヌシに配(そ)へて」,となっている。

 こうして,剣が雷鳴を轟かせながら出雲に降るイメージができあがる。

 神の意味をよく知っていた古代人は,そうしたイメージのもとに日本書紀第9段本文が残した伝承を読んでいただろう。

 余談だが,これはどう見ても「侵略」であり,「国譲り」ではない。


剣と雷の混同はおかしい

 これに対し古事記は,これを同一の神だとし,しかも,剣ではなく,雷が主役だという。

 「建御雷之男神。亦の名は建布都神。亦の名は豐布都神。」

 しかし,よく考えてみればおかしな話だ。
 侵略,征服の主役は剣だ。雷は,しょせん,こけおどしである。中世の武者が用いた,鏑矢のようなものである。

 急降下爆撃機というものがある。第2次世界大戦時,ドイツのJu87「スツーカ」。
 あれは,爆弾1つ抱えて急降下する,目標に向かって1発必中の機体だ。その際,主翼につけた音響装置で,盛大な音を轟かせたという。

 音響は,しょせん脇役である。

 閑話休題。

 剣と雷は違う。剣がある場合,いつも雷を伴うとは限らない。また,雷があるからといって,いつも剣が伴うとは限らない。

 剣の神と雷の神とは,やはり本来は別の神ではなかろうか。

 私は,剣と雷の2神を組み合わせることで,剣が雷鳴を轟かせながら出雲に降るというイメージを作り出した,日本書紀第9段本文が基本だと考える。


神武記は別神であると認めている

 さて,古事記における「叙述と文言」上の根拠を探してみよう。

 神武記には,タケミカヅチが再降臨を命令されて,「僕は降らずとも,專らその國を平(ことむ)けし横刀あれば,この刀を降すべし。この刀の名は,佐士布都神と云ひ,亦の名は甕布都神と云ひ,亦の名は布都御魂と云ふ。この刀は石上神宮に坐す。」という場面がある。

 何のことはない。古事記自身が,タケミカヅチとフツノミタマ(布都御魂)とが別神であることを認めているのだ。

 出雲侵略の時すでに,タケミカヅチが,「佐士布都神」とか「甕布都神」とか,「布都御魂」とかいう剣神を伴って,降ったのだ。どちらが主役かどうかは,この際いいけれども。

 タケミカヅチは,フツヌシという別神,剣の神とともに,出雲に降ったのだ。

 こうなると,「建御雷之男神。亦の名は建布都神。亦の名は豐布都神。」という一節はどうなるのか。

 上記神武記でタケミカヅチは,「オレは降らないけど,出雲に一緒に降ったフツヌシという剣神がいるから,これを降らせるよ。」と自白してるじゃないか。

 誰か,責任を取ってくださいヨ。

 それだけでなく,これじゃあ,イツノオハバリという剣神と,フツヌシという剣神がいることになっちゃうよ。


学者さんの説も間違っている

 学者さんの意見を聞いておこう。
 古事記注釈で,結構定評のある西郷信綱氏。

 「そもそもタケミカヅチじしんひらめく雷電であり天剣なのだから,その太刀の名が神名となっても不思議でない」(西郷信綱・古事記注釈・第5巻・筑摩書房,52頁)。

 この人は,タケミカヅチ自身が「建御雷之男神。亦の名は建布都神。亦の名は豐布都神。」だったのだから,その,持っていた剣がフツヌシという神になってもおかしくないと言いたいのであろう。

 でも,「僕は降らずとも,專らその國を平(ことむ)けし横刀あれば,この刀を降すべし。この刀の名は,佐士布都神と云ひ,亦の名は甕布都神と云ひ,亦の名は布都御魂と云ふ。この刀は石上神宮に坐す」。

 タケミカヅチは,自分とは違う剣の神がいることを認めている。

 タケミカヅチは,すでに「佐士布都神と云ひ,亦の名は甕布都神と云ひ,亦の名は布都御魂と云ふ」剣を携えて,出雲侵略に向かったのだ。

 だから,出雲侵略の時すでに,タケミカヅチという神と,フツヌシという剣神がいたのだ。

 だったら,この2神が降ったと言うべきではなかろうか。
 フツヌシはタケミカヅチの別名だというのは,間違いである。

 タケミカヅチが持っていた剣の名前がフツとなって,そのうち,いつき祭られて神になったという考え方も,間違いである。


剣の神の子タケミカヅチがなぜ雷神ともなるのか

 剣の神の子が,なぜ雷神にもなるのかという問題もある。

 イツノオハバリが単なる剣の名か,神なのかという問題があった。

 とにかく古事記は,タケミカヅチがイツノオハバリの子というのだから,タケミカヅチは,剣の神の子と言いたいのである。

 しかし剣の神の子が,なぜ突然,雷神でもあるのだろうか。「鳶が鷹を生んだ」のであろうか。

 タケミカヅチが雷神と剣神の性格を兼ね備えていると考えるから,矛盾が生じるのではないのか。


タケミカヅチをイツノオハシリ(イツノオハバリ)に結びつける伝承

 さて,タケミカヅチについては,もう1つ問題がある。

 日本書紀第5段第6の一書では,十握剣(とつかのつるぎ)のつばから滴った血から,ミカハヤヒ(甕速日神),ヒノハヤヒ(ヒノ速日神),タケミカヅチ(武甕槌神)が生成した。

 ところが,今問題にしている第9段本文では,

 「天石窟に住む神,稜威雄走神(いつのをはしりのかみ)の子甕速日神(みかはやひのかみ),甕速日神の子ヒノ速日神(ひのはやひのかみ),ヒノ速日神の子武甕槌神」とあるのだ。

 先ほどから,私も,これを前提に論じてきた。

 イツノオハシリ(稜威雄走神)とは,古事記では,例の天の石屋戸で水を逆さまに巻き上げている,イツノオハバリであろう。


ミカハヤヒ(タケミカヅチ)の素性をいじる伝承

(第5段第6の一書)
 十握剣と血   → ミカハヤヒ ― ヒノハヤヒ ― タケミカヅチ

(第9段本文)
 イツノオハシリ ― ミカハヤヒ ― ヒノハヤヒ ― タケミカヅチ

 これは矛盾している。

 ミカハヤヒは,十握剣とカグツチの血から成った(第5段第6の一書)。だから,これより前に神はいないはずだ。

 さかのぼるとしたら,ただ,カグツチがいるだけである。

 ところが,ミカハヤヒは,イツノオハシリの子だとされている(第9段本文)。


イツノオハシリとタケミカヅチの伝承自体に根本的問題がある

 これをどう考えるのか。

 古事記も,同じようなものだ。

(カグツチ殺しの場面)
 十拳劔と血 ― ミカハヤヒ ― ヒノハヤヒ ― タケミカヅチ

(国譲りという名の侵略)
 イツノオハバリ ― タケミカヅチ

 日本神話の体系的理解や,日本神話の形成過程を述べるに際し何度も述べてきたことだが,イザナキ・イザナミ神話は,日本神話の古層に属する古い神話だ。

 これに対し,国譲りという名の侵略伝承は,ヤマトにいた出雲の神々を神話の表舞台から退場させるために,神武「東征」後の神話の再構成の段階で形成された,政治色の強い神話だ。

 だから,第9段本文の,「ミカハヤヒはイツノオハシリの子」という伝承,すなわち,タケミカヅチの祖がイツノオハシリであるという伝承は,後で付け加えられた,かなり新しい伝承だということになる。

 古事記も,日本書紀と同様なことが言える。
 ただ古事記では,イツノオハバリとタケミカヅチの間の,ミカハヤヒ ― ヒノハヤヒが省略されている。


フツヌシの素性も第9段本文でおかしくなる

 さて,似たようなことが,フツヌシの素性にも言えるのだ。

 第5段第6の一書では,十握剣の刃から滴る血から,まずイオツイワムラ(五百箇磐石)が生成し,それがフツヌシの祖となったという。

 そしてこれとは別に,十握剣の先から滴った血が,イワサク(磐裂神),ネサク(根裂神),イワツツノヲ(磐筒男命)となった。
 最後の神は,イワツツノヲとイワツツノメ(磐筒女命)だという異伝もある。

 一方,第9段本文では,そのフツヌシは,「磐裂,根裂神の子磐筒男・磐筒女が生める子経津主神」とされるのだ。すなわち,

(第9段本文)
イワサク,ネサク ― イワツツノヲ,イワツツノメ ― フツヌシ


フツヌシもタケミカヅチも国譲りという名の侵略の場面で系譜をいじられる

 第5段本文ではイオツイワムラの子孫だったフツヌシが,ここでは,イワサク,ネサクの系統に繰り込まれている。

 その理由は,タケミカヅチの場合と同様だ。

 このように,フツヌシとタケミカヅチをめぐっては,国譲りという名の侵略の場面になって,突然系譜が変更されてしまう。

 これは,日本書紀だけでなく,古事記も同様だ。

 その原因は,前述したとおりだ。


フツヌシとタケミカヅチの異同のまとめ

 さて,フツヌシとタケミカヅチとの関係を,まとめておこう。

 日本書紀第5段第6の一書によれば,タケミカヅチは,カグツチの血から生まれた子であり,剣から生まれたのではない。したがって,剣の神ではなく,雷神である。

 剣神=フツヌシと,雷神=タケミカヅチは,別の神である。

 古事記は,国譲りという名の侵略の場面で,突然,タケミカヅチは剣神イツノオハバリの子だとするので,剣の神のように誤解してしまうが,「カグツチ殺し」の場面を精査すると,やはりカグツチの血から生まれてきた神とされており,切った剣の「名」がイツノオハバリだというだけであり,剣神イツノオハバリの子とは書いていない。

 そして古事記は,その神武記で,タケミカヅチが,「佐士布都神」とか「甕布都神」とか,「布都御魂」とかいう剣神を伴って降ったと述べているのだから,フツヌシはタケミカヅチの別名という古事記の「叙述」は,何かの間違いだということになる。


神武天皇即位前紀は一貫していない

 日本書紀第9段本文の主役はフツヌシであり,タケミカヅチは脇役だった。

 ところが,神武天皇即位前紀の,いわゆる高倉下(たかくらじ)が神剣を下す場面になると,タケミカヅチが主役になっている。

 アマテラスは,出雲侵略の主役だったフツヌシにではなく,「武甕雷神に謂(かた)りて曰はく」となっている。そして,「汝,更(また)往きて征て」とさえ言う。

 タケミカヅチは答える。
 「予(やつこ)行(まか)らずと雖(いふと)も,予(やつこ)が國を平(む)けし劒を下さば,國自(おの)づからに平(む)けなむ」。
 そして,高倉下に言う。「予(やつこ)が劒,號(な)をフツ靈(ふつのみたま)と曰ふ」。

 すなわち,出雲侵略の主役は,じつはタケミカヅチだったかのようである。
 ただ,タケミカヅチと「フツの御魂」という神剣は別物であり,別神という原則は守っている。


藤原不比等の影

 なぜ,こんな,主役の交代があるのか。

 どうやら,「叙述と文言」だけから考えようとする,この論文の守備範囲を超えているようである。

 通説的な見解によれば,タケミカヅチをいつき祭る藤原氏の力が強くなり,フツヌシを押しのけた,ということになる。
 神代紀では,古いフツヌシ中心の物語が展開されたが,神武紀では,藤原氏の影響によって,タケミカヅチがクローズアップされたというわけだ。

 その中心は,藤原不比等。
 鹿島神=タケミカヅチは,藤原氏の氏神として,奈良の春日に移ることになる。

 ここでは,その見解に従っておこう。
 するとどうなるか。


古事記はその成立期の政治的伝承である

 古事記は,この,タケミカヅチ中心の出雲侵略を主張して,フツヌシはタケミカヅチの別名だとして,それを葬り去ろうとした。

 その,神武記の高倉下の場面でも,日本書紀の神武紀同様,タケミカヅチが主役である。そしてその降す太刀が,「佐士布都神と云ひ,亦の名は甕布都神と云ひ,亦の名は布都御魂と云ふ」とあるように,フツヌシなのである。

 フツヌシはタケミカヅチの別名であるとした,古事記。

 フツヌシを葬り去った古事記の「叙述」は,藤原不比等によって改変されたタケミカヅチ中心の伝承を,さらに神代にさかのぼって一貫させたもの,ということになる。

 そして,そうした不比等の意向が働いていたとするならば,タケミカヅチに関する古事記の伝承は,古事記成立前夜の政治的動向を反映した,まったく新しいものと言わざるをえない。

 それだけだろうか。

 鹿島神宮の祭神タケミカヅチが,藤原氏の祭神となって,大和の春日に勧請されたのは,768年だ。

 古事記の成立をこの後とする決め手はないが,タケミカヅチ信仰の高まりという意味では,参考となる年代であろう。

 古事記は,かなり新しい。


異伝の新旧を考える

 さて,こうなると,異伝の新旧を考えておかねばなるまい。

 第9段本文は,タカミムスヒがフツヌシに命令し,タケミカヅチが,俺も男になりたいといって,副官になる展開だった。

 これが一番古い。

 第9段第1の一書は,「復武甕槌神及び経津主神を遣して,先ず行きて駈除(はら)はしむ」。
 すなわち,タケミカヅチとフツヌシは,対等だ。ただ,タケミカヅチが先に書いてあるから,タケミカヅチ中心のようにも読める。

 しかしこの異伝は,アマテラス1神が命令し,しかも「天子降臨」を企てる点などで,異伝中の異伝であり,もっとも古事記に近い伝承なのであった(第62 第9段第1の一書という異伝中の異伝と古事記)。

 そして古事記は,第9段第1の一書の矛盾を解消したリライト版であった(第62 第9段第1の一書という異伝中の異伝と古事記)。

 だから,第9段本文 → 第1の一書 → 古事記,という発展過程が考えられる。

 第9段第2の一書は,「経津主神・武甕槌神を遣して」であるから,並列のようにも見えるが,じつは,フツヌシが復命して報告している。これが主役だ。
 だから,どちらかというと,第9段本文に近い伝承だ。

 しかし,アマテラスが「宝鏡」を授けるなど,アマテラス神話の色が濃い。そういえばこれは,お節介で世話焼きのアマテラスが登場する,特異な伝承だった。

 だから,こうなる。

 (旧)第9段本文 → 第2の一書 → 第1の一書 → 古事記(新)

 タカミムスヒがフツヌシに命令する第9段本文。それに,お節介なアマテラスが加わった第2の一書。アマテラス中心の第1の一書。そして第1の一書に第2の一書をも加味して成った,古事記(第70 古事記独特の三種の神宝)。

 アマテラスが絡んでくると,だんだんタケミカヅチがクローズアップされてくる。その最終完成形態が,古事記である。

 伝承の内容としても,きれいに並んだわけである。

 こうして,これらの伝承の新旧は,内容のみならず,フツヌシとタケミカヅチの異同という点でも実証されたわけである。

 藤原不比等は720年に死亡し,その後,子の宇合(うまかい)が常陸守となって常陸に赴く。
 鹿島神宮の祭神タケミカヅチが,藤原氏の祭神となって大和の春日に勧請されたのは,768年だ。

 こうした時代の流れの中で,上記した伝承の発展,ベクトルをどう位置づけるのか。それが今後の問題となるであろう。

 


トップページ( まえがき)

第1 私の立場と問題意識

第2 問題提起

第3 方法論の問題

第4 世界観と世界の生成

第5 神は死なない(神というもののあり方)

第6 原初神と生成神の誕生

第7 日本書紀における原初神と生成神の誕生

第8 修理固成の命令

第9 言葉に対して無神経な古事記(本当に古い文献か)

第10 古事記は伊勢神宮成立後の文献

第10の2 応神記の気比の大神について

第11 国生み叙述の根本的問題

第12 日本神話の読み方を考える(第1子は生み損ないか)

第13 生まれてきた国々を分析する

第14 国生みのあとの神生み

第15 火の神カグツチ「殺し」

第16 黄泉国巡り

第17 コトドワタシと黄泉国再説

第18 禊ぎによる神生みの問題点

第19 日本神話の故郷を探る

第20 大道芸人の紙芝居としての古事記

第21 アマテラスら3神の生成

第22 分治の命令

第23 日本神話の体系的理解(日本書紀を中心に)

第24 日本神話の構造と形成過程

第25 生まれたのは日の神であってアマテラスではない

第26 日の神の接ぎ木構造

第27 最高神?アマテラスの伝承が変容する

第28 泣くスサノヲとイザナキの肩書き

第29 日本神話学の見通しと方法論

第30 日本神話のコスモロジー

第31 誓約による神々の生成(日本書紀)

第32 誓約による神々の生成(古事記)

第33 天の岩屋戸神話と出雲神話が挿入された理由

第34 日本神話のバックグラウンド・縄文から弥生への物語
(日本書紀第5段第11の一書を中心に)


第35 海洋神アマテラスと産霊の神タカミムスヒ
(日本書紀を中心に)


第36 支配命令神は誰なのか(ねじれた接ぎ木構造)

第37 アマテラスとタカミムスヒの極めて危うい関係

第38 五穀と養蚕の文化に対する反逆とオオゲツヒメ

第39 スサノヲの乱暴

第40 「祭る神が祭られる神になった」という幻想

第41 天の石屋戸と祝詞

第42 スサノヲの追放とその論理(日本書紀を中心に)

第43 アマテラス神話は確立していない(日本書紀を中心に)

第44 出雲のスサノヲ

第45 異伝に残された縄文の神スサノヲ(日本書紀を中心に)

第46 スサノヲにおける縄文と弥生の交錯(大年神の系譜)

第47 別の顔をもつスサノヲ(日本書紀を中心に)

第48 オオクニヌシの試練物語のへんてこりん

第49 オオクニヌシの王朝物語

第50 日本書紀第8段第6の一書の構成意図と古事記の悪意

第51 スクナヒコナと神功皇后と応神天皇と朝鮮

第52 偉大なるオオナムチ神話(大八洲国を支配したオオナムチ)

第53 三輪山のオオナムチ(日本書紀第8段第6の一書から)

第54 古事記はどうなっているか

第55 偉大なるオオクニヌシ(オオナムチ)の正体(問題提起)

第56 偉大なるオオクニヌシの正体(崇神天皇5年以降)

第57 崇神天皇5年以降を読み解く

第58 国譲りという名の侵略を考える前提問題

第59 「皇祖」「皇孫」を奪い取る「皇祖神」タカミムスヒ
(国譲りという名の侵略の命令者)


第60 皇祖神タカミムスヒの根拠
(国譲りという名の侵略の命令者)


第61 古事記における命令神
(国譲りという名の侵略の命令者)


第62 第9段第1の一書という異伝中の異伝と古事記

第63 武神の派遣と失敗と「高木神」

第64 タケミカヅチの派遣(タケミカヅチはカグツチの子)

第65 フツヌシとタケミカヅチの異同

第66 コトシロヌシは託宣の神ではないしタケミナカタは漫画

第67 「オオクニヌシの国譲り」の叙述がない

第68 天孫降臨の叙述の構造

第69 サルタヒコの登場

第70 古事記独特の三種の神宝

第71 天孫はどこに降臨したのか

第72 「国まぎ」を切り捨てた古事記のへんてこりん
(天孫降臨のその他の問題点)


第73 国譲り伝承と天孫降臨伝承との間にある断層

第74 じつは侘しい天孫降臨と田舎の土豪神武天皇

第75 天孫土着の物語

第76 火明命とニギハヤヒ(第9段の異伝を検討する)

第77 日向神話の体系的理解

第78 騎馬民族はやって来たか

第79 三種の宝物再論

第80 日本神話の大きな構成(三輪山のオオナムチとの出会い)

第81 海幸彦・山幸彦の物語を検討する

第82 「居場所」のない古事記

第83 本居宣長について

第84 日本神話を論ずる際のルール

第85 神々の黄昏

あとがき

著作権の問題など

付録・初版の「結論とあとがき」


新論文
神功紀を読み解く
神功皇后のごり押しクーデター

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